第28話 発症
まぶし過ぎる日差しがヨサの家にも花にも人にも降りそそぎ、花壇の手入れをしていたフェミは
(まちがいない、ヨサだ。クルルを従えている)
フェミの古着を着たクルルはかわいらしかった。北の町へ出て薬屋を訪ねたはずだ。大きな包みを手に下げている。
(求めていたものが手に入ったのだろうか?)
フェミはレノーのそばにいたかった。アルルとクルルが町へ行くと言った。でもそれはいけないとヨサが止めて、ヨサは一人で薬を求めに行こうとした。
「本当にそれが本物で、
町へは片道
『あたくしをお連れになった方がよろしくてよ。頭も腕も強くってよ。夜道も見えるし』
クルルがお
初夏にしては日差しが強すぎるので、フェミは少しずつ水を
「レノーの
ヨサは言い切った。
「どうしたらいいのか、私にはわかっている」
ヨサがクルルを連れて家を出てからもう三日だ。フェミが連れて来た、ドブシャリを使う病気の大道芸人のうわさがしずかに広がっていた。時々フェミとアルルが見まわって、勝手に家に入ろうとしている村人を追い払った。ウダツでの出来事も村に伝わっていた。ヨサも、フェミやレノーも、興味本位の話のタネに過ぎなかった。
レノーは明らかにどうかしてしまっている。横になっているが、目を覚ましている間はほとんど何も話そうとしない。フェミが話しかけても、アルルが書き付けを見せても
『魂が抜かれたみたいだ』
アルルがフェミに書いたものを見せた。
『ここにいるのはレノーの
フェミも、レノーの目の前にいるのは彼女だと、彼が気づいているのかどうか心もとなかった。
☆★☆
レノーは起きていた。しかしすぐそばにいるアルルにも、彼が起きているとは感じられなかった。彼はいまあの山と谷間にいて、家族といっしょだった。まだ冬の、寒い夜だった。家の中はおだやかで暖かな光に照らされていた。野菜だけのスープのいい匂いもしている。しかしその場の空気は張り詰めていた。彼の父親が言った。
「もう一度言う、レノー、お前はみんなに迷惑をかけている」
彼の目の前で光がはじけ、彼は白い
また別の時、別の場所だ。彼の父親はまた彼に死刑判決を読み上げた。俺がもしクフィーニスだったなら、レノー、お前の身体を真っ二つに割ってやる。
その時彼は父親と二人きりだった。彼は言葉を探す、しかしどんな言葉も間違っているような気がして何も言えない。空がひどく青くて彼の胸が痛む。
朝起きるたびに、食事のたびに、だれかと顔を合わせるたびに彼は言葉を失って行った。
すでに彼は死を前にした老人だった。毎日彼は山野をさ迷い歩いた。だれかに話しかけられても彼には返事一つ満足にできなかった。
レノーは毎日何かをナイフで切りつけ、切りつけつづけた。彼はただ世界に対して切り返しをしているつもりだった。切り合いをつづければつづけるほど、彼は言葉を失って行った。その一方で、残された言葉はある
「やられたらやり返せ」
彼はしかしクフィーニスの力を用いることを
彼にとって大事なのは家族だったが、父親への信頼を、父親からの信頼を失ってしまってからは一人ぼっちで、孤独な自分だけの世界の中で生きて行かなければならなかった。
母も兄も父の側の人間だった。
彼は自分だけの世界の中でひたすらあがいた。あがいていると感じても、実際に彼がしていることは、ほとんど何もないに
ときおり自分でも思いもよらぬ
どのみち、切り合いをつづける限り彼に救いはなかった。
ある春の日の午後、山の中で彼はレジーに話しかけられた。レジーは彼をとても心配していた。しかしレノーには、いま自分のまわりで何が起きているのか説明することも出来なかった。レジーは彼が
「いつでもいいから、機会があったら逃げちまえ」
逃亡もすすめた。
☆★☆
しかし彼はそんなこともめんどうでしかたがなかった。返事も満足にできない彼を見たレジーは、彼の肩をたたいて優しい言葉をかけてくれた。そしてレジーは友人である彼の父親に会って抗議するつもりだと
処刑を待つ気持ち、
「たしかなものなど何もないんだ」
彼はもはや定まったものなど何も見ていなかった。彼は自由の身になって、何かしなければならなかった。だがどこへも行き場がなかった、ただ一つ、死んでしまうに
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