星崎さん
断ることも難しくて、星崎さんと昼食を共にする運びとなった。
なんでも昨日のお礼に驕ってくれるのだそうだ。
他に控えている仕事があれば、忙しいだ何だと理由を上げて逃げることもできたことだろう。しかし、当面は自宅待機が待っている我々局の能力者一同である。以前の勤め先を辞めたことは彼女にも伝えているので、そちらで言い訳を並べることも難しい。
結果的に局の近くにあるイタ飯屋で、お互いに顔を向き合わせている。
「付き合ってくれてありがとう、佐々木」
「いえ、ちょうどお腹も空いていましたので」
「そう言ってもらえると助かるわ」
出会った当初と比較して大人しく映る姿が新鮮だ。
お礼をしたいという想いも伝わってきた。
ただ、そうだとしても落ち着かない。
「素敵なお店ですね。いつも来られるんですか?」
「いや、そういう訳でもないのだけれど……」
「そうですか」
席についてしばらくすると、ウェイターが注文を取りに来た。
オサレな店の雰囲気に違わず、イケメンな若者である。ツーブロックの刈り上げな黒髪をアップバング。錨型に整えられたヒゲが映える彫り深い顔立ちが、スタイリッシュなお店の制服と良く似合っている
こういうふうに生まれてきたかったと切に思う。
「注文はお決まりでしょうか?」
「こちらの日替わりセットをお願いします」
「あ、私も同じものをっ……」
「承知しました」
恭しく頷いてみせる姿にも品が感じられる。マジ羨ましい。細マッチョ体型の上に足も長くて、パリッとした制服がこれでもかと映える。異性に不自由した経験など、恐らく一度もないことだろう。
しかも物腰穏やかで格好いいし。
「ドリンクにはアルコールもございますが如何しますか?」
「え、あ、それじゃあ……」
せっかくだし昼ビールとか、しちゃおっかな。
念願の夢をこの場で叶えてしまおうかな。
もしも自分がイケメン中年で、星崎さんとエッチしたいとか考えていたのなら、昼酒を控えるという選択肢も存在したかも知れない。しかし、その手の可能性を正しく測ることができるようになったイケてない中年は、これといって遠慮する必要もない。
周りに構わず、楽しみたいときに、楽しみたいことをする。それが外見に不自由する生き物の人生を豊かにする唯一の手段だ。周囲の価値観に流されてはいけない。しかもなんと、若い女性の奢りときたものだ。普通の昼ビール以上の昼ビール感を感じる。
感じるったら感じる。
「こちらのビールをお願いします」
「今月のおすすめクラフトビールですね。承知しました」
星崎さんはどうだろう。
こちらに構わず、遠慮なく飲んじゃって欲しい。
そう考えて促すように見つめると、彼女は困った表情になった。
「あの、私は未成年なので……」
「え、そうだったんですか?」
てっきり二十歳を超えているものだとばかり思っていた。
ウェイターの人も驚いている。
「それではこちらのソフトドリンクのメニューからどうぞ」
「……はい」
それから一通り注文を取って、イケメンの彼はキッチンへと戻っていった。時刻は午前十一時を少し過ぎた頃合い、店内には余裕がある。この様子であれば、注文した品はそう時間を掛けることなく届けられるだろう。
その背中を厨房に見送ってしばらく、オッサンは未成年にお尋ねさせて頂く。
「失礼ですが、お幾つなんでしょうか?」
「…………」
「あ、いえ、決して無理にとは言いませんが……」
あとでセクハラだなんだと訴えられたら面倒である。
ただ、彼女は思ったよりも簡単に答えてみせた。
「……十六よ」
「え……」
十六と言えば、あれだよ、ほら、女子高生。
お尋ねしたことで二度ビックリ。
まさか高校生だとは思わなかった。
「あの、冗談じゃないですよね?」
「この顔は化粧だし、普段は学校に通っているわ」
「……なるほど」
女性は化粧で化けるとはよく話に聞くけれど、若返りだけでなく、歳を重ねて見せることもできるようだ。たしかに出会った当初から化粧が濃いかな、とか思わないでもなかった。ファンデーションの塗りっぷりなど凄いことになっている。
とはいえ以前の職場も、化粧の濃い方が多かったので、あまり気にはならなかった。常にスーツを着用していた点も拍車を掛けている。そこまで彼女の年齢に対して気を向けていなかったことも大きい。
しかしながら、それでも女子高生だとは思わない。
若くても二十歳は超えているものだとばかり考えていた。
「子供だと相手に舐められるから、こうして取り繕っているのよ」
「もしかして、その話し方も同じ理由からですか?」
「…………」
どうやら図星のようである。
これまでのやり取りに関しても、現役の女子高生から呼び捨てにされていたと思うと、なかなか悪い気がしないから不思議なものである。同時に学内ではどのように振る舞っているのか、どうしても気になってしまう。
「友達とは普通にされているんですか?」
「……当然よ」
まあ、そりゃそうか。
こんな言動で生活を送っていたら、満足に友達もできないだろう。しかも背景には異能力などと大層なものを抱えているから、彼女の日常とはなかなか、面白おかしいことになっているに違いない。
自分は巻き込まれたのが年をとってからで良かった。
「星崎さんはどうして仕事に一生懸命なんですか? 高校生というと、他にも色々とやりたいことや、興味があることも出てくることでしょう。わざわざこんな危ないことに率先して時間を使うこともないと思いますけれど」
「前にも言ったけれど、この仕事は支払いがいいの」
「なるほど」
どうやら金銭的な問題のようだ。
そうなるとこれ以上の問い掛けは憚られる。十代という年齢を確認した後だと、若さからくる勢いが、危険な仕事に対しても一歩を踏み出す決心を与えているのだろうとも素直に思えた。こちらが考えている以上に、大変な事情を抱えているのかも。
やはり今後は、極力近づかないようにしよう。
「おまたせしました」
そうこうしているとウェイターが食事を持ってきた。
以降は粛々と、他愛ない話を交わしつつランチの時間は過ぎていった。
◇ ◆ ◇
同日、ランチを終えた後は、星崎さんと別れて仕入れに向かった。
昨日は自宅に戻れなかった都合、なるべく価値の高そうなものを吟味しての調達である。ついでにピーちゃんへのお土産を購入することも忘れない。丸一日放置してしまったことへの謝罪の意味も込めて、少し奮発してみた。
ただし、課長の知り合いに尾行されている可能性もあるので、必要最低限、怪しまれるような買い方は控えておいた。時間に余裕の生まれた中年オヤジがアウトドアに目覚めた、そんなシナリオを描いてのお会計である。
砂糖やチョコレートなど、大量にモノが必要になる仕入れについては、今後やり方を検討する必要がありそうだ。少なくとも近所のスーパーでの購入は控えよう。個人のアカウントに紐付いて記録が残る通販での調達も止めておきたい。
あれこれと考えを巡らせながら帰路を歩む。
ビニール袋を下げて夜道を進む。
するとしばらくして、端末に着信があった。
ディスプレイを確認すると、そこには上司の名前だ。
「……はい、佐々木ですが」
できれば出たくはなかった。
しかし、無視する訳にもいかない。
『阿久津だ、少し時間をいいか?』
「ええ、構いませんが」
『悪いが明日も登庁して欲しい。仕事ができた』
「承知しました」
他にやることもないし、それくらいは構わないだろう。ちゃんとお給料も発生しているのだから、顔を出すことに抵抗はない。サビ残が常であった前の勤め先と比較したら天国だ。しかしながら、気になるのは呼び出しの理由である。
まさか過去の仕入れに疑問を持たれただろうか。
背筋を寒いものが走る。
だが、続けられた言葉はまるで想定外のことだった。
『君の出世が決まった。内事を執り行う』
「……なるほど」
出世、出世である。
完全に虚を突かれた形だ。
『君も理解しているだろうが、今回の一件で局員が減ってしまった。その関係で空いてしまったポストを埋めなければならない。本来であれば有り得ない話だが、こと能力者に限っては人材が限定的だ。早急に人事が行われる運びとなった』
彼の言葉は理に適っている。
前に星崎さんから聞いた話、能力者の全人口に占める割合は、十万分の一とのことである。国家公務員の採用人数よりも遥かに少ない訳だから、少なくとも現場のプレーヤーに関しては余裕がないのだろう。
おかげで棚ぼた的にお給料が上がった予感。
「承知しました」
『それと今後の君の仕事だが、当面は能力者の勧誘となりそうだ』
「まあ、そうなりますよね」
『詳しい話は明日、局で行おう。それでは失礼する」
「分かりました」
今は能力者の勧誘とやらが、安全なお仕事であることを祈るばかりだ。
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