二人静 一

 二人静氏は触れた相手を即死させることができる能力者だ。


 自身は当然として、ピーちゃんであっても油断はならない相手である。彼の身に万が一があったのなら、きっと自分は冷静ではいられないだろう。その為にも彼女を自宅に上げることは憚られた。


 愛鳥を守るのは飼い主の責務である。


「昼に聞いた話では、普段から我々局員が宿泊している宿などより、よほど贅沢な施設で過ごされているとのことではありませんか。わざわざこんな狭くて古いアパートに泊まらずともいいのでは? 面接には必ずお声掛けしますので」


「パソコンを眺めて独り言を呟いている鳥、とても気になるのぅ」


「…………」


 お引取り願おうと考えて返答すると、先方はニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべて語ってみせた。どうやら是が非でも、我が家に入り込まんと考えているようだ。目的はピーちゃんだろうか、それとも他に何かあるのか。


 とてもではないが承諾できない。


「先程から何のことですか?」


「もしも無下にされたら、お主の上司に喋ってしまうかもしれないのぅ」


「そういうことなら、面接の機会はしばらく先送りとしましょう」


「というのは冗談として、お主、身の回りの守りが甘いのではないか?」


 そんなことをわざわざ伝えに来たのだろうか。


 過去の出来事も手伝って、いまいち目の前の人物が分からない。正直に言ってお手上げだ。自分などより遥かに長いこと生きているという。ただでさえ人を見る目に乏しいというのに、そんな相手の思惑を判断できる筈がない。


 だからこそ、課長に丸投げしようと考えているのに。


「ランクAの能力者から直々に狙われる機会は滅多にありませんから」


「この程度のことであれば、能力者であるか否かは関係ないじゃろう。むしろこういった行いは、お主ら局の人間の方が得意とするのではないか? 異能力に頼らない支援層の厚さこそ、局の強みじゃろうて」


 二人静氏の言わんとすることは、自分も理解できる。


 現に一度は上司にも監視カメラを仕込まれている。


 しかし、先立つものがなければ、引っ越しも儘ならない。もっとセキュリティのしっかりした家に住みたいとは、ピーちゃんと出会ってから今まで、度々考えている。広々としたリビングで大型犬と戯れたい。


 ただ、局の備えた権限を思うと、生半可な物件では意味がない気がする。


 国の権力を笠に着て、部下の家に白昼堂々と侵入するような人物が上司だ。常日頃から門番を立てておくくらいはしないと意味がない。一方でそこまでしてしまうと、逆にコイツは何だと、悪目立ちしてしまうから困ったものだ。


 結果的に現状に甘んじている。


 それでも局外の能力者の存在を思うと、彼女の言葉は尤もなものだ。おかげでこうして、現在進行系で非正規の能力者に脅迫を受けている。敷地内に監視の入った、いわゆる高級物件に住んでいれば、回避できたかもしれない展開だ。


「お主が魔法少女であることは、局の人間にもバレたら不味いのではないか? 妖精界からの使者は、畜生の肉体に憑依してこちらの世界を訪れる。自宅で儂が確認した喋る鳥はつまるところ、お主の相棒となる妖精界の使者なのじゃろう?」


 おっと、ここで予期せず魔法少女なる単語が登場。


 これは嬉しい誤算である。


 どうやら彼女は、魔法中年なる不思議ワードを信じたようだ。


 いいや、正確には妖精界への協力者、魔法少女なる存在に追加一名のオーダーか。当初想定したとおり、ピーちゃんの立場を誤魔化すには、なかなか便利な肩書である。事前に備えていて良かった。


 てっきり異世界について知ってしまったものだとばかり考えていた。


 同時に彼女が隠しカメラの存在を公にしてまで、こうして顔を見せた点にも納得がいった。仮に入局の意志が本物だとすれば、今回の一件を弱みとして、当面のイニシアチブを握ろうという判断なのだろう。


 魔法少女の力についても興味を持っているのは間違いあるまい。


 このグイグイとくる感じ、非常に彼女らしい。


「儂も足を運んでみたいものだのぅ、妖精界とやらへ」


「…………」


 自宅におけるピーちゃんとの会話から逆算すると、二人静氏がカメラを仕掛けたのは異世界で爵位やら何やらをゲットしていた間と思われる。そうでなければ妖精界なる界隈の他に、ピーちゃんが元いた世界の存在を捕捉されていてもおかしくはない。


 そして、自宅に戻ってきたのが昨晩。


 本日は日本での時間経過が加速したことに慌てて、すぐさま登庁していた。その間にやったことは、一人で外出して異世界用の端末を購入したくらい。夜はそのセットアップに苦労したので、ピーちゃんとの会話も最低限であった。


 際しては世界間の時間がどうのと話題に上がったけれど、先方からしたらそれは妖精界を確信させる材料として映ったのだろう。流石の二人静氏も、異世界なる単語が本当に現代や妖精界に連なる、第三の世界を指しているとは思い至らなかったようだ。


 もう少し長い期間で映像を確認されていたら危なかったかもだけれど。


「どうしたんじゃ? せめて何かしら反応が欲しいのぅ」


 そういうことなら我々のスタンスも決まった。


 当面、彼女の前ではマジカルミドルとして気張らせて頂こう。


「この国の能力者は魔法少女に対して良い感情を持っていない。局員という立場に収まって安心しているのかもしれんが、せめてもう少し、身の回りの守りを固めた方がいいのではないかと、儂は思うのだけれどのぅ」


「まさかそれを伝える為に訪れたとでも?」


「今晩の宿を貸して欲しいというのは本当じゃ」


「理由を教えて下さい」


 思い切って訪ねてみた。


 すると返事は、想像したより素直に戻ってきた。


「元いた組織から狙われておる。お主を戦力として当てにしたい」


「なるほど」


 鳴かぬなら、殺してしまえ、ホトトギス。これまで彼女が所属していた組織の気風は、きっとそんな感じなのだろう。手厚い福利厚生に対して、思ったよりも殺伐としたカルチャーだ。それならまだ局の方がマシだと思う。


 そうした背景も手伝っての転職願い、なのかもしれない。


「局員の下にいれば、あの者たちもそう容易に手は出さぬじゃろう」


「そちらの言い分は理解できました。しかし、貴方を受け入れることで、こちらは要らぬリスクを背負うことになります。どうして承諾が得られると考えたのですか? 断られるとは思わなかったのですか?」


「そこはほれ、男の甲斐性というやつを期待してじゃな」


「脅しているんですか?」


「なんじゃ、冗談の分からない男じゃのぅ」


 パッと見た感じ外見は童女そのものな二人静氏だが、くつくつと笑ってみせる表情は妙に達観していて、なんともアンバランスな雰囲気を感じる。いいように使われてしまった過去の経緯も手伝っての感慨だろう。


「こう見えて儂は資産家でな。長生きしている分だけ溜め込んでおる。その幾らばかりかで手を売ってはもらえんか? 局員がどれだけ高給取りでも、まとまった銭を得る機会は少ないじゃろう。もちろん、すぐに使える綺麗な銭じゃぞ?」


「…………」


 二人静氏からの提案はとても魅力的だった。


 異世界との取り引きを受けて、我が家のお台所事情は決して良いとは言えない。入局に際して頂戴した準備金も、ここ最近の仕入れで減ってきている。初任給もしばらく先なので、割とカツカツなのだ。


 金額によってはピーちゃんに相談してもいいかも。


 インターネットを手にしたことで、メキメキと現代知識を得ている昨今の彼であれば、こちらの世界における物価についても、それなりに理解が進んでいることだろう。額面を引き合いに出して交渉することには意義がある。


「……金額によっては応じることも吝かではありません」


「本当かや?」


「しかし、私の一存では決められません。相談の時間を下さい」


「それは尤もな話じゃな」


 また、彼女を迎え入れるか否かはさておいて、一方的にピーちゃんの姿を補足されているというのはよろしくない。彼にも二人静氏を紹介しておくべきだろう。今後何かの拍子で敵対した場合、相手との面識の有無は非常に重要なものだ。


「私の相棒に紹介します。一緒に来て下さいますか?」


「うむ、望むところじゃ」


「それと部屋に仕掛けたカメラについては、すぐに撤去して下さいね」


「なんじゃ、恥ずかしがり屋じゃのぅ」


 二人で自宅アパートに向かう運びとなった。

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