輸出品 二

 我々の拠点となるセレブお宿を訪れたミュラー伯爵の娘さん。予期せぬ彼女の来訪に対しては、こちらも他に仕事があって忙しい旨を伝えると、大人しく居室から去っていった。威力的な言動が目立つ一方で、そういうところは素直な人物である。


 おかげで我々はすぐに作業に移ることができた。


 どのような作業かと言えば、異世界の金を現代に運搬するための作業だ。


『さて、こんなものか』


「そうだね」


 お宿の中庭を借りて、我々は積み荷の支度を行った。


 人払いをお願いした同所には、自分とピーちゃんの姿しか窺えない。値の張るお部屋に連泊する我々は、どうやら上客と見られているらしく、従業員の方にお願いしたところ、二つ返事で作業スペースを提供して下さった。


 中央には自身が仕入れた大きな木製のパレットが鎮座している。


 内部には万が一に備えて、異世界でパレットと併せて仕入れた乾草が敷き詰められており、ピーちゃんが用意した金のインゴットは、その只中に隠す形で入れ込んだ。一見しては飼料か何かにしか見えない。


 異世界から乾草の持ち込みとか、個人的には色々な意味で恐ろしい。現代であっても豚コレラとか、口蹄疫とか、怖い病気が沢山ある。なのでインゴットの受け渡しを終え次第、こちらについては早急に焼却処分しようと思う。


 仕入れに当たっては寝具としても利用できるように、事前に燻して虫などは殺してあると説明を受けた。けれど、それでも注意するに越したことはない。万が一にも日本で異世界の昆虫が繁殖とか、割と退っ引きならない展開ではなかろうか。


『それではあちらの世界にゆくとするか』


「あ、ちょっと待って。まだ釘で封をしていないから」


『随分と厳重にするのだな?』


「万が一があったら大変だからね」


 運搬途中に横転して中身が散乱、とまでは起こらずとも、不用意に中身を確認されるような可能性は減らせるだろう。そのために必要な釘とトンカチも、パレットと併せて事前に用意している。


 そうした頃合いのこと、不意に余所から名前を呼ばれた。


「ササキ様、お取り込み中のところ大変申し訳ありません」


「あ、はい」


 中庭に面した外廊下にメイドさんの姿があった。


 我々のお部屋に専属で面倒を見て下さっている方だ。こちらの時間で考えると、彼女ともかれこれ数ヶ月の付き合いとなる。お仕事の上での会話以外、これといって交流はないけれど、多少は親しみのようなものを覚えている。


「お客様がお見えなのですが、いかがしましょうか?」


「どなたでしょうか?」


「フレンチ様という方でございます」


 おっと、コックの人だ。


 恐らく彼も盛り姫様と同じように、マルクさんの投獄を耳にして、こうして我々の下まで足を運んでくれたのだろう。そうなると事情を説明しない訳にはいかない。彼とマルクさんとは飲食店の運営でも多分に絡みがあった。


 本来ならこちらから連絡を入れておくべきであったかも。


「案内して頂いてもよろしいですか?」


「承知いたしました」


 恭しくも頷いてみせるメイドさん。


 その背中に連れられて、我々は中庭を後にした。




◇ ◆ ◇




 フレンチさんからの用事は、こちらが想定したとおり、マルクさんの身柄についてであった。なんでもお店の常連さんから、彼が投獄されたことを話に聞いて、居ても立ってもいられずに来てしまったとのこと。


 これに対して我々は、盛り姫様にしたのと同様のお話をさせて頂いた。


 彼は自分にも何かできることはないかと、繰り返し訴えていた。しかし、これと言って手伝えることはない。むしろ下手に動き回られては、かえって面倒なことになりかねない。そこで必ず無事に助け出す旨を伝えて、お店に戻って頂いた。


 申し訳ない気がしないでもないけれど、こればかりは仕方がない。


 ただ、おかげで彼とマルクさんの円満な関係を確認することができた。今後とも飲食店については、彼らに任せておけば間違いはないだろう。そのように考えると、決して悪いことばかりではない、とかなんとか前向きに捉えておくとする。


 フレンチさんと別れたあとは、再びお宿の中庭に戻った。


 急いでパレットの蓋に釘打ちを終える。


 そして、以降は当初の予定通り、ピーちゃんの空間魔法で世界を移った。


 荷物の運び込み先は、都内に数多ある沿岸部の埠頭の一つ。


 同所にずらりと並んだ巨大な倉庫の一棟に、我々は荷を運び入れた。


 作業に先立って二人静氏に連絡を入れたところ、彼女は二つ返事で即日での受け入れを承諾してくれた。以前の勤め先を辞めたことも手伝って、こちらが考えている以上に暇にしているのかも知れない。


 運搬は我々の移動と併せて、ピーちゃんの魔法により行われた。二人静氏が人目につかない運搬先を用意してくれたおかげで、こちらについては当初想定していたよりも、遥かに容易に行うことができた。


 都合上、異世界と日本とを一往復半した形になる。


 空間魔法の存在をマジカルフィールドとして紹介している手前、二人静氏の面前であっても、これを行使することに躊躇はない。むしろ下手にレンタルトラックなどを用立てていては、課長の目に止まる可能性が急上昇。


「これが妖精界からの土産かぇ?」


「そんなまさか? 身の回りで持て余していた品ですよ」


「それにしては随分と大量に持ってきたのぅ」


 倉庫の一角、運び込まれたパレットを眺めて彼女が言った。


 人気も皆無の倉庫は静かだ。


 彼女の声がよく響いて聞こえる。


 悪いことをするには絶好のロケーションではなかろうか。まるでヤクザ映画の登場人物にでもなったような錯覚を覚える。使うと気持ちよくなれるお薬や、所持が禁止されている凶器の取り引きでもしているような気分だ。


 ちなみに時刻は正午を少し過ぎたくらい。


 高窓から差し込む陽光が、薄暗い内部を照らす唯一の光源となる。


「大半は緩衝材ですよ」


「緩衝材?」


「途中で人目に触れたら面倒だと思いまして」


「なるほどのぅ」


 運搬作業の途中で人目につく可能性を考慮しての対応だった。場合によっては、警察に見咎められることも考えられた。そうでなくとも、都内はそこかしこに白バイの目がある。大丈夫だとは思うけれど、念には念を入れて事前に準備を行っていた。


 何よりも怖いのが局の上司という、割と笑えない状況である。


「蓋を取ってもらえますか?」


「うむ」


 我々の見つめる先で、二人静氏がパレットに向かう。


 彼女は釘で封のされた蓋を、両手で掴み強引に引っ剥がした。歳幼い肉体に対して、人智を超えた身体能力を有する彼女である。大人の自分であっても扱いに苦労したそれを、ひょいと軽々しく浮かせ持ち上げてみせた。


 バキッという破壊音が倉庫内に響き渡る。


 すると直後、我々の視界に映ったのは人の姿だ。


 パレットの中に丸まり、乾草に囲まれて人が一人が収まっていた。


「まさかナマモノとは、儂も想定外じゃのぅ」


 その姿を眺めて二人静氏が言った。


 敷き詰められた乾草の上、膝を抱えて横たわる彼女と目が合う。


 肩からはピクリと、ピーちゃんが身じろぎする感覚が伝わってきた。


「……エルザ様、どうしてこのようなところに」


「あ、貴方たちが何をしているのか、気になったのよっ……」


 これはもう誤魔化せないやつだ。


 盛りに盛られた頭髪が、枯れ草に絡んで大変なことになっているぞ。





---あとがき---

他にも色々と連載しております。どうぞ、よろしくお願い致します。


「プロニート、渡辺」

https://kakuyomu.jp/works/1177354054893049009


「テイルズ・オブ・西野」

https://kakuyomu.jp/works/1177354054883054477

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