爵位 一

 王様との謁見を終えたミュラー伯爵と共に、控え室まで戻ってきた。


 その直後に彼から謝罪を受けた。


「すまなかった、まさかこのような流れになるとは……」


 どうやら彼も想定外の出来事であったようだ。話題の先にご褒美が控えている点こそ把握していても、それが騎士の位であるとは考えなかったようである。自身の異国情緒溢れる外見を思えば、それも当然だろう。


 こちらもてっきり金貨で精算されるものだとばかり考えていた。


 過去に彼らから聞いた話、この国の貴族は非常に封建的なのだという。まさかどこの馬の骨とも知れない人間を同胞として迎え入れるとは思わない。顔貌が異なれば肌の色まで違うのだ。伯爵や殿下にも別の大陸から来たと説明している。


「申し訳ないが、少し話せないだろうか?」


「ええ、是非お願いします」


「助かる」


 部屋には他に王宮勤めと思しき騎士や役人の姿がある。その視線を意識してのお話だろう。今もミュラー伯爵が新米騎士に頭を下げてみせた姿を眺めて、ヒソヒソと言葉を交わす姿が窺える。


 自分も訪ねたいことが色々とあるので、伯爵からの提案はとてもありがたい。彼自身もまた、新たに役柄を得て忙しい身の上、それでもこちらに付き合って下さる姿勢が、その人の良さを感じさせる。




◇ ◆ ◇




 ピーちゃんとミュラー伯爵、二人と共に王宮の客間まで戻ってきた。


 室内にはメイドさんの姿も見られなかったので、これ幸いと居室に鍵を掛けての話し合いである。謁見の間にこそ連れていけなかったピーちゃんだけれど、控え室での会話は聞いていたようだ。


 おかげで早々、彼から突っ込みが入った


『また碌でもないことになったな』


 やれやれだとばかりに呟いてみせるピーちゃん。


 そんな彼に対して、ミュラー伯爵はソファーから立ち上がり、これでもかと頭を下げている。目の前の文鳥が、自らの敬愛する星の賢者様であると理解して以来、伯爵のピーちゃんに対する態度は謙る一方だ。


「申し訳ありません。それもこれも私の失態です。こういったことにならないよう、マルクス殿下には事前に重ね重ね話をしていたのですが、一体どこで横槍がはいったのか。本当にすまないことをしてしまいました」


『まあ、なってしまったものは仕方がない』


「まことに申し訳ありません」


『だがしかし、そうなると領地はどうなるのだ?』


「宮中に仕事をというお話でした」


『あぁ、そっちなのか』


 なにやら通じ合った様子で、テンポ良く会話を進めていくピーちゃんとミュラー子爵。こうなると門外漢の自分には状況がつかめない。申し訳ないけれど、もう少しだけ噛み砕いたご説明が欲しい。


「すみません、その辺りを詳しく伺ってもよろしいでしょうか?」


「ああ、そうでしたな。大した話でもないのですが……」


 ミュラー伯爵の話によると、貴族と一口に言っても色々とあるらしい。国内に領地を持っており、これを治めている貴族がいれば、宮中を筆頭とした公的機関に仕事を持っており、これを役柄としている貴族もいる。


 自身の場合は後者だそうな。


 それ以外にも年金を一方的にもらうだけの貴族やら何やら、色々と細かな肩書が存在しているとのこと。ちなみに領地や仕事を持っている貴族については、次の世代に家を継がせることが可能だという。


 謁見の間で他の貴族たちが驚いたのは、きっとこの点に由来するのだろう。


 国内に新しく一つ、お家が出来上がってしまったのだ。


「なるほど、そのようになっているのですね」


『そうなると問題はこの者に与えられる仕事か……』


 仕事の如何に因っては、食っちゃ寝生活から遠退いてしまう。


 それは我々にとって非常に大きな痛手だ。


「その点については、私もまだ何も話を受けておりませんでして、困惑しております。こういった話の場合、事前に根回しがされているのが一般的となりますから、陛下への謁見に臨む時点では、既に知らされていることがほとんどなのです」


「なるほど」


 とても納得のいく話である。誰にだって得意不得意や、それまで勤めてきた仕事というものがある。その延長線上でこそ活躍するのが自然なことだ。だからこそ、自分のようなぽっと出の騎士は例外的なのだろう。


「ササキ殿、王宮を訪れてから、何か変わったことはありませんでしたか?」


「と、申しますと?」


「私もこれといって思い当たる節がない。そして、こうまでも慌ただしい事の運びは滅多にない。そこで可能性があるとしたら、我々の知るより遥か上から、勅命のようなものが存在しているのではないかと」


「…………」


「繰り返しとなりますが、マルクス殿下にはお二人の意向は重々伝えている。これを破ってまでどうこうするほど、殿下は恩知らずな方ではない。だからこそ、他に何かしら力が働く余地があったのではないかと考えたのだ」


 ミュラー伯爵の言葉を耳にして、自ずと昨晩の一件が思い浮かんだ。


 何故かメイド姿で、ボードゲームをプレイしに訪れたお妃様。


「一つだけ思い当たる節があります」


「よろしければ確認させてもらっても構わないか?」


「あまりにも突拍子もない話なのですが、昨晩、お妃様が私の部屋を訪れました。部屋付きのメイドに暇つぶしのボードゲームを頼んだのですが、その相手としてメイドの恰好をして、名前や肩書を伏せていらっしゃいました」


「な、なんとっ……」


 これには伯爵様も顔を強張らせた。


 今なら昨日、ピーちゃんがやたらと鳴いていた理由が分かる。彼は宮中で活動していた元役人だ。きっとお妃様の顔もご存知だったのだろう。その姿を確認して、一生懸命に警笛を発してくれていたのだ。


 これに気付かずに、自身は普通にゲームに興じてしまっていた。


 異世界のゲームは、元の世界のそれに負けず劣らず面白くて、思わず熱中してしまった。王宮に納められているだけあって、造りも立派なものであった。誰かとゲームをするというのも久しぶりだったので、それはもう楽しませて頂いた。


「私も本日、謁見の間を訪れて初めて気付きました」


「まさか、王妃様に何か粗相を……」


「いえいえ、滅相もない。普通にゲームを楽しんだだけです」


「…………」


「ですがこうして考えると、そもそも王妃様と共にゲームを楽しんだ、という時点で失礼以外の何物でもないように感じられます。それが理由で罪に問われるようなことがあるのなら、すぐにでも国を脱しようと思うのですが」


 こちらの説明を受けて、ミュラー伯爵は難しい顔で考え込み始めた。


 もしも自分が絶世のイケメンだったりしたのなら、その顔面に惚れ込んだ奥方が、みたいな昼ドラっぽい理由が思いつかないでもない。しかし、このどこからどう見ても不出来な中年オヤジ面では、そうした可能性も皆無である。


 当然、手を出してもいない。


 数年前、上司に付き合って訪れた風俗。そこで性病をもらったあたりで、その手の価値観は終了した。自分みたいなのには、恋愛も疑似恋愛もコスパが悪い。仕事を頑張ったり、美味しいものを食べている方が、幸福度は高かった。


 だがしかし、そうなると何が引っかかったのか。


「いえ、それはお待ち頂きたい」


「承知しました」


「しかし、原因が分からないことには動きようがないのも然り」


 ミュラー伯爵と二人で頭を悩ませる。


 そうこうしていると、部屋のドアがノックされた。


 続けて聞こえてきたのは、ここ数日で聞き慣れた声だ。


「私だ。入ってもよいか?」


 今まさに話題に上がった人物のお子さん、マルクス王子である。

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