第8話 カヌウの話(その2)

 レジーがくれた袋以外に、したトロムトロの実やはなれた場所にあるという川の水、銀貨ぎんか一枚、そして何よりも、カヌウの弓矢ゆみやをレノーはゆずり受けた。

「いいの? こんな大事なものを」

 カヌウは、もうひとつ別の弓もあるし矢もたくさんあるから、それにやったわけではない、すだけだ、と言って笑った。

「レノー、かないんだな。……いてもいいんだぞ」

 カヌウは自分がどうしてクフィーニスになったのかを語り始めた。



  ☆★☆



「俺はそもそもレノーの村のではない。レノーが俺を知らないのも不思議じゃないんだ。ベシという町を知っているか? そうか、知らないだろうな……。俺の生まれはベシでさえもない。どこか遠くの町から来たんだ。俺の両親はイカルカに行こうとしていたはずだ。そしてベシの近くで二人とも病死した。おぼえているかぎりでは、俺はベシで育った。俺は自分のとしも知らないんだ。それがきた時、いまのレノーよりも年上だったかも知れないし、年下だったかも知れない。俺がやったのは、ベシの町にかぶさる山の巨大ながけくずすことだった。町のみながそれぞれの家にいる夜のことで、俺はしかし外に出てぶらぶらしていたんだ。月明つきあかりがきれいだった。むろんそんなことをするつもりはまったくなかった。ただうっすら夜空に浮かび上がったがけに白いひびが何本もはいるのが見えて、俺はがけから遠くへ走って逃げた。振りかえって見るたびに白いひびはえて長く大きくなり、やっと安全な所まで来た時にはくずれたがけが町を押しつぶすのが見えた。でもそれが現実に起きたのは、ほんの少し後のことだった。町の人たちがそれこそ町ごと岩の下敷したじきになるのを二回も見て、俺は自分の頭がどうかしてしまったのだと思ったよ。生き残ったのは俺と、ベシをはなれていた数人だけだった。俺は自分がやったなどとは少しも思っていなかったから、うんよく生きびた大人おとなたちに見たままを話して聞かせた。レノーの村にれて行かれたのはその後のことだ。それがクフィーニスのちからだとはじめて知った。あの村は、昔からクフィーニスの監獄かんごくのようなものなんだ。そしてそこでも一度、俺は能力を使った。監獄かんごくの中でクフィーニスの能力を使った者は、命をたれるんだ。だが一方で、クフィーニスがこの世にまだ存在することを見せびらかすのも、あの村の役割やくわりだ。『あかし』だの何だのと、もっともらしい理屈りくつをつけてクフィーニスをだましてな。レノー、お前はどこから来たんだ?」



 レノーはあの山と谷間で生まれ育ったこと、両親と兄がそこにいることを告げた。



「お前のルーツをたどれば、少なくとももう一人のクフィーニスに行き当たるだろう。おそらく俺もだ。クフィーニスはただ土地のやまい、としか伝えられていなかっただろう? それはちがう。レノーの村のやまいではない。昔からあちこちにクフィーニスはいたんだ。危険なちからぬしたちを、それを持たない連中がめ出してきただけだ。レノーの村では俺のようによそから連れてられたクフィーニスは歓迎かんげいされる。めったにないことで、いけにえにも、子孫を残すのにももってこいだからだ。知っているか? クフィーニスでもそうでないものでも、よそから来てあの村につく者はみな歓迎されるんだ。それでいてあの村はひどく閉鎖的へいさてきだ。いったん入ったら、他の土地に出るのも大変だし、他ではなかなか暮らして行けなくなる。住民同士じゅうみんどうしでクフィーニスについて話すこともまずない。タブーだからな。レノーが大人になったら、聞かされることもあったのだろう。今ではもう無理むりな話だけれども。とにかく、クフィーニスを処刑しょけいする一方で、その子孫しそんを残すことも実はあの村のおさ野心やしんかかわることなのだ。いつの日かちからの強い、クフィーニスをしたがえた国をおこすこと。おとぎ話だと思うかも知れないが、本当なんだ。あの村の大人おとなたちでさえ、そのことについては懐疑的かいぎてきだ。あいつの言っている『あかし』とは、おそらく俺たちみなあやつるすべを見出すためのものだ。俺が手を赤くられたのは、あるむすめちぎりをわした後のことで、奴ら、子供が出来たらもう俺を用済ようずみにしようとしたんだ。あの村で能力を使ったのは、その時だ。俺はシ……いや、その娘といっしょに逃げようとした。でも彼女は捕まってしまった。俺もおとなしく捕らえられ、手や腕を赤くられた。お前と同じように沼地ぬまちえて、運よくこれまで生きびてきた。もしかしたらどこかに俺たちクフィーニスの故郷こきょうがあるのかも知れない。だがそれを探すなんて、無理な話だ。あの村以外でクフィーニスだとわかったなら、次の祝祭の日になんて悠長ゆうちょうなことを言わずに、俺たちは命をたれてしまうだろうから。いまでは俺たちの仲間は、ほんとうに少なくなってしまっているんだ」



  

  ☆★☆




 レノーはクフィーニスの処刑を見たことを思い出した。

 祝祭の日だ。みな陽気な中にも、どこかおそれと好奇心の入りじった顔をしていた。子供たちは遊びとお菓子に夢中だった。大人たちは飲んで食らって、ぱらっていた。お昼になってあらわれたクフィーニスも旧知きゅうちに会えてうれしそうだった。

 祭りの日にあばれたクフィーニスはいない、と聞いていた。実際、その男も自分の運命を受け入れているように見えた。やがてその時がおとずれ、山と谷間のおさは彼に一杯の酒をあたえようとした。それが何か、男にはわかっていたはずだ。男は突然、命乞いのちごいを始めた。彼はそれを飲まなかった。だがしかし、すでに彼は別の方法で毒をられていた。大人たちが彼をどこかへ連れて行った。レノーの知っているいたずらっ子が、クフィーニスはひつぎに入れられて「」に運ばれて行った、とこっそり見てきたことを教えてくれた。

 にぎやかな祝祭しゅくさいの日の、静かな死だった。レノーがおぼえているのはそこまでだった。


「子をなしたクフィーニスは、実はたくさんいたはずだ。加えて、子をなしてからクフィーニスになった者も少しはいたはずだ。俺たちはたぶん、そのどちらかの子孫なのだろう。つまり俺たちは、突然クフィーニスになってしまったのではなく、もともとその資質ししつがあったってことさ」


 自分の祖先にクフィーニスがいた、それはレノーにとって救いになる、しかしやりきれない思いだった。家族は彼に向って、石つぶてを投げたのだ、何度も何度も。

 子供たちにとってクフィーニスは、闇の世界から出てきた怪人かいじんだった。しかも、つい先日までは見知ったなかの、平凡な隣人りんじんかくし持っていたしき本性なのだ。大人たちは子供たちに本当のことを何一つ、話して来なかった。


「俺は、クフィーニスたちがどこかにかくまわれているのではないかと疑っている。つまり、あの村以外にだ。しかし、仮にそうだとしても、俺たちにはその場所を突き止めることは出来ない。レノー、お前は聞かなかったか? 『あかし』以外に生きびる方法を」


 レノーはそんなこと、だれにも聞かなかったと思い出した。カヌウは、ここまで話したことの半分は、俺の推測すいそくだ、と付け加えて話を終えた。


 (どこかにクフィーニスの村がある……? カヌウの言う通り、探しようのないことなのだろうか? ペタリンとの旅で、そうしたこともはっきりするだろう)

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