輸出品 一

 ミュラー伯爵の娘さんと、セレブお宿のリビングスペースで対面だ。


 彼女の護衛を務める騎士の方々には、廊下で待機をお願いした。


 当然ながら先方は難色を示した。伯爵様の愛娘の身辺を預かっていることを踏まえれば、自然な反応だろう。けれど、盛り姫様が自ら出ていって頂戴と伝えたことで、同所では二人きりと相成った。


「ハーマン商会の副店長が投獄されたというのは本当なの?」


「ええ、本当ですよ」


「っ……」


 どうやら彼女はマルクさんのことを心配に思い、こうして駆けつけてくれたようだ。素直に事実を伝えてみせると、その表情が悔しそうに歪む様子が見て取れた。とても素直な性格の持ち主である。


「そ、それじゃあ貴方はっ……」


「我々もエルザ様のお父様と共に、彼の救出に向けて動いております」


「……そうなの?」


「当然ではありませんか。彼はこの町になくてはならない人材です」


「…………」


 これは勝手な想像だけれど、ミュラー伯爵の戦死の報告を受けた際、マルクさんに身柄を匿ってもらっていたことが影響しての行動と思われる。まさか放ってはおけないと、我々を焚き付けに訪れたに違いない。


 そうした内心を反映してか、本日は髪の盛りっぷりもマシマシ。


 攻撃力の高そうなアクセントが随所に見受けられる。


「黒幕であるディートリッヒ伯爵の家臣とは、私も現場レベルで交渉を行っております。少なくとも彼が牢獄で不当に扱われるようなことはないでしょう。そして、エルザ様のお父様は伯爵の下へ、今まさに交渉に赴いていらっしゃいます」


「……マルクは無事に戻って来られるの?」


「安心して下さい。マルクさんもハーマン商会も、必ずや無事に取り戻してみせます。ですからエルザお嬢様は、何も心配することはありません。どうか我々を信じて下さい。すぐに元あったとおりです」


「けれど、ディートリッヒ伯爵はお父様より格上の貴族だわ」


「そうだとしても、決して方法が無いわけではありません」


「でも……」


 不安そうな眼差しで、盛り姫様は正面のローテーブルを見つめる。


 もしかして、これはあれか。


 マルクさんに恋愛感情とか、抱いてしまっているのではなかろうか。年齢差は大きいけれど、彼もなかなか渋みのあるイケメンだし、盛り姫様くらいの娘さんは、年上の異性に興味を持ち出すお年頃である。


 彼女から告白されて、慌てる副店長さんの姿が脳裏に浮かんだ。


 なかなか面白い絵面である。


「……どうしたのかしら? 私の顔をじっと見つめて」


「いえ、エルザ様はお優しい方だと、改めて感銘を受けた次第です」


「わ、私のことを馬鹿にしているのかしら!?」


「そんな滅相もない。素直に心を震わせておりました」


「……ふん」


 ぷいとそっぽを向いてしまった盛り姫様。


 するとこれに時を合わせて、室内に魔法陣が浮かび上がった。その輝きは自身も過去に幾度となく目の当たりにした代物だ。まずいとは思っても、止められるものではない。ピーちゃんのご帰還である。


 間髪を容れず、その中央に可愛らしい文鳥が像を結んだ。


『遅くなってすまない。今帰っ……』


 その位置関係は丁度、自身と彼女とが言葉をかわすソファーの間、ローテーブルの上である。さらに言えば、上座に盛り姫様をご案内した都合上、ピーちゃんの正面には彼女が面と向かうことになった。


 しかも彼の傍らには山積みとなった金のインゴット。


「えっ……」


 それまでの不安げな眼差しから一変して、盛り姫様は驚きの表情だ。


 これに対して我らが星の賢者様は、声も大きく囀ってみせる。


『ピッ、ピーッ! ピーッ! ピーッ!』


「…………」


 なんてタイミングの悪い文鳥だろう。


 その聡明な頭脳は何を考えてピーピーしているのか。


 最近、こういうシーンが増えたよね、ピーちゃん。


「今、たしかに喋ったわよね?」


『ピー! ピー! ピー!』


「私は誤魔化されないわよ!? 絶対に喋ったわっ!」


『ピー! ピー! ピ、ピィィィーッ!』


 星の賢者様VS盛り姫様。


 ミュラー伯爵が目撃したら、顔色を青くしそうな光景だ。やけくそ気味なピーちゃんが可愛い。多分だけれど半分くらいは、彼女を居室に通した自分への非難だろう。だってチラリチラリとこちらに視線を向けてくれている。


 他に部屋を抑えて、面会の場を設けるべきであったとは、たしかにそのとおりだ。でもまさか、その用意をお宿の従業員さんに頼んでいる間に、こうしてピーちゃんが帰宅するとは思わなかった。


 こうなると彼の発言をなかったコトにはできない。しかし、それでも説明次第では、被害を最小限に留めることができるのではなかろうか。幸いこちらの世界における魔法とは、かなり自由度の高い代物である。


 喋る使い魔というのは例外的のようだけれど、相手はこれといって魔法に秀でているわけでもない貴族の娘さん。パパさんから魔法使い兼商人として紹介されている自らの立場を思えば、納得を得ることは不可能ではない気がする。


「エルザ様、少々よろしいでしょうか?」


「な、なによ?」


「私の使い魔は少々特別なものでして、人語や高等な魔法を解することができます。おかげでその希少性から、他者に狙われることも度々。そこでお願いなのですが、どうかこの度の出来事は、ご内密に扱って頂けませんか?」


「……本当?」


「ええ、本当です」


 決して嘘は言っていない。


 彼は国一番の賢者様だ。


「でも今の、急に姿を現したわよね?」


「そういった魔法を備えているのです」


「…………」


 こういった時に肌の色や顔の造形が異なっていると便利である。彼女にも自身が異国の出ということは伝わっている。そして、我々がパパと懇意にしている点もまた、盛り姫様は理解していることだろう。


 パパ大好きっ子の彼女としては、追求に躊躇するに違いない。


「この事実が世間に明らかとなったのなら、我々はこちらの町を去らねばなりません。ミュラー伯爵に訪ねて下さっても結構です。事情は伯爵もご存知です。その上で我々の立場を知りたいと考えるのであれば、どうぞ好きに聞いて下さい」


「っ……」


 脅すような形になってしまい申し訳ないけれど、ラブリー文鳥の秘密はどうか口外しないで頂きたい。万が一にも星の賢者様の存命が世間に知られては、とても面倒なことになる。彼が望むスローライフなど夢のまた夢だ。


「わ、わかったわよっ。このことは誰にも言わないわ!」


「ありがとうございます」


 こちらの思いが通じたのか、エルザお嬢様は小さく頷いてみせた。


 盛り姫様が素直な性格の持ち主でよかった。


 これに応じてピーちゃんは、彼女に一歩を踏み出しての自己紹介。


『我が名は星……ピーちゃんだ。ピーちゃんと呼ぶといい』


「可愛らしい名前なのね。私はエルザよ」


 ローテーブルにちょんと立った文鳥。


 パッと見た感じ完全に鳥類しているから、誰だってまさか喋るとは思わない。自分も始めて彼から自己紹介を受けたときは驚いたもの。言葉を発するのに応じて、口元が小さくピクピクするのめっちゃ可愛い。


 その姿をジッと見つめて、盛り姫様は言葉を続けた。


「この前は痛くしちゃってごめんなさいね?」


『大丈夫だ、気にすることはない』


 それは過去に二人が、ハーマン商会の応接室で出会った折のこと。ピーちゃんを撫でる彼女の指先が、文鳥のつぶらな瞳に触れてしまった一件だ。その当時も予期せぬ刺激から声を上げていた。


 いつか彼が人前で、ピエルカルロの名を口にする日は訪れるのだろうか。


 不意にポロリしそうになった愛鳥を眺めては、ふとそんなことを思った。






---あとがき---


近況ノート「田中のアトリエ 十巻発売のお知らせ」を更新しました。

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