ピーちゃん 一
ペットショップから自宅まで戻ってきた。
文鳥を飼育する為のケージは、部屋の隅に配置していたカラーボックスの上を整理して、そこに置いた。これでお迎えは完了である。犬や猫と違って、トイレを用意したり、柵を配置したりといった手間がないのが嬉しい。
他に用意したのは飼料とケージに掛ける布くらいだろうか。
「……かわいいなぁ」
カゴの中に収まった文鳥を眺めて癒やされる。
ゴールデンレトリバーもいいけれど、文鳥も素敵だと思う。
どうぞ、今後ともよろしくお願いします。
「あぁ、そうだ。名前をつけないと」
どんな名前がいいだろうか。
可愛らしい名前を付けたい。
やはり外見に因んだ命名がいいと思うんだ。
『我が名はピエルカルロ。異界の徒にして星の賢者』
「…………」
なんか喋った。
文鳥が喋った。
どうやら既に立派な名前をお持ちの予感。
いやいや、そんな馬鹿な。
「ピエルカルロ?」
『さよう』
「…………」
やばい、文鳥とコミュってしまった。
普通に意思疎通してしまった。
たしかこの子、まだ生後二ヶ月っていう話だよ。ちゃんと人に慣らしていけば、今からでも手乗り文鳥になるって、ペットショップの山田さんが言っていた。絶対に挑戦しようと決めて、お持ち帰りした次第である。
「ピーちゃん」
『ピーちゃん』
「じゃあ、ピーちゃんで」
『…………』
不服だろうか、ちょっと顔が怖くなった気がする。
でも可愛い。
確認の為にも、もう少しだけお話してみよう。
「ピーちゃん、今日のご飯は何を食べたいかな?」
『神戸和牛のシャトーブリアンを所望する』
「え、なんで……」
『店に務める山田という男が、最高だと言っていた』
「…………」
コミュニケーション、確定である。
っていうか、ペットショップの山田さん、いいお肉食べているじゃないの。たしかシャトーブリアンって、百グラム一万円くらいした気がする。有名ブランドになると、更に二倍、三倍と跳ね上がるのだとか。
「……そこにあるペレットじゃ駄目?」
ケージのすぐ近く、彼と一緒に購入した総合栄養食のペレットの袋を指し示して確認する。文鳥に必要な栄養が全て詰まっているとのことで、これさえ与えておけば、あとは水だけで大丈夫だと店員さんは言っていた。
文鳥の一生涯の食事である。
貧乏リーマンにとってのチェーン店の牛丼みたいなものだ。
『あれは美味くない』
「そっか……」
美味しくないんじゃ仕方がない。
自分だって不味いご飯は嫌だもの。
ああでも、チェーン店の牛丼は割と美味しい。紅生姜をたくさん載せて、生卵と混ぜ合わせて食べる汁だくとか最高。終電帰り、自宅近所の牛丼屋でそれを食べると、翌日もまた頑張れる。たまには豚汁を付けて豪遊。
「けど、ごめん。シャトーブリアンは無理なんだ」
『何故だ?』
「凄く高いお肉だから、僕には買えないんだよ」
『……そうなのか?』
「ごめんね、貧乏なサラリーマンに買われてしまって」
『…………』
この際、文鳥とお話してしまっているという事実はおいておこう。おもむろに動画を取ってユーチューブにアップロードしたい衝動に駆られたけれど、相手が思ったよりもヒューマンしているので、それにも抵抗がある。
とりあえず、もう少しお話をしてみよう。
「代わりに豚バラでもいいかい? 冷凍のがあるから」
『金がないのであれば、稼げばいい』
「え?」
豚バラ、嫌いなのかな。
美味しいと思うんだけれど。
『異世界から追放された我は、この姿として再び生を受けてから、色々と考えていた。どうやったら元の世界に戻れるのか。そのためには何が必要なのか。仮に戻れたとして、何を為すべきなのか』
「……そうなの?」
いきなり語りだしたぞ。
こちらが考えていたよりも、壮大な背景をお持ちの文鳥だ。
思わず話の続きが気になってしまった。
自然と相槌を打ってしまう。
『そして、我は結論付けるに至った』
パクパクと元気に動くくちばしが可愛らしい。
まるで親鳥に餌をねだっているかのようだ。
『もういい加減、自分の好きなように生きていいのではないか、と』
「……なるほど」
前振りの割に平凡な悟りだった。
でも、その意見はとても大切だと思う。周りに合わせて自分の時間を無駄にすることはない。誰だって死ぬときは一人きりだ。生きているうちに精々、やりたいことをやっておくべきだと思う。社畜などしていると、殊更に強く思う。
っていうか、この素で「えらんで、えらんで」とか言っていたのか。
なんだか無性に可愛らしく思えてきたぞ。
『その為にはこの世界の協力者が必要だ』
「なるほど」
『我に協力して欲しい。さすれば金を稼ぐことなど造作もない』
「可愛いペットの頼みなら、吝かではないけれど……」
『よし、ならば契約は成立だ』
「え……」
クワッと文鳥のお口が大きく開かれた。
そうかと思えば、正面に浮かび上がる魔法陣。アニメとか漫画でよく見るヤツだ。それが空中に浮かんで、キラキラと明るく輝いている。こんな玩具は買った覚えがない。もしかして、ピーちゃんが出したのだろうか。
「ピーちゃん、なにこれ」
『貴様に我の力の一部をくれてやる』
そう伝えられると共に、魔法陣が輝きを増した。
ピカッと光ったかと思えば、目の前が真っ白になる。凄い眩しさだ。堪らず目を瞑って身を強張らせる。すると同時に、胸の内側に暖かな感触が生まれた。まるでホッカイロでも体内に埋め込まれたような気分だ。
「え、ちょ、これヤバっ……」
『落ち着け、すぐに収まる』
「…………」
いよいよ文鳥離れして思われる演出だ。
もう一つ隣のケージの子にしておけば良かった、とか少し思ってしまった。もしも魔法陣から波長の短い電磁波とか出ていたらどうしよう。被爆的な意味で。今年は健康診断の他に人間ドックとか、予約しておくべきかも知れない。
眩しかったのは時間にして十数秒ほどの出来事となる。
ややあって、ケージ内の輝きは収まった。
ピーちゃんの正面に浮かんでいた魔法陣も、いつの間にか消えていた。
『これで貴様は我とパスが繋がった』
「え?」
パスって何だよ、と思わないでもない。
二人の間に何かが存在している様子は見られないもの。
『この籠の口を開けてくれ』
「あ、はい」
なんだかよく分からないが、こうなったら最後まで付き合おう。色々と突っ込みどころは満載だけれど、既に巻き込まれた感がある。下手にいちゃもんをつけて、ピーちゃんの機嫌を損ねたら怖い。
同じ部屋で生活するからには、今後とも仲良くしていきたいから。
「……これでいい?」
『うむ』
ケージから飛び出したピーちゃんが肩に乗ってきた。
肩乗り文鳥、可愛い。
手乗りの練習をしなくても身体に乗ってくれるの、めっちゃ嬉しい。
やっぱりこの子にして良かった。
『これで我は貴様の身体を通して、元来の力を使うことができる。脆弱な肉体ではあるが、この小さな鳥よりは遥かにマシだろう。少なくとも魔法の行使を受けて、身体が崩壊することはあるまい』
「あの、健康に良くない感じのなら、おことわりなんですけど……」
『では、行くぞ』
そうかと思えば次の瞬間、目の前が真っ暗になった。
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