副店長 一
異世界の情勢を確認した我々は、持ち込んだ商品の確認を終えて人心地。
今回の品目はこれまでにも扱った物ばかりであったので、これといって問題が発生することもなかった。二人静氏を巡る騒動も手伝い、新たに商品を吟味している暇がなかったのが理由である。
取引額も以前に比べると控えめなもので、金貨が数百枚。
そうして一通り話が終えられた頃合いのこと。
話題に挙がったのはハーマン商会の副店長、マルクさんについて。
「そういえばササキ殿に一つ確認したいことがある」
「なんでしょうか?」
「ここ最近、ハーマン商会のマルク氏に会っているだろうか?」
「いえ、以前にお会いしてからそれなりに経っております」
「……そうか」
「どうかされましたか?」
「氏とも色々と話しておきたいことがあるので、次に屋敷を訪れた機会にでもと考えていたのだ。それが先々週から姿を見ていなくてな。これまでであれば、週に一度は屋敷に足を運んでいたので、少しばかり気になっている」
副店長さんとは前回のショートステイでお別れして以降会っていない。
ミュラー伯爵の力になることは難しそうだ。
「すみません、そういった意味だと私は先月からお会いしておりません」
「いや、気にしないで欲しい。明日にでも店まで使いを送るとしよう」
これは勝手な想像だけれど、先程ミュラー伯爵が伝えてくれた件を受けて、彼も忙しくしているのではなかろうか。第二王子の救出を受けては、こちらからも情報をお伝えしていたし、商いに奮闘しているものと思われる。
そうしてあれやこれやと言葉を交わすことしばらく。
小一時間ほどが経過した頃合いのこと、不意に部屋のドアがノックされた。
姿を現したのは普段から伯爵様の身辺を守っている騎士っぽい人だ。
屋敷内外で護衛を務める騎士は、これまでに何名か見かけている。そのうちの一名、常日頃から応接室の前で待機している方と思われる。そして、彼は入室を許可されて部屋へ入り込むや否や、我々に対して声も大きく語ってみせた。
「ミュラー伯爵、ハーマン商会から緊急の連絡が来ております!」
「緊急の連絡?」
「お伝えしてもよろしいでしょうか?」
ちらりと騎士殿の視線がこちらに向けられた。
それなりに重要な情報なのだろう。これに対して、ミュラー伯爵は躊躇することなく頷いてみせた。我々のことは既に、商会の関係者として見ているのだろう。情報に飢えている異邦人としてはありがたい限りだ。
「ああ、構わない。この場で伝えてくれ」
「同商会の副店長を務めるマルク氏が、貴族への不敬罪により捕縛されました」
これまた刺激的なニュースではなかろうか。騎士の人の表情が強張っていたので、もしかしたら悪い知らせかもとは考えていた。けれど、まさか知人の逮捕を知らせる知らせとは思わなかった。
しかし、副店長さんが不敬罪とは、これまた似合わない罪状で捕まったものだ。そう長い付き合いではないけれど、あの人が貴族に楯突く姿なんて、まるで想像できない。普段からとても腰の低い方である。
「それは本当か?」
ミュラー伯爵も目を見開いて驚いている。
そんな馬鹿なと言わんばかりだ。
自身もまったく同じ感慨を抱いております。
「店からの使者をお通ししてもよろしいでしょうか?」
「頼む」
「承知いたしました」
これまた大変なことになりそうな予感である。
◇ ◆ ◇
ミュラー伯爵宅の応接室で、ハーマン商会からやってきた使者の方より話を伺った。そこで明らかとなったのは、商会内でのいざこざである。問題はこちらが考えていた以上に込み入ったものであった。
なんでも副店長さんは、店長さんに陥れられたのだとか。
本社機能を首都に移すべく、新規店舗の立ち上げに奮闘する店長さん。これに対して副店長さんはミュラー伯爵のお膝元、本店で活動していた。両者の間に齟齬が生まれるのは仕方がない。しかし、幾ら何でも急な話ではなかろうか。
そのように訪ねると、返ってきたのは副店長さんの活躍である。
マーゲン帝国がヘルツ王国に攻めてきた騒動について、いち早く終戦の情報を手にした彼は、取引先を巻き込んでかなり派手に儲けたらしい。その額はハーマン商会の一年分の売上を優に超えるほどであったという。
そうした彼の活躍を危惧した店長が、下剋上を恐れて先手を打ったに違いない、との話であった。どうしてそこまで断言できるのかと確認したところ、商会からの使者を務める彼は、不敬罪が叫ばれた現場に居合わせていたのだと言う。
色々と説明を受けたけれど、要は当たり屋だ。
馬車がぶつかったとか何とかで、副店長さんはしょっ引かれてしまったらしい。
現代日本とは被害者のベクトルが真逆なの、異世界って感じするよ。
更に詳しく話を窺うと、副店長さんの罪を訴えた貴族は、ミュラー伯爵と長らく不仲の続く貴族であった。商会の本社機能を首都に移さんとする店長さんの意志を思うと、副店長さんを陥れようと考えた時、これほど組みやすい相手はいない。
恐らくはそうした店長さんの意識と、ミュラー伯爵に対して対抗心を燃やすどこかの貴族様の意志が合致した結果と思われる。おかげで副店長さんはでっち上げの不敬罪から牢屋にインされてしまったのだろう。
「ササキ殿、すまない。今回の騒動は私に責任がある」
「滅相もない、ミュラー伯爵には何の責もございません」
使者の人を応接室から送り出した直後、伯爵様は頭を下げてみせた。
王位継承の条件を知らしめた王様の勅命も、決して無関係ではあるまい。問題の当たり屋貴族様は、第一王子の派閥だという。第二王子と仲がいいミュラー伯爵は、ハーマン商会の問題を抜きにしても、攻めるだけの理由となる。
なんておどろおどろしいのだろう、ヘルツ王国の貴族社会。
「私はすぐにでも問題の貴族を訪ねようと思う」
「それでは自分は、マルクさんの下に向かおうと思います」
「ありがとう。そう言ってもらえて助かる」
まさかこの状況で、安穏と異世界ライフを享受してはいられない。兎にも角にも副店長さんの身柄を確認しないことには、食事も喉を通りそうにない。ピーちゃんも納得してくれると信じている。
「ササキ殿、これを持っていって欲しい」
ローテーブル越し、ミュラー伯爵が何やら差し出してみせた。
鞘に収められた短剣だ。
綺麗な装飾の為されたそれは、実用性以上に美術品としての価値を感じさせる。
「こちらは?」
「これと共に私の名を告げてもらえれば、ササキ殿の言葉は私の言葉に等しく扱われる。これでどうかマルク氏の身柄を保証して欲しい。貴族でもない限り、牢内での扱いは苛烈なものだ。不敬罪ともなれば、刑の執行を待たずに亡くなる者も多い」
「承知しました」
なんということだ、こうなると責任重大である。
恐らく自分だけでは、こうまでも重用されることはなかったと思う。まず間違いなくピーちゃんの存在を考慮しての判断だろう。だからこそ、彼の顔に泥を塗ることがないように、気を引き締めて臨まねばならない。
いいや、違うな。
何よりも優先するべきは副店長さんの心身である。
彼はいい人だ。
是が非でも無事に助け出さねば。
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