星の賢者

 無事に内事を受けて、警部補なる肩書の記載された名刺をゲットした。


 星崎さんも一緒に昇進していた。


 以降はこれといって予定もないので、そのまま退庁である。向こう一週間はゆっくりと休んで身体を癒やせと上司から言われた。局も今回の騒動の後始末で手一杯とのこと。現場部隊はしばらく暇になるだろう、とのご連絡であった。


 そこで素直にご厚意に甘えることにした。


 帰り際に本日分の仕入れを行うことも忘れない。ただし、あまり妙な買い物をしては課長に目を付けられかねない。子爵から請われているトランシーバーを数台と乾電池、あとは香辛料を少々に控えておいた。


 そして、自宅に戻ったのならピーちゃんと共に異世界へ移動だ。


 時刻は昼を少し過ぎた頃合い、家を空けていたのは三、四時間ほどとなる。時間経過の早い現地では、数日ほどが過ぎていることだろう。子爵様の語っていたマーゲン帝国との戦争が気になるけれど、そこまで大きく状況が変化していることはないと思う。


 日本における一週間の有給期間は、異世界において二百日以上の月日に相当する。当面は時間を気にすることなく、あちらの世界で活動できる。少なくとも自分が勤めに出ている間に町が滅びていた、という状況は回避できるだろう。


「それじゃあピーちゃん、お願いするよ」


『うむ』


 必要なものを手にして、自宅アパートから異世界の宿屋へ移る。


 住み慣れたフローリングの居室が、ゴツい石造りの部屋に取って代わる。窓から外の様子を確認してみるも、これといって騒動が起こっている様子は見られない。現時点において、マーゲン帝国の侵攻はエイトリアムの町まで及んではいないようだ。


 だが、決して楽観はできない。我々は副店長さんの下に急いだ。




◇ ◆ ◇




 商会に足を運ぶと、すぐにマルクさんの下に通された。


 なんでもミュラー子爵から彼に連絡が入っていたらしく、今からでもお城に向かいたいとの話であった。十中八九で隣国との戦争絡みだろうとは彼の談である。無視する訳にもいかないので、子爵様への献上品のみを携えて、我々は登城する運びとなった。


 そんなこんなで場所を移した先、我々はお城の応接室で顔を合わせている。


「……なるほど、兵糧と資材ですか」


「うむ」


 この度の戦争において、ミュラー子爵が本国から拝命したお仕事は、前線での基地の設営と、そこで行われる炊き出しの支度とのことであった。これが自身の領地の防衛とは別に、彼が国の貴族として果たさなければならない役割なのだという。


 こうした責務はミュラー子爵に限らず、同国の貴族一同に対して、領地の経済規模や地理的な条件などに応じた形で、それぞれ任されているのだという。もしも逆らったりした場合には、お家の取り潰しもありえるのだとか。


 ちなみに彼とはお隣の領地の伯爵には、兵一万と馬五百の動員が命じられているらしい。果たしてどちらの方が大きな負担なのか、異世界一年生の自分には見当がつかない。ただ、いずれとも大変そうだとは素直に思う。


「戦で必要とされる物資を一ヶ月以内に現地まで届けねばならない。現地まで馬車を使って二週間は掛かる。調達は既に始めてはいるが、状況は芳しくない。移動期間を除いた二週間以内に、指定された品目を揃えることは絶望的だ」


「さようですか」


「そちらのハーマン商会を筆頭に、領地内の商会や商人にも依頼を進めてはいるが、それらを含めても物資の調達は立ち行かない。食料の高騰も既に始まっており、このまま強引に作業を進めると、敗戦を待たずに町の経済が崩壊する」


「…………」


 こちらが考えていた以上に戦争って雰囲気だ。


 国家総力戦の気配を感じる。


「このようなことを異国の民である貴殿に頼むのは、筋違いだと理解している。だが、もしも何か手立てがあるようであれば、助言をもらえないだろうか? ちょっとした気付きでも構わない。どうかこのとおりだ」


 そうこうしていると、子爵様が深く頭を下げてみせた。


 一連の様子を目の当たりにして、隣では副店長が目を見開いて驚いている。どうやら貴族が平民に頭を下げるというのは、かなりのレアケースのようだ。それくらい退っ引きならない状況ということなのだろう。


「……助言ですか」


「うむ、何か良い案はないだろうか?」


 しかし、そうは言われても困ってしまう。


 ピーちゃんの存在を公とすれば、幾らでもやりようはあると思われる。一方で彼の助力がなければ、こちらは一介の平民に過ぎない。少しばかり財布は暖かであるけれど、個人として行えることは高が知れている。


 なるべく目立たないで助力する、という彼との話し合いの結果を思えば、この場でピーちゃんの存在を前面に出しての会話は避けるべきだろう。ミュラー子爵との話し合いについては、自分個人のできる範囲で行うべきだ。


 たまには飼い主として、ペットに格好いいところを見せたいじゃないの。


「一点ご確認させて頂きたいことがあります」


「なんだ?」


「そもそも今回の戦争の原因は何なのでしょうか?」


「たしかに異国の民である貴殿には、その説明が必要であったな」


 ものの試しに訪ねてみると、子爵様は思ったよりも簡単に説明をして下さった。ただし、語る表情はこれまで以上に芳しくないものだ。その理由は彼の口から言葉が続けられるのに応じて、段々と明らかになっていった。


 つい百年ほど前まで、こちらの国は魔法技術に優れた大国であったそうだ。国土こそ大したものではないが、優秀な魔法使いを多く抱えた同国は、近隣の列強と呼ばれる各国とも対等に競い合っていたという。


 しかし、それも月日が過ぎると共に衰えていったのだそうな。


 原因は国が保有する魔法技術の衰退だという。王侯貴族や豪商といった裕福層による搾取、これに嫌気の差した優秀な魔法使いたちが、長い時間を掛けて段々と国を去ったことで、国力が落ちてしまったのだそうな。


「ササキ殿、貴殿は星の賢者殿をご存知か?」


「……いえ、存じません」


 ミュラー子爵のお口から、どこかで聞いたような単語が漏れた。


 ピーちゃんが自称していた肩書である。


「それでも国は辛うじて平穏を保っていた。星の賢者殿という極めて優秀で偉大な魔法使いが、王宮内でその手腕を振るって下さっていたからだ。おかげで我々は穏やかに、日々を営むことができていた」


「…………」


 この場は大人しく黙って話を聞かせて頂こう。


 ピーちゃんにもこれといって反応は見られない。


 いつもどおり肩の上でジッとしている。


「しかし、それも数年前までのことだ。現王から絶大な支持を得る星の賢者殿は、その存在を妬んだ一部の貴族の手によって、闇討ちされてしまったのだ。以降、この国は腐敗と衰退を繰り返し、刻一刻と崩壊に向かっている」


「なるほど……」


 ピーちゃん、想像した以上に凄い人物だった。


 こうなると殊更に、彼を頼ることに引け目を感じる。自分を闇討ちした人たちが治める国の為に手を貸すなど、気分のいいものではないだろう。こちらの子爵様に対しては、それなりに良い感情を抱いているようだけれど、他はどうだか分からない。


 そして、どうやったのかは定かでないけれど、闇討ちから逃げ延びたピーちゃんが、ペットショップで文鳥として過ごしている二ヶ月の間に、こちらの国は数年という月日を重ねて、落ちるところまで落ちてしまったのだろう。


 今や隣国から攻め込まれて、未曾有の危機に陥っている。


「星の賢者殿にはお弟子さんなどいらっしゃらなかったのですか?」


「非常に多忙な方で、弟子を育てる余裕もなかったと言われている」


「そうでしたか……」


 こうなると仮に今回を凌いだとしても、繰り返しマーゲン帝国は襲ってきそうである。完全に獲物として見られてしまっているではないか、ヘルツ王国。噛み付いたら仕返しをされると、ちゃんと相手に意識させない限り、問題は解決しないと思われる。


「ところでどうして、星の賢者と呼ばれているのでしょうか?」


「夜空に浮かんだ星の数ほど、沢山の魔法を使えることから、いつからか誰かが呼び始めたのだ。事実、私は彼ほど多彩な魔法を使いこなす魔法使いを知らない。本人は他者からそう呼ばれることを恥ずかしがっていたようだが」


「なるほど」


 たしかにミュラー子爵の仰るとおり、ピーちゃんはめっちゃ沢山の魔法を知っていた。どんなに長い呪文も一字一句間違えずに覚えており、これを的確に教えてくれた。あと、恥ずかしがっていた割には、自ら二つ名を名乗っていたの可愛い。


 星の賢者様、それなりに気に入っているのではなかろうか、なんて思う。

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