第38話 都(その2)

 まだ夕方にもなっていなかったが、彼のための軽食とお茶が用意されていた。次にレノーが戻って来た。

「リサク、仕事は見つかった?」

 うんにゃ、と否定したリサクはしかし満足そうにしていた。レノーも夜まであちこち仕事を探して街をさまよったが、良い結果は得られなかった。彼はこれからもう一度仕事を見つけに行く、と告げてボワボワを出て行った。


 リサクが風呂を使っているとき、フェミが彼女とクルルの部屋に戻って来た。クルルはまだ帰っていなかったし、夕食も置かれていなかった。フェミはあの屋台で食べて来ようと思ってボワボワを出た。


 『うまうま』のそばには今夜、屋台は営業していなかった。他に食べる所を探して彼女はさまよい、やがて聴きなれたへたくそな横笛の音に気づいた。大きな通りの角で、レノーが一人で笛を吹いている。立ち止まる者は一人としていなかった。フェミは歩いて行って彼の足元に置かれた古ぼけた帽子の中に十コマ入れた。レノーは笛を吹くのをやめたりはしない。フェミも黙ってレノーの笛を聴いている。と、ちらほら人が集まって来て、何人かが小銭を帽子に入れた。レノーはそのまま数曲吹いた。

吹くのをやめてひたいの汗を彼がぬぐうと、聴衆ちょうしゅうは散って行った。フェミは小声で彼にたずねた。


「いくらになった?」


 八十コマだった。彼女が入れた分を引いても、七十コマ。昨日食べた『うまうま』の定食は八コマだった。

「フェミ、二人前八十コマなら、どこかで食べられるんじゃないか? その、『うまうま』よりもっといいものを」

「そうだね、探してみようか。あたしもまだ、食べてないんだ。でも、もう遅いけど、市場を探してみない?」


 彼女も自分がなぜそんな気まぐれを言うのかわからなかった。二人は都会の夜を歩き回り、しまいには迷子になった。だがすこしも怖くなかった。レノーも自分がいま不安ではないことに気づいて驚いていた。町には青い光が降り注ぎ、店の明かりは皆黄色く温かかった。二人とも、こうしてフェミとレノーだけで歩くのはムネの献花けんかの時以来だと話して笑い合った。


「レノー……おなかすいた」

「俺もだよ。もう、どこでもいいから、食べられるお店があったら入っちゃおうか?」

「うん」

 二人がいま歩いている辺りは馬車が並ぶ一角だった。レノーは思いついて、手持ち無沙汰にしている一人の御者ぎょしゃいた。

「あの……二人で八十コマで食べられるお店を知りませんか?」

 御者は彼とフェミをじろりと見てこう質問した。

「どこから来たんだい?」

ミルダムです、とフェミが答えた。知らないな、とにかく田舎だな、御者はそうつぶやいた。

「この道の突き当りを右に折れると屋台が並んでいる。ドブシャリがやっているんだが、味はいいし値段も安い。この辺のほかの店に入るとボラれるからな。屋台にすれば? 五十コマもあれば、ちょうど二人前くらいだ」

「おいしいんですね?」

「ああ。おれたちもよく食べているよ」

 フェミとレノーは屋台にします、ありがとうと言ってその場を去った。


「フェミ。おれ、思うんだけど」

「うん、あたしも感じる」

「都には、都のやり方があるんだ」

「どうしていままで地元の人にかなかったんだろうね?」

「俺たちだってきっと都でやっていける!」


 ドブシャリの屋台は繁盛していた。二人はアルルとクルルの姿がないか、あたりを見回したが、それらしいドブシャリはいなかった。「金汁きんじる十五コマ」「シャリパン八コマ」などの立て看板に人だかりがしている。どの屋台もいい匂いがする。レノーとフェミは「串鳥くしとり五コマ」の屋台を選んだ。串に刺されて焼かれた鶏肉の塊を、十本注文した。


 宿ではリサクとペタリンたちがもう夕食をすませてフェミとレノーの帰りを待っていた。

 猫のボワボワが言ったのだろう、今夜は三人前の食事が三十コマで出て来た。

「三人前で三十コマなら」

 リサクが真顔で言った。

「しかもあの味なら、格安じゃ。格安じゃぞい」


 だれもフェミとレノーがいっしょにいることを知らなかった。アルルとクルルは二人を探しに行こうとした。が、リサクがそれを止めた。

「こういうときは、おちついて、おならでもしながらゆったり待つもんじゃ」


 アルルとクルルがそれぞれの部屋でフェミたちを心配しているうちに、リサクはとっとと眠ってしまった。ベッドに入る前に、彼はアルルに、あの二人が無事でいることがわかる、アルルも心配せずに眠るといいと告げた。アルルはクルルの部屋に行ってしばらくいっしょにいた。だがやがて眠くなって、ベッドで横になった。フェミとレノーが戻ったのはもう日が昇り始めたころだった。

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