呪い
---まえがき---
近況ノート「佐々木とピーちゃん 一巻発売のお知らせ」を更新しました。
https://kakuyomu.jp/users/kloli/news/1177354055127118759
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まさかパレットに盛り姫様が忍び込んでいるとは思わなかった。
てっきりお屋敷に戻られたものだとばかり。
自ずと我々の意識が向かったのは、予期せぬ混入物を見つめる二人静氏。枯草まみれの娘さんを彼女はどのように認識しただろうか。妖精の国から遠路はるばるやってきた、可愛らしい使者の女の子、などと見てくれるだろうか。
いいや、流石にそれは都合が良すぎるか。
「すみませんが、外して頂いてもよろしいですか?」
「その娘の話、儂も聞いていたいのぅ」
「少し込み入った話になりそうなのですよ」
「妖精界に人間が住んでいるとは、儂も初耳じゃのぅ」
どうやら妖精界に人間は住んでいないらしい。
また一つ魔法少女界隈に詳しくなった。
ところで二人静氏は、依然として品の出元に妖精界を疑っているようだ。こちらとしては先方にどういった産出品があるかも知らないので、これが確定するまでは商品の原産地について、仮に嘘であっても断言するつもりはないのだけれど。
「この娘さんは私の知り合いのお子さんでして……」
「どうして知り合いの娘が荷に入り込んでおるのじゃ? 木箱には丁寧に釘まで打ち込まれていたが、まさかお主は歳幼い子どもを閉所に閉じ込めて喜ぶような、尖った性癖の持ち主であったのかぇ?」
「荷造りの途中で、偶然から入り込んでしまったのでしょう」
恐らく彼女がパレットに潜り込んだのは、フレンチ氏と話をしている間だろう。荷造りを終えてあとは釘を打つだけの状態で、現場を留守にしていた。その間にこちらの目を盗んで潜り込んだ可能性が高い。
「それにしても変わった格好をしておるのぅ? その手のプレイだと称するにしても、随分と年季が入っておる。そこかしこに飾り付けた貴金属など、もしや本物なのではないかぇ? 妙に色艶の良い光沢をしておるのじゃよ」
「…………」
絶対に退くまいという意志が感じられる脅しっぷりだった。
ニヤニヤとした笑みがいやらしい。
こうなると誤魔化すことは困難に思われる。相手がどこまでを把握して、その先に何を考えているのか、推測することも難しい。下手に勘ぐって判断を行うと、後で痛い目を見そうな気がする。なんたって相手は海千山千のご老齢。
どうやら作戦を変更する必要がありそうだ。
そのように考えて、肩の上の彼にチラリと視線を送る。
するとピーちゃんは、小さくコクリと頷いてみせた。
マルクさんの生命が掛かっていることも手伝い、万が一にも失敗できない状況。多少のパワープレイも致し方なし。普段はイエスマンで通っている事なかれ主義の社畜であっても、リスクを取るべき状況くらいは判断できる。
二人静氏を異世界に連れて行って、共犯者とするのだ。
裏切られた場合のデメリットが大きい一方で、今後の彼女との取り引きを思えば、メリットも相応のもの。万が一の場合についても、世界を渡る術をもたない先方だから、あちらの世界に放置して知らんぷり、という判断も可能である。
案外、異世界での生活を気に入ってくれる可能性も考えられる。
こうした対応は、一連の取り引きを人質にして、彼女が我々を脅してきた場合への対処としても考えていた。出どころの知れない金銀財宝の存在は、いずれにせよ課長にバレたら面倒な代物だ。それなら彼女も我々の利益に巻き込んでしまおうと。
「エルザ様、ご説明を願えますか?」
「……わかった、わよ」
ニヤニヤ顔の二人静氏から、伏し目がちな盛り姫様に視線を移す。パレットから脱した彼女の立ち位置は、ちょうど我々の正面。居合わせた面々に見つめられて、エルザ様は観念した様子でポツリポツリと語りだした。
語られた内容は、そう複雑なものではなかった。
その言葉を信じるのであれば、当初はちゃんと自宅に戻ろうとしたらしい。しかし、やはり自分にも何かできることがあるのでは、などと考えを改めたとのこと。そして、再び我々のもとに向かい進路を取ったところ、中庭にその姿を見つけたという。
自然と興味が向かったのは、同所に設けられた大きな木製のパレット。そこに金のインゴットを詰め込むこちらの姿を確認した彼女は、マルクさんが投獄される原因として、我々を疑ったのだという。
たしかに直前の会話を思えば、傍目にも怪しい行いだったろう。
彼を助けるだ何だと訴えながら、夜逃げさながらの作業風景。
早い話が盛り姫様の推理的には、マルクさんをディートリッヒ伯爵に売り払った見返りとして、金という対価を得た我々が、これを手にミュラー伯爵の下から逃げ出そうとしていたように見えた、とのことであった。
しかしその場合、我々が一度日本に戻って二人静氏と交渉をしていた間、彼女はずっとパレットに収まっていたことになる。異世界ではそれなりの時間に相当する。目元が赤く腫れているのは、きっと人知れず泣いていたからだろう。
誰かにバレてはまずいと息を殺して、だからこそ助けの声を上げることもできず、一人寂しくシクシクされていたに違いない。そして、最終的には見事に我々の行いを暴いてみせた訳である。
今更ではあるけれど、彼女のパパに対する情熱を理解したかもしれない。
「たしかにそのように見えても、仕方はないかもしれません」
「……違うのかしら?」
「ええ、違いますね」
「だけど、それじゃあここは……」
薄暗い倉庫を見渡して彼女は訴えてみせる。
周りを囲うのは鋼鉄で作られた大量のコンテナだ。同じデザインのそれがズラリと並ぶ様子は、その圧倒的なサイズ感も手伝い、どことなく恐ろしく映る。きっと盛り姫様もこれに気圧されていることだろう。
「これも彼を助ける為に必要な行いなのです」
「な、なんでそうなるのよっ」
「こちらの木箱に梱包した金は、我々がエルザ様のお父様の町で商売をして稼いだ金銭です。そして、これを元手にこちらの彼女と商売を行い、そうして得た利益を元手に、マルクさんの立場を買い戻そうと考えています」
「……本当なのかしら?」
これといって証拠のない話、彼女の訴えは当然だ。
ならばこちらも真正面から応じるしかない。
「しかし、それもエルザ様の登場を受けて、破談が目前に迫っております。マルクさんのことを少しでも大切に思っているのであれば、大人しくして頂けませんか? そうでなければ近い将来、エルザ様は大きな後悔に苛まれることになると思います」
「っ……」
いくらか威力的に語ってみせると、彼女の表情に変化があった。
その可愛らしいお顔に躊躇の色が浮かぶ。どうやら今の説教が効いたようだ。こういう純粋な子供ほど、悪い大人にコロッと騙されてしまうのだよな。二人静氏もこれくらい素直だったら取り扱いも容易だったろうに。
「エルザ様、どうかご安心下さい。私はミュラー伯爵の味方です。何があったとしても、彼を裏切るようなことは決してしません。そして、マルクさんは伯爵の大切なご友人、見捨てることなどありません」
「ササキ、私はその言葉を信じても、い、いいのかしら?」
「私はミュラー伯爵家と末永くお付き合いできたらと考えております」
「……そうですか」
誠心誠意、エルザ様と受け答えしてみせる。
するとこちらの熱意が通じたのか、彼女は渋々といった様子ながら承諾の姿勢を見せた。少なくとも攻撃性の魔法を撃たれるような状況は、脱したと考えてよろしいのではないだろうか。
ただ、そうして彼女の態度が改まったのも束の間のこと。
二人静氏が予期せぬ動きを見せた。
地を蹴って飛び出したかと思いきや、盛り姫様にその手が伸びる。
これは不味い。
『尻尾を出したな、小娘よ』
間髪を容れず、ピーちゃんから魔法が放たれた。
もれなく無詠唱。
「っ……」
目に見えない何かが宙を舞い、二人静氏の両手両足を切断する。
吹き出した血液が散って、周囲を真っ赤に汚した。
その飛沫を受けて、エルザ様の面持ちが恐怖から引きつる。
支えを失った身体がどさりと倉庫に床に落ちる。いつぞやボウリング場で眺めた姿を彷彿とさせる光景だった。いいや、あのときにも増して凄惨だ。ピーちゃんには事前に二人静氏の能力を伝えていた為か、一撃はかなり強烈なものであった。
『この者に手を出して、どうするつもりだったのだ?』
「ぐっ……なんじゃ今のは。なんにも見えなんだ……」
悠然と語ってみせるピーちゃん、マジ貫禄のある文鳥。
お腹の部分のフカフカが、普段より三割増しでふっくらして感じられる。倉庫の床に転がった二人静氏を見下ろす視線は、まるで大空を舞い獲物を捕捉した鷲のようではなかろうか。いいや、そんなことはないか。つぶらな瞳が愛らしいラブリー文鳥。
「サ、ササキ! この者は何をっ……」
「それは私も気になるところです」
エルザ様から促されて、二人静氏に声を掛ける。
今の彼女、間違いなくエナドレしようとしたでしょ。
二人静氏、マジでエンガチョなんだけど。
「今のは何の真似でしょうか? 二人静さん」
「肩に虫が這っていたものでな。どれ、ババァが取ってやろうかと……」
『このまま処分してしまっても構わないのだぞ?』
「っ……」
ピーちゃんが言うと、彼女はビクリと肩を震わせた。
四肢は既にシュウシュウと音を立てて治癒が始まっている。けれど、復帰にはそれなりに時間がかかるようで、即座に完治とはいかないようだ。満足に動き回るには、もう数分ほどを要することだろう。
『これから貴様に呪いをかける』
「……なんじゃ? それは」
『これを受ければ貴様も、我々に対して素直になることだろう。とても非人道的な呪いだ。この世界で言うところの、人権というものを徹底的に否定するような、そんなどうしようもなく屈辱的で致命的なものである。心して受け入れるといい』
「そ、それは怖いのう。できれば勘弁して欲しいのじゃが?」
目に見えて狼狽える二人静氏が新鮮だ。
一方で自身も呪いとか初耳だから、彼女と同じように慌ててしまう。どんな酷いことになるのかと、思わず肩の上の彼に視線が向かった。先に裏切ったのは二人静氏であるけれど、やはり自身の目の前であれこれというのは抵抗がある。
ところでピーちゃん、人権というフレーズはきっと、我が家でインターネットを利用して学んだものだよね。学習した単語をすぐに使ってみせる文鳥、なんて応用力が高いのだろう。色々な単語を教えたくなる。
「ピーちゃん、ちょっと待っ……」
可愛らしいくちばしから、何やらもにょもにょと呪文が呟かれる。
これに合わせて倉庫の床に転がった二人静氏の下に、魔法陣が浮かび上がった。薄暗い倉庫内とあって、妙に明るく感じられるそれは、煌々と真っ赤な輝きを放ち、その中央に位置する彼女を妖しく照らす。
「ま、待つのじゃ! ちょっとした冗談じ……」
ピーちゃんに見つめられて、彼女は声も大きく訴える。
しかし、彼はこれに取り合わない。
ややあって、輝きが一際力強く倉庫内を照らし上げた。
傍目に眺めていて、思わず目を閉じてしまったほど。
「っ……」
これといって炎が吹き荒れたり、突風が吹いたりはしなかった。輝きの向こう側から、二人静氏のうめき声が小さく聞こえてきただけである。過去にヘルツ王国とマーゲン帝国の戦場で目の当たりにした大魔法と比較すると地味な感じ。
やがて輝きが晴れた後には、四肢を取り戻した彼女のへたり込んだ姿が。
「……儂に何をした?」
『右手の甲を見てみるといい』
「…………」
促されるがまま、二人静氏は視線を自らの手元に向けた。
するとそこには何やら、入れ墨でも入れたように紋章のようなものが。
「なんじゃ、これは」
『その紋章は貴様が我々に対して敵意や害意を抱くのに応じて、段々と肉体を蝕んでいく。今は手の甲で済んでいるが、これが段々と侵食を続け、やがて全身に行き渡った時、貴様の肉体は醜い肉の塊と果てることだろう』
「なっ……」
『どれだけ優れた蘇生能力を手にしていようとも、この呪いによる肉体の崩壊から逃れることはできん。未来永劫続く思考以外のすべてが失われた人生を恐れるならば、せいぜい我々に良くない感情を抱くことがないよう、意識して生活するといい』
これまたエグい魔法もあったものである。
だからこそ、常日頃から何を考えているか分からない二人静氏に対しては、かなり理想的な牽制となったのではなかろうか。ピーちゃんのこういう現実的且つ、決断力に溢れているところ、とても頼もしいく思うよ。
---あとがき---
「佐々木とピーちゃん」カクヨム内公式ページのご案内です。
https://kakuyomu.jp/official/info/entry/2020/12/04/143221
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