第22話 ウダツ(その1)

 (カヌウはまたどこかにクフィーニスの村があるのではないかとも疑っていた。そんなものがあったとしたら、どうして世界はいまクフィーニスのものになっていないんだ? だからきっとそんな村はないんだ)


 つくづく自分は辺境へんきょうの村から出て来た、田舎者だと思う。何も知らない。都へ……。彼はうわさで聞いただけだったが、とんでもなくきれいな都市らしい。何もかもが輝いている、と聞いている。彼がいまよりもっと幼かったころ、谷間のだれかが都から帰って来た。あれはだれだったか……。


 みな何とかしてその話を聞こうとしてうずうずしていたのを覚えている。子供たちは親に、親たちはおさたちに都の話を聞かせてくれるようせがんだ。村人たちが望んだのは、クフィーニスやアグロウなんかの話じゃなくて、きらびやかな都の話だった。


『あたしたちが言ってた通りでしょう?』

 クルルが話しかけて来た。

『都へ行くの?』

『都に行くのかい?』


 クルルもアルルも目を輝かせながらきゅるきゅるきゅるきゅる鳴き始めて、いつまでもやめない上にだんだん声が大きくなってきた。

「行くよ。フェミのお母さんに会ってから、みんなで都に行こう」

 そうレノーは受け合った。アルルとクルルは疲れていたはずなのに変な踊りを長々としてから抱き合った。


 (何にしても仲間が増えて行く、それはいいことだ)


 レノーは木漏こもの当たる草の上に座り、右手にあった茂みから葉を一枚ていねいに取るとまるめて葉笛はぶえを吹いた。早く何か結果が欲しい、そのあせる気持ちを吹き飛ばすように高らかに葉笛はぶえは鳴り響いた。


 その夜、三人は火事の心配のない場所で焚き火を囲んでいた。何をするでもない。クルルは服のほころびを直し、アルルは頭の触角みたいなものの先に付いた玉をもてあそんでいる。レノーは気になってアルルに質問した。

「アルル……君のその玉みたいなの……それ、何?」

 アルルが聞こえないふりをするので重ねてく。

「知りたいな……案外柔らかいとか……玉の中に水が入ってるとか……ひょっとして、それがないと死んじゃったりして」

 アルルは仕方なさそうに一筆書いてレノーに渡した。

『教えない』

「けちだなぁ。じゃ、何か面白い話をしてよ。野菜一つあげるから」

『サクランボが食べたい』

「クマうりしか残ってないんだ」

『クマうりにはきした』

「レジーのくれたお金やフェミのくれたお金はあまり使いたくないんだ。ごめんね」

『それっておかしくてよ。もらったものは自分のもの。くれた人だってレノーに使ってもらいたいんだから』

 クルルが割って入った。アルルも食欲を訴える。

『さっき飯屋めしやを見つけたよ。いい匂いがしてた』


 レノーがうなり声を上げている間に、二人は次から次へとおいしそうな食べ物の絵を描いてよこす。鳥のもも肉を焼いた絵や湯気ゆげの立つ雑炊ぞうすい、大きなチョコ貝、あぶらののった魚の刺身、串焼き、山のようなサラダ、鉄板でめんいためている絵まであった。

 目の前にない料理の色つやや匂いや味までがレノーを苦しめた。彼だって毎日ほとんどクマうりとちびちびしか食べていない。しかもちびちびだってわずかな量しか食べていない。


 レノーはまだ食べれば育つ少年だ。彼はすっくと立ち上がり、でっかい声で叫んだ。

「野郎ども! 今夜は焼肉だ!」


 ギャバーッ。アルルとクルルの行動は素早かった。あっという間に火を消し裁縫道具さいほうどうぐをしまい、荷物をレノーの身体からだにくくり付け、左右から彼の手を取ると引っぱって走り出した。どの道を行くか、二人にはすっかりわかっているようだった。走りながら三人は奇声きせいを発し、あえぎながら大声で笑い合った。


黄金おうごん妻亭つまてい」というインチキな名前の料理屋でレノーとペタリンたちは肉を食べ、肉を食べ、肉を食べた。野菜になんか目もくれなかった。


『レノー、野菜も注文していいかい?』

『レノー、あたくしは淑女しゅくじょですのよ。野郎なんかじゃありませんからね』


 ばんばん頼め、とアルルに言い、クルル悪かったしかし今夜は堅苦かたくるしいことはなしにしよう、とげてレノーは追加の肉と野菜を注文した。

 店の連中(といっても二人しかいないのだが)があきれて三人を見ていた。何人前たのんだか、だんだんわからなくなってくる。

『レノー、お金大丈夫?』

 心配してそっとクルルが書き付けをよこした。

「そうだな。じゃあさっきの注文で終わりにしよう」

 黄金おうごん妻亭つまていの女の方(髪の色が黒かった)が最後の料理を運んできたので、勘定かんじょうたのんだ。すっかり食べ終えて勘定書きに目を通すと、こんな小さな村ではこんなものだろう、と思っていた倍の金額である。三百コマだ。レノーは所持金をたしかめた。

(足りる、しかしこれは、高額だ)


レノーは張り詰めた気を静めた。


 (フェミになんて言おう? ペタリンたちにまんまと乗せられてしまった。いや他人のせいにしてはいけない肉はおいしかったんだから)、と反省した。


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