王宮 四

 やがて我々は、目当てとなる謁見の間に辿り着いた。


 正面に設けられた観音開きのドアを越える。隣を歩むミュラー子爵に続いて、見よう見まねで部屋を進む。そして、部屋の中程まで移動したところで、床に膝を突いて頭を垂れる。視線は足元に敷かれた絨毯を見つめる形だ。


 この辺りは子爵様のところで謁見した際と変わらない。


 ただし、そのスケールは段違いだ。部屋の壁沿いには我々を眺めるように、大勢の貴族が立ち並ぶんでいる。あちらこちらからヒソヒソと言葉を交わす声が聞こえてくる。これがまたとんでもない数である。


 そうした人気の多さに始まり、部屋の広さや装飾から、警備に立っている騎士の装備に至るまで、何もかもが段違いである。おかげで同所を訪れて以降、緊張から胸が痛いほどにドキドキとしている。


 そうこうしていると、真正面から人の声が聞こえてきた。


「表を上げよ」


 どうやら王様が配置に付いたようだ。


 ミュラー子爵が動いた気配を受けて、自身もまた視線を前に向ける。身体は床に膝を突いた姿勢のまま、十数メートル先の地点、少し周りより高くなった壇と、そこに設けられた玉座に注目する。部屋に入った直後には、空であった二つ並びの立派な椅子だ。


 そこにいつの間にやら人の姿があった。


 しかもどうしたことか、二つ並んだうち一つに見知った顔が。


 昨日、ボードゲームの相手をして下さったメイドさんだ。


「っ……」


 咄嗟に声を上げそうになり、これを慌てて飲み込む。


 どうしてそんなところに座っているの。


 いいや、考えるまでもない。


 メイドさんではなく、お妃様であったのだろう。


 一方で彼女の隣に座っている人物は、初めて見る顔である。恐らくはこちらがヘルツ王国の王様なのだろう。年齢は五十代中頃ほどと思われる。堀の深い厳つい顔立ちをしたイケメンだ。きっと若い頃はモテたことだろう。


 お妃様とは二回り近く歳が離れているように思われる。一国の主ともなれば、異性関係も選り取り見取りなのだろう。きっと妾とか愛人とか、沢山いるに違いない。


「ミュラー子爵よ、この度は私の息子を助けてくれたこと、心から感謝したい。なんでも戦地で騎士と逸れて、孤立していたところを子爵助けられたと聞く。更には幾重にも迫る敵兵を払い除け、無事に私の下まで送り届けてくれたそうではないか」


「滅相もございません。私は偶然から居合わせて、その帰還をほんの僅かばかり、お手伝いさせて頂いたに過ぎません。文武に秀でたマルクス殿下におかれましては、私の助力などなくとも、陛下の下まで元気なお顔を見せたことでしょう」


「そう畏まることはない。詳しい話は本人から昨晩の内に聞いている。今回の戦がどれほど大変なものであったのか、私とて理解せずに貴殿らを戦場へ送り出した訳ではない。だからこそミュラー子爵の働きには、とても感謝しておるのだよ」


「ははっ、ありがたきお言葉にございます」


 子爵様と陛下の間で会話が始まった。


 雰囲気的に前者のご褒美タイム的な流れを感じる。後者の顔にニコニコと笑みが浮かんでいる点からも、お叱りの場ということはなさそうだ。王様は怖いお顔の持ち主だから、笑顔に湛えられた喜びが殊更に強く感じられる。


「多くの貴族が我が身可愛さに敵前から逃亡したなか、後方支援という立場にありながら、その身を呈してマルクスを守り通したミュラー子爵の功績は大きい。そこで子爵には新たに伯爵の位と褒美を与えようと思う」


「この身に余る光栄に存じます」


「今後ともヘルツ王国の為に働いてくれることを期待している」


「我らが祖国のため、粉骨砕身の覚悟で臨みたいと思います」


 どうやらミュラー子爵がミュラー伯爵に昇進したようだ。


 王様の言葉を受けては、居合わせた貴族たちの間からわっと声が上がった。どうやらそれなりに凄いことらしい。こちらの世界の制度全般に疎い自分には、それがどの程度のものなのか、まるで判断がつかない。課長が部長になるようなものだろうか。


 後でピーちゃんに確認してみよう。


「ところでミュラー伯爵よ、その方の話によれば、戦地で伯爵と共にマルクスを守り、その帰還に一役買った人物がいるという話ではないか。よければ私にその者について、詳しく話をして欲しい」


 おっと、二人の会話がこちらに流れそうな予感。


 予期せぬ話題のふりを受けて、全身が強張る。


 既に脇の下など、汗で濡れてぐっしょりだ。


「お言葉を頂戴しました通り、今回の働きは私一人のものではございません。こちらにいるササキという者の協力あってこそでございます。類まれなる魔法の才覚の持ち主でありまして、戦地にて負傷した殿下の怪我を治療したのも、こちらの者になります」


「それは大した働きではないか。回復魔法が使えるのか?」


 ミュラー子爵、いいや、本日からミュラー伯爵か。


 自身に代わってミュラー伯爵が、あれこれと王様に説明をして下さる。王族に対する礼儀などまるで理解していない身の上、とてもありがたい。正直、この場でまともにお話をできる気がしない。


「回復魔法のみならず、中級規模の攻撃魔法を無詠唱で放つほどの腕前の持ち主です。見ての通り異国の出ではありますが、私の見立てでは、王宮に使える宮廷魔法使いと比較しても、遜色ない実力の人物ではないかと考えております」


「伯爵ほどの男がそのように評するか」


「恐れながら評させて頂きます」


「そういうことであれば、その者にも褒美をやらねばなるまい」


 どうやら伯爵のみならず、自分もご褒美が貰えるようだ。


 何を頂戴できるのだろう。


 貰えるものは貰っておく主義なので、こういう機会は嬉しい。


「ササキと言ったか?」


「陛下に名を呼んで頂ける誉れ、まこと光栄にございます」


「その方の働きについてはミュラー伯爵のみならず、マルクスからも聞いておる。腹部を魔法に撃たれて臓物も漏れ、歩くことすらままならなかったところを救われたと語っておった。ミュラー伯爵の証言とも一致しておる」


 下手に喋るとボロが出そうなので、黙ってお言葉を頂戴しよう。


 すると王様はあれやこれやと喋り始めた。


「中級魔法を無詠唱で放つという話も、決して誇張ではないのだろう。ならばその力、私はヘルツ王国のために役立てて欲しいと考えている。そこでその方には、我が国における騎士の位と、宮中に仕事を与えようと思う」


 そうして王様が語った直後、周りを囲う貴族たちから反応があった。


 ミュラー子爵の伯爵昇進とは比べ物にならないざわめきだ。どうしてあのような平民が、みたいな雰囲気の会話が、そこかしこで飛び交い始める。それまで空気みたいな扱いだった自身に、貴族たちから数多の視線が集まってくる。


 おかげで焦る。


 お貴族様の位をゲットするとは、こちらも想定外である。そういうのは結構であると、事前にミュラー伯爵やマルクス殿下にもお伝えしていた。他の誰でもない、星の賢者様たってのお願いである。


 それとなく隣を確認すると、ミュラー伯爵も驚いた顔だ。


 え、マジで? と言わんばかり。


 どうやら我々の予期せぬところで、宮中パワーが働いたようである。

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