急務 五

 そんなこんなで一晩が過ぎて翌日、昨日と同様に上司の命令で登庁した。


 ちなみに昨晩は現場から戻るも早々、近隣のホテルに業務命令で拘束されていた為、自宅に戻ることができなかった。当然、異世界にも足を運べていない。副店長さんやシェフの人には申し訳ないばかりだ。


 それでもどうにか、無事に生きて帰ることができた。


 まずはこの点を素直に喜んでおこうと思う。


 ただし、安堵しているのは自分だけだ。後ほど確認したところ、作戦に参加した能力者の七割が亡くなってしまったとの話である。生き残ったのは大半が前線支援の能力者らしい。今回の一件で局が受けた被害は甚大とのこと。


 おかげで担当内は大混乱であった。


 局勤めの能力者が全員参加したという訳ではない。しかし、失われた人員は決して少なくないそうな。しかも前線で活躍できる人員は、能力の他にメンタルや素質も含めて、一定以上の水準が求められることから貴重とのこと。


 当面は大規模な行動が取れないだろう、との説明を受けた。


 ちなみに責任者である課長は、やはり敵グループに攫われていたようである。こちらが和服の少女と交渉を終えたタイミングで、特に理由を説明されることもなく、一方的に開放されたと語っていた。


「……それで、敵は勝手に撤収したと?」


「ええ、そうです」


 おかげで面倒臭いのが事後の事情徴収である。


 局に呼び出された自分はすぐさま声を掛けられて、六畳ほどの手狭い会議室で、机越しに彼と向き合っていた。他に人の姿も見受けられない。登庁するや否や、即行で同所まで連れて行かれた次第である。


「…………」


「課長は何か聞いてはいませんか?」


「いいや、こちらもこれといって情報は入っていない」


 そうして語る上司の顔には、頬に大きなガーゼが当てられていた。スーツのジャケットの袖口からも、ちらりと白いものが覗いている。自身の知らないところで、彼もまた争いに巻き込まれていたのだろう。


「ところで課長、今回の作戦を行うにあたって参考にした情報ですが、どちらから与えられたものなのでしょうか? 他の局員の方々からも報告は上がっていると思いますが、相手は完全にこちらの動きを知っておりましたよ」


「……その点については私の失態だ。申し訳なく思う」


「教えて頂くことはできませんか?」


「悪いが、それはできない」


「そうですか……」


 こういうのがお役所勤めの辛いところである。


 中央省庁の課長職ともなれば、本国においては官僚である。その裁量は何気ない決裁の一枚が、幾百、幾千という市井の生活に影響を与えることもあるそうだ。だからこそ、駄目と言ったら絶対に駄目なのだと思う。


 ただ、それでも追求は十分に行っておく。


 何故ならばそうしないと、逆にこちらが追及されそうだから。


 疚しいところを隠す意味でも、逆ギレ風味で対応するのが吉とみた。


「局が抱えた能力者について、何か探っていたのではありませんか? もしくはこうして数を減らすことこそが、目的であったのかも知れません。入局から間もない身の上で、勝手な想像を申し訳ないとは思いますが」


「…………」


 あれこれと当たり障りの無い意見を述べさせて頂く。


 すると彼は何やら考え込む素振りを見せ始めた。きっとこちらの身柄を疑っているのだろう。タイミング的に考えて、これ以上ないほど怪しい状況で勧誘された我が身である。敵グループの間諜だと思われても仕方がない。


「もしかして、私のことを疑っておいでですか?」


「ああ、そのとおりだ」


 おっと、思ったよりも素直なご意見である。


 ジッと真正面から見つめられた。


 まさか異世界や魔法といったキーワードを公にする訳にはいかない。しかしながら、そうなると敵グループが去ったことに説明がつかない。そこで自分から彼に対して取れるアクションは、同様に疑問を返すばかりだ。


「だとすれば、私も課長を疑っております」


「……なるほど」


 後になって聞いた話だが、なんでも現場で遭遇した和服の少女とハリケーン属性の男性とは、異能力業界において有名な人物とのこと。もしも仕事の上で遭遇したのなら、四の五の言わずに逃げ出すべきだと、事後に局の誰もが語っていた。


 当然、事前のミーティングでは共有されていなかった。


 彼らの登場は完全に想定外であったのだ。


 チラリとでも可能性として上がっていれば、もっと慎重にことを運んだのではなかろうか、というのが前線支援をご一緒していた方々の愚痴である。現場からの撤収時、ハイエースの後部座席で顔を青くして呟くその姿は、嘘を言っているようには見えなかった。


 能力者には能力の如何によって、ランクなるものが与えられるらしい。


 要は対象の危険度だ。


 AからFまでの記号表記となり、これは国内外で共通して利用されているグローバルな指標らしい。気になる自身のランクはEとなる。初めて局に連れられて来た時、星崎さんの指示に従い受けた各種テストにより判定を受けた。


 多数存在していた条項のうち分かりやすいものだと、市街地で戦闘行為に至ったとき、警察による鎮圧が困難と判定される能力については、ランクD以上の判定を受けるとの記載があった。


 そして、昨日遭遇した面々は、Bランク以上が大半を占めるチームだという。和服の少女がAランク。ハリケーンな男性とテレポートの人がBランク。光学迷彩っぽいことを行っていたゴスロリの姫がDランクとのこと。


 ちなみに星崎さんはDランクである。


 能力の方向性によって大きく左右されるものの、ランクが二つ離れた場合、その戦局は一方的になるというのが、研修に際して聞かされた内容だ。ちなみに今回の作戦で我らが局から参加した能力者は、もっとも高レベルな方でランクBとのこと。


 ただし、あれだけ数がいてたった二人だけ。


 ランクB以上はとても希少なのだとか。


 次いでランクCの方が十数名。


 そして、これらのうち半分以上が先の騒動から亡くなっている。


 ランクSとか出てこないことを切に祈りたいと思う。


「現場には当初説明を受けた能力者グループの姿が見られませんでした。代わりに姿を現したのは、私もこれは事後に知ったのですが、業界でも名を知られた非正規の高ランク能力者グループとのことではないですか」


「その点は報告を受けている。申し訳ないと思う」


「今回の一件を受けては、課長も決して無傷ではいられないことと思います。しかし、一人だけ逃げ遅れた前線支援の能力者をトカゲの尻尾切りに使うというのであれば、それは幾ら何でも非情な行いだと思います」


「いいや、そういったことは考えていない。どうか安心して欲しい」


「本当でしょうか?」


「能力者は貴重だ。佐々木君は星崎君とも相性がいい上に頭もキレる」


「それなら少しは信用して頂きたいのですが……」


 部下っぽくゴネつつ、譲歩を引き出す作戦である。


 それでも駄目だった時は、ピーちゃんと共に異世界へ引きこもろう。そして、沢山魔法を覚えてから戻ってくればいい。社会生命的には色々と終わってしまうかも知れないが、それでも神戸牛のシャトーブリアンを仕入れることくらいはできるだろう。


 最悪、和服の人のところへ再就職を願ってもいい。


「……分かった。君の証言を信用するとしよう」


「ありがとうございます」


「初仕事にありながら、苦労を掛けたことは申し訳なかった」


「いえ、その点については過ぎたことですから」


「そうか……」


 小さく会釈をして席を立つ。


 部屋を後にするに際しては、これといって引き止められることもなかった。ちなみに当面は能力者による作戦行動も自粛を予定するとのことで、しばらくは自宅待機というなの食っちゃ寝生活が始まりそうである。


 それでもお給料は出るらしいので、この点だけは幸いであった。




◇ ◆ ◇




 課長から開放された後は、素直にフロアに戻った。


 局員のデスクが並んでいる界隈である。


 大勢の死傷者が発生したので、同所はお通夜のような雰囲気である。新参者の自分には分からないけれど、同じ職場の同僚として、仲の良い間柄や気になっていた人など、色々と人言模様が存在していた様子だ。


 そうした直後、星崎さんに呼び止められた。


「佐々木、ちょっといいかしら?」


「あ、はい。なんでしょうか?」


「す、少し話をしたいのだけれど……」


 以降はこれといって仕事も入っていない。昨日は家に帰れなかったことも手伝い、このまま自宅に帰ろうと考えていた次第である。途中でスーパーに寄って、ピーちゃんにお土産を買うことも忘れてはならない。


 ただ、次はいつ登庁するか分からない身の上、少しくらいは話を聞いておくべきかもとも思った。当面は同僚兼パートナーとして、職場や現場を共にする予定の相手だ。心象を悪くすることは避けたい。


「私に用事ですか?」


「いや、お、お、お礼を言っておきたくて……」


 ポリポリと頬をかきながら語ってみせる。


 なんて殊勝な態度だろう。


 戦闘狂らしからぬ言動だった。


「お礼でしたら不要ですよ。お互いに任された仕事をしただけじゃないですか。それに最終的にはこちらも力及ばず、星崎さんには怪我をさせてしまいました。そういった意味では申し訳なく思います」


 下手に関わっても面倒だし、なるべく距離を設けたい。


 彼女と仲良くなったら、より大変な現場に連れ出されそうで恐ろしい。


 少し遠慮があるくらいの距離感が最適だと思う。


「……そうか」


「ええ、そうだと思います」


「しかし、それでも私は佐々木には助けられた」


「気にしないでください」


「もしよければ、どうか私からお礼をさせてもらいたい」


「…………」


 この人、また面倒臭いことを言い始めたぞ。


 異性から好意的な言葉を投げ掛けられた経験なんて、夜のお店でしかないから、嘘くさく聞こえてしまって仕方がない。また、その後に待っているだろう見返り労働を思うと、家に逃げ帰りたくなる。


 すぐにでも帰宅して、ピーちゃんとの会話で心を癒やしたい。

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