来訪者 三

---まえがき---


「佐々木とピーちゃん」カクヨム内公式ページのご案内です。

https://kakuyomu.jp/official/info/entry/2020/12/04/143221


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 汐留はシオサイト界隈を歩くことしばらく。高層ビルの連なる光景を傍らに、盛り姫様からは止め処なく質問を頂戴した。それにあれやこれやと答えながらの散歩は、よく晴れた日柄も手伝い、なかなか朗らかなものであった。


「けれど、ササキはどうして私たちの世界を訪れたのかしら?」


「……と言いますと?」


「これだけ栄えている国の民が、私たちの世界に何を求めているの?」


「そうですね……」


 盛り姫様の意識の高さを受けて続く言葉に躊躇する。副業気分でお取引に足を運ばせて頂きました、とは言えない雰囲気を感じる。彼女と我々では、胸のうちに抱いている動機というか何というか、その手のスケールがまるで別物だ。


 こちら組織への奉公に疲弊した社畜と文鳥のペアは、目先の安穏と美味しいごはんを求めているばかり。一方で目の前の彼女は、祖国の行く先を憂いていらっしゃる。もしもこの国から攻められたら、なんて考えているに違いない。


「両世界間の円満な関係でしょうか」


「本当かしら?」


「ええ、本当です」


 嘘は言っていない。


 ただ、あまり続けたい話題ではない。


「ところでエルザ様、我々からも一つよろしいでしょうか?」


「なにかしら?」


「こうしてお伝えした事実は、エルザ様しか知りません。そして、エルザ様以外にお伝えすることもありません。もしも我々以外、あちらの世界の方々がこの事実を知っていたら、そのときは我々とミュラー伯爵家の関係も終わるものと考えて下さい」


「そこの黒髪の少女は違うのですか?」


 盛り姫様の視線が二人静氏に向けられる。


 指摘の通り、会話の場に居合わせてしまったのは事実だ。


「彼女は世界を渡る術を持ちません。そして、我々が彼女をそちらの世界に連れて行くことも絶対にありません。ですからこうしてお話した内容が、もしも世界の垣根を越えたとすれば、それはエルザ様によってのことと判断させて頂きます」


「っ……わ、わかったわ」


 盛り姫様はゴクリと喉を鳴らして頷いた。


 少し脅すような文言になってしまった点については申し訳ないと思う。ただ、これだけ強くお願いしておけば、当面は誰に伝わることもないだろう。最悪、漏れたとしてもミュラー伯爵が精々ではなかろうか。


 そして、彼なら星の賢者様の事情にも通じているし、たぶん大丈夫。


「のぅのぅ、儂も会話に入れて欲しいのじゃが……」


 エルザ様の言葉を解さない二人静氏から翻訳の願いが入った。


 並び歩む我々から、数歩遅れて背後に続く彼女である。


「彼女は二人静さんの着ている着物が素晴らしいと言っています」


「なぬ、本当かぇ?」


「ええ、とても素敵な色合いだと、お褒め下さっています」


「なんじゃぁ、それは嬉しいのぅ」


 適当にヨイショすると、二人静氏はキャッキャと喜んでみせた。


 盛り姫様からは怪訝な眼差しを頂戴したが、これといって突っ込みをもらうことはなかった。二人の間でお互いの言葉が通じない一方、自身の言葉だけが両者に響いていることは、彼女にも説明済みである。そのあたりを汲んで下さったのだろう。


 貴族のお嬢様らしい空気の読みっぷりである。


「そういうことなら、その娘にも儂が着物を見繕ってやろうかのぅ?」


「いえいえ、流石にそういった行いは……」


 調子に乗った二人静氏が、また面倒なことを口走り始めた。


 そうした頃おいの出来事である。


 曲がり角を一つ過ぎて迎えた、ゆりかもめの汐留駅は正面。コンビニエンスストアに面した一角で、何やら賑やかにしている一団と遭遇した。内数名は業務用の大型カメラやアーム付きの集音マイクを掲げている。


 どうやら何かしら撮影の最中にあるようだ。


 カメラが向けられている先には、綺麗に着飾った女性の姿がある。


「東京臨海新交通臨海線、通称ゆりかもめ。こちらの路線ではそれぞれの駅でのアナウンスが、声優さんによって担当されていることを皆さんは知っていますか? そしてこの度、こちら汐留の駅では私たちグループメンバーによる……」


 歩みを止めて聞き耳を立てる。


 どうやら同所で番組の収録をしているようであった。新しく生まれたアイドルグループの一人が、ゆりかもめの汐留駅でアナウンスを担当するのだとか。その関係で取材が行われているようであった。


「なにやら賑やかにしているわね」


「ええ、そうですね」


 これは迂回したほうが良さそうだ。


 そう考えたのもつかの間の出来事である。賑やかにしていた一団の一人がこちらに気付いた様子で、なにやら身振り手振り。するとこれに応じて、カメラを向けられていた女性が、我々に向かい歩み寄ってきた。


「可愛らしいお客さんですね! 今日はどこにお出かけですか?」


 逃げ出す間もない出来事であった。


 次の瞬間にはカメラがこちらを捉えていた。


 なんてタイミングが悪いのだろう。


「ササキ、この者は何と言っているんだ?」


「これってもしかして、生放送だったりしますか?」


 盛り姫様からのご質問はさておいて、一番大切な点をご確認させて頂く。その如何によって以降の対応は大きく異なってくる。ただの収録であれば、局の権限を利用してでも、問答無用でテープを押収させて頂こうと思う。


 そのように考えてのお問い合わせ。


 しかし、こちらの淡い期待は早々に砕かれた。


「はーい! 生放送です!」


 元気いっぱいのお返事だった。


 思わず胃がキュンとした。


 咄嗟に一歩を踏み出して、エルザ様の顔を隠すように位置取る。同時に二人静氏に目配せを行い、上手いこと対応してくれと意思疎通。肩の上の彼は、まあ、大丈夫だろう。インターネットでレベルアップしたピーちゃんなら、お行儀よくできるはず。


「すみませんが、カメラを外して頂けませんか?」


 淡々とお伝えさせて頂く。


 大切なのは事を荒立てないこと。相手はアイドルのようだし、そういった人たちには多かれ少なかれ熱心なファンが大勢付いている。万が一にも反感を買った日には目も当てられない。炎上などしたら大変だ。公務員の不祥事はただでさえ目立つもの。


 それでも落ち着いて対処すればきっと大丈夫。


 耳にしたアイドルグループの名前は、自身も耳に覚えのないものだ。そこまでメジャーではないだろう。そうなると地上波である可能性は低い。ネット配信であれば、リアルタイムでの視聴者はそこまで多くない。


 後日、局から根回しを行い掲載サイトを押さえてしまえば、そこまで情報が広がることはないだろう。二人静氏が一緒でよかった。ランクA異能力者の存在を理由にして映像の取り下げを申請すれば、恐らく許可を得ることは不可能ではない。


 彼女からの同行願いを無下にしなくて本当によかった。


「お願いできませんか?」


「そ、そうですね! 急に声を掛けちゃってごめんなさい!」


 相手も人気商売である。カメラはすぐに横に逸らされた。


 レンズが向かった先は、改札を越えて駅のホームに通じる通路である。反対側はコンビニの軒先なので、見栄え的に前者を選択したのだろう。アナウンサーを担当している彼女も、すぐにカメラの正面に身を移した。


 自ずと我々の意識も、そちらに向かい移る。


 するとどうしたことか、皆々の見つめる先でアクシデントが発生。


 そこには母と子の二人組。


 今まさに階段を下らんとしていた親子連れ。


「ママ! テレビ! テレビの人がいる!」


 歳幼い少年が撮影のカメラを目の当たりにして、声も大きく叫んでみせる。そうかと思いきや勢いよく駆け出した。そして、ものの見事に階段を踏み外して落下のお知らせ。かなり高いところから、勢いよく階下に向かい落ちていく。


 バランスを崩した身体は、前のめりに続く段差へ向かった。


 下のフロアまでは十段以上ある。


 打ちどころによっては大変なことになるだろう。


「っ……」


 誰にも先んじて動いたのは盛り姫様だった。


 一歩を踏み出すと共に、叫び声を上げてみせる。


「レビテーション!」


 めっちゃ浮かびそうな掛け声だった。


 事実、少年の身体が浮かび上がる。


 その響きは自身もまた、飛行魔法を習得する上でピーちゃんから学んだ覚えがある。対象を一時的に浮かび上がらせる魔法だ。習得難易度は低くて、無詠唱で使える人もそれなりにいるのだとか。


 ただし、効果は非常に短い時間とのこと。


 家具の移動や建築業など、生活の端々で利用されているらしい。


 対象が魔法を行使可能であれば、阻害することも容易だとか。


 それが今まさに落下せんとした少年の肉体を優しく受け止めた。


 空中に浮かび上がった小さな身体は、ふわふわと宙を漂うように移動して、階下のフロアに着地。時間にして数秒ほど。ほんの僅かな間の出来事である。しかし、その一部始終はすべてカメラのレンズの向けられた先で行われていた。


「まったく危なっかしいわね」


 ふぅと溜息を一つ、いい仕事をしたと言わんばかりの盛り姫様。


 一方で驚愕から面持ちを強張らせているのが撮影班の方々。


 これまた面倒なことになった。


「お主、やってしもうたのぅ?」


 背後から二人静氏の意地悪い声が、妙に大きく響いては聞こえた。




---あとがき---


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佐々木とピーちゃん 異世界でスローライフを楽しもうとしたら、現代で異能バトルに巻き込まれた件 ~魔法少女がアップを始めたようです~ ぶんころり @kloli

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