第39話 図書館

 フェミの気配けはいに気づいてクルルが目を覚ました。すぐにアルルを起こす。


『こんな時間! フェミ、どこにいたの? レノーを知らなくて?』


 フェミはレノーといて、いっしょに帰って来たこと、ペタリンの屋台で食べたおいしい串鳥くしとりの話、レノーはおそらくペタリンたちと大道芸で食べて行けること、市場を見つけたことを話した。二人はお土産を買って帰っていた。


「クルル、市場って何でもそろってて、安くて、便利なんだよ。さっきボワボワの支配人さんと話をしたから、これからは宿の厨房ちゅうぼうを使わせてもらったり、すこしお金を出せば、食べたいものを料理してもらえるようになったよ。いまも、買ってきたお魚を焼いてもらってるんだ。材料と調理の代金、合わせてたった五十コマだよ。五人分なんだよ」

 アルルは昨夜三十コマで三人分の食事を食べさせてもらったことをフェミに教えた。


『これからはずっと市場で買って来よう』

『よろしくてよ。【ボワボワ】こそ我が家ですわ』


 皆で焼きたての魚やパンやスープをった後、フェミとレノーが遅い眠りについている間に、リサクが職探しに出かけた。ペタリンたちもどこかへ行き、昼過ぎになってやっとレノーとフェミは図書館に出かけた。


「すいぶん遠回りをしたけど」

 レノーが言った。

「今度こそ、図書館だ」


 図書館はしかし、さして大きなものではなかった。初めて来た時にはもっと大きかったような気がしたのだが。二人はクフィーニスに関する書物を探し始めた。リサクに教わった通り、書名別に整理された紙をめくって調べる。

「く、く、くふ……くふぃー、あっ、見つけた」


 「クフィーニス」で始まる題の本は二冊あるらしい。『クフィーニスの歴史』と『クフィーニスと犯罪』の二冊だ。二人はほかにアグロウやチギレやイカルカ、ドブシャリについて書かれた本の題名まで調べた。


 『アグロウ・クフィーニス』『チギレはどこにあるのか?』『イカルカ伝説』『ドブシャリ読本』それらの書名と著者の名前を紙に控えてレノーたちは書庫に行った。本は今度は著者のアルファベット順に並んでいる。『クフィーニスの歴史』はナン・ミナミダという人らしい。しかしその本は書庫にはなかった。係の人にくと、貸し出し中だった。次に探した『クフィーニスと犯罪』はフェミが見つけた。


「一冊一冊調べて行こう」

 そうレノーが言うと、フェミもうなずいた。


 その本に書かれていたのは、過去に能力を発現して処刑されたクフィーニスについてその危険性を語り、クフィーニスは撲滅ぼくめつするべきだという主張で終わる、独断と偏見に満ちたどこかの教授の自己満足だった。

 残りの本はすべてレノーが見つけた。アグロウについて二人が新たに知りえたことはしかし、あまり多くはなかった。


 『問題は、アグロウとチギレのような大事件がもし実際に起こったなら、たとえそれが二千年も昔のことだとしても、なぜ現在に至るまでチギレの場所ひとつ明らかにされていないかということにある。クフィーニスはいまも実在する。識者はクフィーニスを撲滅ぼくめつせよと論説ろんせつを張る。だがわれわれはクフィーニスについて、実際どれだけのことを知っているだろうか?』


 一方また『チギレはどこにあるのか?』では、ここがチギレだと、はっきり書いてあった。落陽の美しい、金色きんいろの海の絵と、地図までついている。レノーたちはその地図をき写した。『イカルカ伝説』に収められているのは、民話・説話の類いだった。『ドブシャリ読本』そこには、ドブシャリのさまざまな風習や特殊能力が、推察を交えて書かれていた。

 全体的に不真面目ぶった書き方だった。


 『ドブシャリはきっと、イカルカの場所を知っているに違いない。イカルカにいる間だけ、彼らは人間になるのだ。いや、もしかしたら彼らは、人間を見つめ導く小さな神々なのかも知れない。ドブシャリと仲良くする勇気のある者は、彼らにその辺のことをいてみるとよい』


 何の役にも立たない、こんなもの、とレノーはがっかりして言った。フェミもほとんど同じ意見を抱いていた。


「いい加減だ。いい加減な情報ばかりだ」

 レノーは腹を立てたようだ。

「でも、レノー、こうして本を読むことが出来ただけでもよかったと思わない? 『クフィーニスの歴史』もあったらなぁ」

 その本もどうせくだらないやつだ、とレノーは吐き捨てるように言った。


 (俺の、命がかかっているのに……。こんなまぬけな本のために苦労して都まで来て、これだ。手に入れたのは、学者によって確かめられてもいない、チギレだと呼ばれている金色の河口の地図一枚だけ)


「でも、本を読むだけで何でもわかるくらいなら、だれも苦労しないよ。『クフィーニスの歴史』を読めば、何か大事なことが書かれているかも知れないし。ここにはまた来ることにして、今日は仕事の方、ちゃんとしようよ」


 フェミは昨日目星めぼしをつけた数件の花屋にもう一度行ってみる、と言ってレノーと別れた。

 別れぎわ、ペタリンたちといっしょに大道芸を試してみて、幸運を祈ってるよとレノーをはげました。


 レノーは一人になった。昼過ぎに目覚めた時、もうアルルとクルルはいなかった。


(どこへ行ったのだろう? これからは、だれがどこにいるかわかるようにした方がいいかも知れない。ペタリンたちが帰っているかも知れないので、一度ボワボワに帰ろう)


 レノーは都会の街並みを、回りつづける万華鏡まんげきょうのように感じながら宿まで歩いた。カヌウにもらった背広は暑かった。途中で上着を脱いで左手に抱えて歩きつづけた。「すさみ通り」のよどんだ空気にむせながら、ボワボワの中に入った。

宿の中は静まり返っていた。だれもいないようだ。リサクも、ペタリンたちもいない。


 受付のりんを試しに鳴らしてみた。支配人は出て来なかった。代わりに猫のボワボワがゆっくり歩いてきて、受付の台の上に飛び乗った。


「ボワボワ……みんなはどこにいるんだろう……知らないかい?」

 ボワボワは何も言わずにレノーの目をじっと見つめている。

「俺には時間がないんだ。『あかし』を見つけなければならない。でも探しようもない。いつどこで最期さいごになってもおかしくない」

 彼はボワボワののどやひたいにそっとれて、優しくなでた。

「俺はクフィーニスだ、しかしそうでなくても、病気なんだ。どんなにうまくいっても、この手は一生赤いままだ。それだけで殺されてしまうかも知れない。図書館に行ってみたけれど、クフィーニスのこともアグロウのことも、イカルカもチギレも何なんだかよくわからない。それに金だ。ボワボワは俺たちに良くしてくれているけれども、早く金をかせいでためて、また旅に出なければならないんだ。金色きんいろの河口にも一度は行くことになるだろう、だめで元々だ。今日中に仕事を決めて、明日からは働かなければならない。リサクの御者台を買って、さらに金をためて……それにはどのくらい時間がかかるだろう? リサクとも都で別れてから、四人でチギレに行くことになるだろう。みんな、いつまで俺と行動を共にしてくれる? 俺はどこへ行けばいいんだい?」

 ミュー、とボワボワが鳴いた。

「答えなんか、ないんだ。いまはそうとしか、思えない」

 そこへ唐突とうとつに玄関の扉が開かれ、リサクが入って来た。

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