第24話 疑惑(その1)

 セイルの家は思いのほか小さかった。何人かの男たちが中まで入ってレノーを見張ると言った時、セイルはきびしい声でその必要はない、外にいてくれと命令した。そしてフェミを見つけ次第しだいここに連れて来るようにと付け加えた。


「悪いな。しかしこの村の者以外で今日ここに来たのは君たちだけだから」

 そう言いながらレノーたちを家の中に招き入れ、扉を閉めた。

「たしかに……考えたくはないが、村のだれかという可能性もある。それともだれか盗賊とうぞくのしわざか」

 セイルはせまい室内をあちこち動きまわって、レノーとアルル、クルルをそれぞれ小さな椅子に腰かけさせた。

「とにかく君たちではない」


 レノーたちは気づいていた、フェミからの手紙を届けた青年のことを。しかし、もし手紙を見せて、彼の名がレジーではなくレノーであることや、ジョーもスーもアルルとクルルであることがばれてしまったら、さらには手紙に書かれたアグロウの詩、クフィーニスの文字、それらを考慮に入れるとうかつに話せない。かといってこのままではフェミが来るまで村から出られず、彼女は手紙のことをセイルに話してしまうかも知れない。どうしたらいいのか。


「フェミとはどこで知り合ったんだ?」

「ムネで。ハルカの祝日に」

 そのことについては正直に話すべきだ、と判断した。フェミから千コマもらったことも話した。

「彼女はなぜ知り合って間もなく千コマも君におくった? それとも金はただあずかっただけか?」

「彼女はくれると言いました。でも僕はいつか返すつもりでしたし、今日まで二百コマほどしか使っていませんでした」

 セイルはあやしむような表情をしてレノーを見た。

「フェミと君の間に何があった? ヨサに会いに行くのはなぜだ?」

 レノーは口ごもった。

「安心していい。私はだれにも言わないから。たとえそれがフェミの能力に関したことであっても」



 (彼は何を知っているのだろう。彼が本当にヨサの友だちで、フェミのことも知っているのなら、俺がクフィーニスであることを話すべきなのではないのか? いや、そんな簡単にクフィーニスであることを話してはいけない。セイルには彼やフェミを守る力があるとは考えにくい)



「俺はただ、フェミの金と、フェミ自身をときどき守るようにと」

「それで彼女にやとわれた?」

「そうです」

 村長はふむ、と鼻息はないきを吹いて、ちょっと微笑んだ。

「君は知っているのかなぁ? その、彼女の特技を」

「知りません」

 にごった目が、レノーの包帯を巻いた手に視線を泳がせた。

「そうだ!」

 セイルの気をそらすように彼は言った。

「俺たち以外にも、今日この村を通った者がいますよ。ちょうど、俺は彼からフェミの手紙を受け取ったんですけど」

「どんな奴だ」

 レノーはフェミからの手紙のふうを見せた。青年の顔かたちと何時に会ったかを教えた。

 村長はフェミからの手紙を見せて欲しいと求めた。レノーは彼女の署名しょめい日付ひづけだけを見せた。



「ちょっと待っていてくれ」

 それだけ言うと玄関に出て行ったセイルが扉を開けて、おもて待機たいきしていた村の者たちにいくつか指示を出しているのが聞こえた。クルルとアルルがすばやく走り書きをよこした。

『レノー、よろしくてよ。いざとなったらあたくしたちが暴れて逃げるわ』

『冷や汗が出るよ、レノー。もうだめだと思ったら、僕たちがおとりになる。ヨサの村の次の町で会おう。いいね、町だよ』

 レノーは混乱した。


 (町も村も大差ないし、フェミをどうする? ヨサと会わずにおくのもどうだろうか?)


 ペタリンたちに次をく前に扉の開け閉めする音が聞こえて、セイルが戻って来た。三人を見る目はまるで、かわいい化け物を見るそれと変わらなかった。


「どこに行ったとしても、その青年は捕まるよ。我々にも馬ぐらいはあるし、しらべごとだって出来る」

 レノーは黙っていた。

「悪いことを隠し通すなんて、だれにも出来ないんだよ。レジー、だれにもだよ」



 二万コマが戻ることだけを願っています、とレノーは誠実に言った。同時に、この村長も危険だ、なにかをたくらんでいると警戒した。

「僕らの疑いは晴れましたか?」

「いやいや。まだだめだ」

 彼はレノーが盗んだのではないと言っていたのではなかったか?

「彼女が来るまで、もうしばらく待っていてもらう」

 セイルの顔が狡猾こうかつそうにぐにゃりとゆがんだ。

「安心していい。私は君たちの、君とフェミの味方だ」

「あの青年が捕まって、もし彼が犯人だとわかったなら、フェミが来ていなくても俺たちを解放してくれますね?」

「なに、解放も何も、私は君たちを疑ってはいないんだ。気を楽にして、私が君や彼女と話がしたいだけだということを理解してほしいね」


 (謝る気はないわけだ、俺やフェミの秘密を知りたいんだろう)


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