第25話 疑惑(その2)

「俺たちはその気になったら、いつでもここから出て行きますよ。無実なんだから。村の人たちにひどい目にわされるのを救ってくれたのは感謝してますけど」

 まあまあ、まあまあと言ってセイルはごまかそうとした。村長の玄関先げんかんさきで短い声がいくつかして、扉がたたかれた。今度はレノーもセイルについて行った。


「あった」

「あったんだ」

 扉を開けたセイルに報告がなされた。

「金が見つかりました」

「どういうことだ」

「あいつ、テシターが持っていました。あいつは自分が金を保管していたのをすっかり忘れていたと言っています。てっきり村の金庫きんこあずけたのだと。思いちがいをしていたみたいで」

「二万コマ、あったか?」

「ありました」

 村長は口汚くちぎたなくテシターをののしった。見ると、それらしい小男がうつむいて立っている。

「テシターは悪くねえ」

「金はあったんだ。よかった」

「よかったよかった」

「『黄金おうごん妻亭つまてい』も村に三百コマ差し出さずにすんだものな」


 レノーはそれ以上聞いていなかった。ペタリンたちの所に戻り、支度したくととのえてさあ行こう、と二人をうながした。もうこの村でフェミを待つ気はなくなっていた。夜中になってもいい、ヨサのいる村まで行くつもりだった。彼らが表に出たところでセイルに止められた。

「レジー、待ってくれ。今夜は私の家に泊まって行け。彼女も、フェミも来るんだろう?

 私は彼女の友だちだ。ドブシャリは外に寝かせればいい。話したいことがある」

 俺たちには話すことなんかありません、とレノーは簡潔かんけつに答えた。

「ヨサだって私の友だちなんだぞ」


「残念だけど」


 レノーの言葉を別の声が引き継いだ。

「あなたが友だちだなんて、思っていませんよ、村長さん」

 アルルとクルルがきゅるきゅる言いながら声のぬしに走り寄った。フェミが二人を受け止める。


「ヨサ母さんをひどい目にわせたのはどこのだれだったかしら、セイルさん? あたしたちがあの後どんな気持ちで暮らして来たか、わかりますか?」

「おお、フェミじゃないか。よく来たな」

 セイルが引きつった笑顔でフェミに近づいて行った。彼女はしかし落ち着いていて、そのまなざしはあくまでも温かかった。

「さっき村の人に聞きました。レジーを盗人ぬすっとあつかいしたとか」

ちがうよ。私は彼らを助けたんだ」

「自分の家に軟禁なんきんしてね。でも、ありがとう。もう行きます」

「待て、待て。君たちに話がある」

「レジー、セイルはね、前にヨサ母さんとあたしをたらしこもうとしたことがあるのよ。小金こがね身体からだうばおうとして」

「フェミ、この村長さんは何かをたくらんでいるようだ。気をつけろ」


 セイルは心外だというような態度でフェミとレノーを怒鳴りつけた。

「何をばかなことを言ってるんだ! おんをあだで返す気か!」

 フェミにはすこしもかなかった。


「この人はいつでも弱いものに親身しんみになるふりをするの。そして弱みをにぎったら、そこにつけこむの。おいしい匂いに敏感びんかんで、いつもあちこちに探りを入れてるんだ」

 村長はくだらなさそうに大きな笑い声を上げた。

「私はいつも人のためになることをやっている。この連中は頭がおかしい」


 村人たちがそうだぞとか、村長をばかにするなとか、この村をばかにするなとか、いかれたガキどもが袋叩ふくろだたきにしちまえとかわめき始めた。

「セイルは母さんを強姦ごうかんしようとしたんだ! あたしもこの村長に言われたんだ! 『十コマやるからやらせろ』って! もちろんことわったけどね」

 セイルは大声で叫んだ。

「ドブシャリを連れた頭のおかしな子供たちだ! こんな連中の話をまともに聞くんじゃないぞ、皆!」


 村人たちはもちろん村長の言うことを聞いた。いや、フェミの話に耳をかたむけた者たちもいた。女たちだ。一人の顔立ちのととのった女が前に出て、言った。

「あたしはセイルに強姦ごうかんされた」

 どよめき、沈黙。また別の娘も言った。

「あたしは村長にやられそうになった」

「待て、皆聞け! 皆なにかかんちがいを……!」


 レノーはフェミの手を取って街道に向けて歩き出した。アルルとクルルが後ろからついて来る。怒声どせい、叫び声、しかしそれらはもうレノーたちに向けられたものではなくなっていた。一人の村人が追いかけてきてフェミにちょっかいを出そうとした。が、そいつはクルルに顔を張られて地面にのびてしまった。レノーは言った。


「まあ、こんなもんだろ」


 フェミはレノーがセイルに何か弱みをにぎられていないかどうか、心配していた。

 俺はだいじょうぶ、クフィーニスであることも知られていないと彼が言うと、彼女はほっとしたようだった。彼は彼女にあやまり、彼女にもらった金を三人で使ってしまったと申し訳なさそうに告げた。

「そんなこと気にしてないよ。レノーたちに必要なお金だったんだから」

 クルルが紙切れをフェミに渡した。

『あたしたち、焼き肉をいっぱい食べたの。それはそれはおいしかったのよ』

 こうしてみるとクルルはかわいい女の子なのね、と言ってフェミはクルルの頭をでた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る