第40話 屋台

「決まったぞい」

 リサクは何か生気せいきがみなぎってるように感じられた。

「くず屋じゃ。わしゃくず屋になったんじゃ」

 ボワボワは伸びをすると、音もたてずに床に飛び降り、奥へ消えた。

「リサク、明日からかい?」

 そうじゃよ、とリサクは首を縦に振った。レノーはアルルとクルルの居場所を尋ねた。


「ペタリンは仲間に会いに行くって言っておったぞい」

「アルルとクルルは俺といっしょに大道芸、やるつもりがあるのかな? もしそうなら、行動を共にしないと」

 そうじゃのう、とリサクは腕を組んで考えるふりをした。


「たしかに笛を吹くだけで七十コマかせいだんじゃろうが、何も仕事を大道芸だけにしぼらなくてもええんじゃないかのう。ドブシャリ、いやペタリンが屋台をやっておったんじゃろう? 三人で屋台っていうのも、ええかも知れん」

「俺は気のいた料理なんて、出来ないんだ」

「クルルなら料理が得意じゃないか、そうじゃろう?」

「屋台がない。あったとしても、屋台に三人はもったいない。二人までだ」

「そうじゃのう、そういう考えもあるのう」

 リサクもはっきりした考えがあるわけではないらしかった。ガロガロいう音が表から聞こえて来る。


 (俺とペタリンは、やっぱり大道芸だ。笛だけでも七十コマかせいだんだ)


 リサクは馬のブギーと馬車の様子を見に行った。あの馬車でゴミを集め、どこかに売るらしい。ガロガロいう音が近づいて来る。レノーは何となく外に出て、通りを見渡した。アルルが屋台を引っぱって来る。どうやらクルルが後ろから押しているらしい。ほかのペタリンかとも疑ったが、やはりアルルとクルルだった。


「アルル、クルル、どうしたんだ、その屋台?」

 二人はへっへっへ、とあえぎながら笑った。クルルが一枚の大きな板を指さした。大きな赤い文字で、〝アルルとクルルの串焼き千本 一本四コマ〟と大書されている。きれいな文字は、たぶんアルルが書いたものだろう。二人は屋台をボワボワの中に引っぱり込もうとした。


「おいおい、アルル、そりゃ無理だ」

 扉の中に屋台を通すことはやはり出来なかった。

「支配人を呼ばなくちゃ」


 レノーは受付のりんをまた鳴らした。たぶん留守るすだろう、と思っていたが、奥から支配人が出て来た。

「屋台ですか。リサクさんの馬車のとなりにとめましょう。案内します、こちらです」

 リサク以外の皆は馬車がとめて置かれた場所を知らなかった。ボワボワのあるブロックをぐるりと回って、宿の裏手うらてに出た。裏口の横に大きな門があり、そこを開くと中でリサクがブギーの世話をしていた。

「おう、なんじゃ、こりゃ驚きじゃ。レノー、わしの言った通りじゃろう? やっぱり三人で屋台をやるべきなんじゃ」


 夕方にはフェミも吉報きっぽうを持ってボワボワに帰って来た。花屋で明日から仕事だ。フェミの場合、選んだのは彼女の方だった。ムネの町のハルカの祝日で一番多く花を売った実績じっせきがものを言った。フェミをやといたがった店のうち、半月ごとの契約で、半月で三千五百コマという好条件を提示した所の仕事を取って来た。


「制服があるんだ。かわいいんだよー」

 皆は、フェミにはかなわない、と認めて彼女を祝福した。フェミだけがすっかり都の娘になったような、置き去りにされたような、そんな気がしたのだ。リサクが言った。


「わしだって、最高に気持ちのいい『くず屋』なんじゃぞい。かせぎまくったる」

 アルルとクルルも串焼きを一日千本売る、といきまいている。レノーはまた憂鬱ゆううつになっていた。彼の力が最もおとっているような気がしたのだ。


 (クフィーニスの力なんて、都じゃ何の役にも立たないんだ。俺はフェミやリサクの世話になりっぱなしだし、きっとフェミの十分の一もかせげないだろう)


 皆から離れた椅子に腰かけて、暗い顔をしているレノーをフェミが気づかった。


「レノー、大事なのは自分の力を見せつけることじゃないよ。リサクが言ってたでしょ、みんなのためを思ってやるんだって。それが自分のためでもあるんだって。アルルやクルルといっしょに屋台をやってもいいし、時々休んで笛でかせいでもいい。もっと楽に考えてみたら?」

「親分。時々わしの手伝いをしてくれてもええんじゃぞい。親分の自由じゃ」

 ペタリンの書き付けも回って来た。

『レノーは自由ってことにしてもいいんじゃないかな。いざという時にレノーの力はたよりになる。僕たちの所でも、リサクといっしょでも仕事の助けにもなるし』

 レノーは苦笑いをして見せた。

「そうさせてもらうよ。みんなに甘えさせてもらう。悪いな、みんな」

 彼はまた遠い何かを見つめ始めた。


 ペタリンたちとレノーだけはその日の夜から仕事を始めた。串焼きの仕込みもあったから、ボワボワを出るのが遅くなった。レノーが屋台を引っぱり、ペタリンたちが後ろを押す。時々立ち止まって、レノーは横笛を吹いた。どこに屋台をめるか、アルルとクルルはまだ決めていなかった。


 いい加減な場所に屋台をめて、客を何人か拾ってはまた移動する。そのうち疲れて、ある客に声をかけられた場所でずっと商売を始めた。レノーのへたくそな横笛とペタリンたちが必死で串焼きをする様子が面白いらしく、面白半分で客が集まり始めた。レノーは自分たちが見世物みせものになっていることに恥ずかしさを覚えて、それを振り払うように客引きまで始めた。なぜドブシャリの屋台が繁盛はんじょうするのか、その秘密がすこしわかったような気がした。


「アルルとクルルの千本焼き! おいしいよー串焼きだよー」

 やけになって明るくたわむれるような声を出しながら、レノーは屈辱感くつじょくかんでいっぱいになっていた。


 (俺はいったい、ここで何をしている? みんなのためを思ってすること、リサクやフェミはそう言った。だがそれがいったい、何なんだろう? 俺はクフィーニスだ、最期さいごが来るまで串焼きの呼び込みをするクフィーニスか?)

 彼は笛を吹きまくった。皆笑っている。

 (俺たちがそんなにおかしいか? 笛、呼び込み、笛、呼び込み、笛。串焼きは恐ろしい勢いで売れている。この商売はたしかに当たりだ。でも俺にとってはこんなもの……)


「はずれだ」


 つい、そうつぶやいてしまった。彼は何も楽しむことが出来なかった。

 (きれいごとなどもうたくさんだ。アルルとクルルだけでやっていればいいんだ)


 レノーはこの人だかりが、ペタリンたちの努力と自分の宣伝せんでん、そして言葉にならない面白さあってのことだという自覚に欠けていた。彼はまた言葉の意味など考える余裕をなくしていた。ふたたび親分になる前のレノーに、戻っていた。


 アルルとクルルは笛やレノーの声が聞こえなくなったのは気づいていた。だが手を離せない。レノーがどこかへ去ってしまうのを、止めることが出来なかった。

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