王宮 三

 翌日、起床から間もない我々の下をミュラー子爵が訪れた。


 本日の予定はどうしようかと悩んでいたところ、丁度いいタイミングでの来訪であった。しかしながら、出会って早々に彼の口からもたらされたのは、我々からすると突拍子もないご提案の言葉であった。


「これから陛下に謁見する運びとなった。いきなりの相談となり申し訳ないのだが、ササキ殿にも一緒に来てもらえないだろうか? 少し窮屈な思いをするかも知れないが、そう長く時間が掛かることはない」


「え、私もご同席するのですか?」


「どうか頼めないだろうか?」


「あの、流石にそれはどうかと……」


 まさかの謁見イベント発生である。


 ちなみにこうしてお話をしている場所は、客間のリビングスペース。そこに設けられたソファーセットに腰を落ち着けて、お互いに言葉を交わしている。正面のローテーブルには、止まり木に止まったピーちゃんの姿もある。


 メイドさんはミュラー子爵と入れ違いで部屋の外に出て行った。


「マルクス王子の命を救ったことに対して、陛下から労いの言葉をとの話になったのだ。一方的な話となり申し訳ないが、どうかこの通りだ。ほんの少しだけ貴殿の顔を貸してはもらえないだろうか?」


「しかし、私はどこの馬とも知れない平民なのですが……」


『この場は頷いておいたほうがいい』


 予期せずピーちゃんから助言を受けた。


 彼がこういったポイントで他所様に流れるのは珍しい。


「え、ピーちゃん?」


『国王からの招集に背いたとあらば、後で何が起こるか分からん』


「なるほど……」


 どうやら最初から、我々に選択肢はなかったようだ。ミュラー子爵がこちらに対して頭を下げる形で話を運んで下さっているのも、ピーちゃんが言ったような背景が手伝ってのことだろう。そう考えると申し訳ないことだ。


「承知しました。是非ご一緒させて下さい」


「ご面倒を申し訳ありません」


「いえ、こちらこそ色々とお気遣いをありがとうございます」


 おかげで本日の予定は早々に決まっていった。




◇ ◆ ◇




 辿り着いたのは謁見の間に通じる小部屋である。なんでも部外者が謁見の間で王様とお会いするには、必ずこちらを通る必要があるのだとか。そこで危険物の持ち込みを行っていないかなど、身体の検査を受けるのが規則とのこと。


 ちなみに小部屋とは言っても十畳以上ある。


 部屋の造りや調度品も豪華なものだ。


 恐らくミュラー子爵のお城の応接室よりもお金が掛かっていると思われる。


 そうした場所で騎士っぽい恰好をした人たちから、あれやこれやと身体を弄られることしばらく。無事にゴーサインを頂戴した。これはミュラー子爵も同様であって、自分と同じように検査を受けていた。


 また、ピーちゃんとはこのお部屋で一時お別れである。使い魔の持ち込みは禁止なのだそうだ。居室から持ち込んだ止まり木を、室内に設けられたソファーセットのテーブルに配置して、そちらでの待機をお願いした。


 以前は宮中で活躍していたという背景も手伝い、これといって彼から非難の声が上がることはなかった。こうした規則には多分に覚えがあるのだろう。むしろ謁見を直前に控えて、我々を心配げな表情で見つめていた。


 それからしばらくすると、案内役の役人がやって来た。


 なんでも謁見の準備が整ったので、先に進んで欲しいとのこと。


 これに指示される形で、我々は謁見の間に臨むことになった。小部屋を後にして廊下を歩く。前後には剣と鎧で武装した騎士の人たちが続いている。ミュラー子爵は慣れた様子で歩いているが、こちらとしては気が気でない。


 子爵様のお城で経験した以上の物々しさである。


 だだっ広い廊下を歩いていると、ふと壁に掛けられた肖像画が目に入った。黄金で縁取られた仰々しいデザインの額縁に入れられて、通路を通る者なら誰もが目にする位置に掛けられている。


 描かれているのは十歳前後ほどと思しきブロンドの少年だ。


 足元から頭頂部まで全身が収まるように描かれている。身につけているのはヘルツ王国の貴族を思わせる荘厳な衣服だ。マントを着用の上、杖を身体の正面で両手に突いて堂々と仁王立つ姿は、キリリとした表情と相まって非常に力強く映る。


 ただ、どれだけ厳つく力強いタッチで描かれていても、年齢が所以の歳幼い顔立ちが、迫力に繋がる最後の一歩を遠ざけているように思われた。少し長めの頭髪を片側で三つ編みに結うというヘアスタイルも、これを助長させている。中性的な感じ。


「ミュラー子爵、こちらの絵画は……」


「そちらに描かれているのは、貴殿もよく知る人物だ」


「私が、ですか?」


 こちらの世界の知り合いなど片手に数えるほど。


 しかも貴族となると、ミュラー子爵かマルクス王子くらい。


「星の賢者様だ」


「え……」


 直後、予期せぬ返答を与えられて驚いた。


 自然と歩みも止まる。


 飾られている場所も手伝い、てっきり王様の若い頃だとか、自慢のお子さんだとか、その手のご回答を想像していた。それがまさかのピーちゃん。もっと厳つい感じのオッサンを想像していたのだけれど、これでは完全にショタではないか。


「それにしては随分と、お若いように見受けられますが」


「おや、ササキ殿は聞いていないのか?」


「と言いますと?」


「こう見えて星の賢者殿は、幾百年と生きておられるのだ」


「なんと、それはまた……」


「私が小さい頃から、あの方はずっとこのような姿をされていた。内に秘めた膨大な魔力が作用してだろう、普通の人間とは一線を画した寿命をお持ちなのだ。詳しいお歳は私も存じない。とても謎の多いお方なのだ」


「そういえば戦地でも、同じ様な話が話題に上がりましたね」


 森のなかで巨大なオークと出会った時に、同じ様な講釈を受けた気がする。上位の個体がどうのこうのというお話だ。なんでも魔力を多く取り込んだ生き物は、同じ種であっても他の個体と比較して、ずば抜けた寿命や力を得るのだとか。


 そして、ミュラー子爵はこと星の賢者様の話題となると多弁だ。


「私が最初に星の賢者様を拝見したのは、今回と同じように他国との争いで出兵される姿であった。幾万という兵を率いて、更には自ら軍勢の先頭に立ち、圧倒的な魔法で敵国の兵を蹴散らす姿は、今も鮮明な光景として脳裏に焼き付いている」


「……なるほど」


「当時の自分は、その姿に憧れて魔法の鍛錬に打ち込んだものだった。しかし、私には残念ながら魔法の才能がなかった。魔力がなかった。そこで仕方なく剣を学び始めたのだ。こうして思い返してみると、なかなか格好の悪い話だよ」


「…………」


 しかしなんだ。


 謁見の間に通じる通路に飾られているとか、王様からのラブを感じる。


 愛されているじゃないの、ピーちゃん。

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