第7話 カヌウの話(その1)

 話はそれで終わらなかった。ペタリンたちとせっするさいに気をけることや、赤い手や腕をかくすこと、森をけるさい注意事項ちゅういじこうなどを教えられた。

「いいか、レノー。森では能力のうりょくは使うな。森の中ではクフィーニスの能力は決して使うんじゃないぞ。おとなしく、アルルとクルルの後について行け」

 なぜなのか、レノーはたずねようとしたけれども、その前にアルルとクルルがやって来て、レノーに抱きついた。レノーは初めて二人にれた。


 (なんだかすべすべしたはだだ。こうしてみるとけっこうかわいい。赤い目はちょっと不気味ぶきみだけれども)


 それについては彼はれなかった。

沼地ぬまちでは助けてくれてありがとう。これからも、お互いに助け合っていこうな」

 へっへっへ、と人のあえぐような声をたてて二人は笑った。


 カヌウはレノーの袋を手渡てわたして、この袋の中身なかみはそっくり(悪いがしらべさせてもらった)そのまま必要になるだろう、出発は明日あす夜明よあけがいい、と伝えた。

「旅から旅へ、というのは俺たちクフィーニスの宿命しゅくめいだ。でもな、レノー、ここはお前の家なんだ。ここにお前の家があることを、わすれるんじゃないぞ」

 家、と聞いて、レノーは急に泣きたくなった。


 (旅に出て、もし「あかし」がみつからなかったなら、ここに帰ろう)


 本気でそう思った。

 アルルとクルルは準備じゅんびに消えて、レノーも小屋のそとに出た。

 小屋のまわりのは、風よけのためにだけあるのではないことに、はじめて気がついた。そのはざまを通りけてみると、星空がいきなりりてきた。


 (昨日の夜明け前、俺は山にいたんだ。そしてやはり星を見上げていた。運命うんめいはもうまわり出してしまった)


 沼地ぬまちや森がどちらにあるのかわからなかったけれども、彼は自分が文字通もじどおさかにいるのだと知っていた。アルルクルル、カヌウにしても、それは同じことだった。

 よごれた体を洗い流して風呂に入り、夜風よかぜたっていると、「いびき」が近づいて来る。アルルとクルルだった。服を着ている。人間でないことは明らかだが、それでも何か「ひとかどの人物」のように見える。奇妙きみょう帽子ぼうしをかぶっているところは紳士しんし淑女しゅくじょのようだ。

 レノーはまじめな話、感心かんしんしてしまった。

「アルルもクルルもたいしたもんだ。でも出発は夜明けなのに。早いんじゃないの」

アルル(紳士しんしほうだ。服装ふくそうでわかる)がレノーにも何かを渡した。レノーの服だった。広げてみると、私は田舎紳士いなかしんしです、とくちをきいているような古ぼけた背広せびろだった。

「カヌウのかな? 大きさが合わないかも」

 小屋に戻ってためしに着てみることにした。カヌウがそれを見て笑った。

「昔の俺の服だ。レノー、気に入るといいがな。着てみろよ。合わない所はクルルが直してくれる」

 そでの長さと腰回こしまわりが合わなかった。クルルが小屋の片隅かたすみから裁縫箱さいほうばこを出して直し始めた。レノーは心底驚嘆しんそこきょうたんした。アルルがうしんで鼻歌はなうたを歌う。ぶぎゃぶぎゃぶーぎゃー。機嫌きげんがよさそうだ。

「うまいもんだ。クルルの恋人は自慢じまんできるね」

 クルルはにんまり笑った。カヌウが手を出せ、と言って包帯ほうたいをレノーの腕と手に巻き始めた。

「手や腕のことを誰かにかれたら、やけどした、と言うんだ。赤い手をだれにも見せるんじゃないぞ。クフィーニスは厄介者やっかいものだということを忘れるな」

 アルルとクルルが人の言うことがわかるのも知られてはいけない。二人はレノーが飼っている動物だということにしろ、とカヌウは付け加えた。準備を整えておくからもう少し眠っておけ、と言われたが、眠れない。ずっと起きておくよ、とカヌウにはっきり言って、四人で作業を始めた。



 夜明けが近づくまで、四人はさらに語り合った。

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