進展

 自宅に戻った我々は、すぐに異世界に向かうことを決めた。


 昨晩は二人静氏に付き合ってホテルに宿泊した為、世界を移ることができなかったからだ。前回の移動から時間差が緩くなっているとは言え、それでもあちらでは一ヶ月前後が経過していることだろう。


 そうした背景も手伝い、緊張を伴っての移動である。


 訪れた先は変わらず、移動用に押さえた町の安宿。


 そこからピーちゃんの瞬間移動の魔法にお世話となり、ミュラー伯爵のお城まで向かう。界隈の情報を得るのであれば、彼ほど頼り甲斐のある人物はいない。隣国との一件もあるので、その確認は急務である。


 お城の出入り口に立っていた門番とは、ここ数度の出入りで既に顔なじみだ。


 彼はこちらの姿を認めると、厳かにも敬礼と共に声を掛けてきた。


「こ、これはササキ様、ようこそおいで下さいました!」


「え、あの、私とは以前もお会いしていますよね?」


 前に話をしたときは、もう少しフレンドリーだったような気がする。おう、また来たか、ちょっとそこで待ってろよな。みたいな感じでミュラー伯爵に取り次いでもらっていたことを覚えている。


「過去のご無礼、ま、誠に申し訳ありませんでした!」


「いや、それはどういった……」


「ササキ様は貴族様であらせられます!」


 そう言えばそんなことになっていた気がしないでもない。


 たしか騎士なる位をゲットしていた。


 現代での出来事がショッキング過ぎて、こちらの世界でのあれこれを忘れていた。しかし、貴族とは言っても最底辺の位だと、伯爵様からは聞いている。それでこうまでも畏まらなければならないとは、げに恐ろしきはヘルツ王国の格差社会だ。


 以降、門番の人は何をどう伝えても畏まったままだった。


 そんなこんなで訪れたるはミュラー伯爵宅の応接室である。


「よく来てくれた、ササキ殿。星の賢者様もご足労下さり恐縮です」


「お忙しいところ、いきなり押しかけてしまいすみません」


『事前に連絡もなしに悪いな、ユリウスよ』


「滅相もありません。こちらもお話したいことが溜まっておりましたので」


「そういうことであれば、ぜひお聞きさせて頂けたらと思います」


 部屋には彼とピーちゃんと自分、二人と一羽の姿のみ。ミュラー伯爵と自身はソファーに腰を落ち着けての会話となる。ソファーテーブルの上には、今し方にメイドさんが出してくれたお茶とお茶菓子が並んでいる。


 お茶菓子の傍らには立派な止まり木が用意されており、その正面にはピーちゃんでも啄みやすいように、浅いお皿に載せられて細かく刻まれたお茶菓子と、彼の口の形に深さを合わせた小さなティーカップが設けられていた。


 まず間違いなく特注品と思しき一式だ。目の前の人物の星の賢者様に向ける尊敬が随所に感じられる。それとなく肩の上の彼に視線を向けると、ふわりと飛び立ったピーちゃんは、テーブルの上の止まり木に場所を移した。


 ミュラー伯爵の表情が、心なしか嬉しそうなものとなる。


 なんというか、こう、見ていて微笑ましい気持ちになる二人だ。こちらの世界を訪れている間はしばらく、ピーちゃんのことをお任せしたりした方がいいのではないかとか、そんなことを考えてしまう。


「ササキ殿、私から先に話させてもらって構わないだろうか?」


「ええ、是非お願いします」


「急かしてしまってすまない。どうしても伝えたいことがあったのだ」


 ミュラー伯爵から、改まってそのようなことを言われると怖い。


 自ずと身構えてしまう。


「どういったお話でしょうか?」


「マーゲン帝国がヘルツ王国に攻め入った一件を受けて、国内では過去にない大きな動きが生まれることになった。それも王族や貴族といった特権階級を中心としたものだ。ササキ殿にも是非伝えておきたい」


「それは願ったり叶ったりです。我々も世の中の情勢を求めておりまして」


 ピーちゃんと並んでミュラー伯爵の話に耳を傾ける。


 するとまあ、彼から語られた話はヘルツ王国らしからぬ内容であった。騒動の発端は同国の王様である。過去には自身も謁見の機会を頂戴した彼が、国内の貴族一同に対して、非常に刺激的な意志を流布したのだという。


 曰く、我が国は過去の栄光を取り戻すために様々な施策を行う、云々。そうした口上の一端で述べられた文言が、ミュラー伯爵に言わせて、国内の貴族たちを上から下まで大きく動かしたのだという。


 どのような文句かと言うと、要約すれば事の次第はシンプルだ。


 現王には何人か世継ぎがいる。それら世継ぎに対して、一様に国政への関与を認めると共に、五年後、より顕著な成果を挙げた人物に対して、無条件でヘルツ王国の王位を譲ると明言したのだという。


 どうやら陛下は、本気で国の行く先を憂いているようだった。


 絶体絶命の侵略と、その棚ぼた的な挽回を受けて、メンタルが革命を迎えたのだろう。貴族層はどうだか知らないが、敗戦国の王族は他国からの占領を受けた時点で、絶命必死と思われる。元の世界でもそうして戦争は繰り返されてきた。


「なるほど、そのようなことになっていたのですか……」


「陛下も色々と思うところが出てきたのだろう」


「そういえばヘルツ王国とマーゲン帝国の衝突ですが、名目の上ではどういった形で決着したのでしょうか? 既にご存知だとは思いますが、敵兵力の一方的な消失については、ヘルツ王国としても扱いに困るものではなかったかと」


「そちらは大戦犯同士の諍いに巻き込まれた、との見解で両国ともに決着を見せた。現場では大魔法や、あるいはそれ以上の魔法の痕跡が確認されている。マーゲン帝国もヘルツ王国が行ったとは考えていないだろう」


 ミュラー伯爵の視線が、チラリとピーちゃんに向かった。


 バレバレの文鳥である。


 自然と思い起こされたのは、彼と長らく空中戦を行っていた全身紫色の人だ。血の魔女だとか、物騒な肩書で呼ばれていた。当時のミュラー伯爵の言葉に従うのであれば、七人いる大戦犯の一人、とのこと。


 大戦犯というキーワードが、どういった人たちを指すのかは知らない。けれど、こうして話を聞く限り、ピーちゃんと同様に突出した才能を備えた、我々凡人からすれば天災のような存在なのだろう。


「面倒なことに巻き込んでしまって申し訳ない。ササキ殿の授爵は第二王子の母君の意向を受けてのことだ。そして、今回の一件については誰もが、第一王子と第二王子の争いになると考えている」


「いえ、ミュラー伯爵が謝罪するようなことではありません」


「貴殿らを巻き込んでしまったのは私の責任だ」


 恐らく国内の貴族模様は当面、荒れに荒れることだろう。


 第二王子と蜜月にあるミュラー伯爵も無関係ではいられないと思う。伯爵昇進から間もない立場も手伝って苦労していそうだ。過去に聞いた話では、頭角を現した第一王子が次期として噂されている一方、それ以前は断然、第二王子が担がれていたという。


 第二王子を囲いたい勢力は、未だに大きいに違いない。


「ミュラー伯爵、ユリウス王子の愛国心には私も敬服致します」


「このようなことを口にしては、王子に怒られてしまうかも知れないが、我々に気遣ってくれることはない。私もササキ殿の立場には理解があるつもりだ。だからこそ、なるべく早いうちに伝えておくべきだと考えていた」


「ありがとうございます。しかし、まさかそのようなことになっていたとは」


「いや、こちらこそ我々の都合に巻き込んでしまって申し訳なく思う」


 戦場でユリウス王子の命を救い伯爵に昇進、第二王子のマブダチと化した彼は、その腹心として渦中も渦中、今まさにメラメラと燃え上がり始めた宮中における権力闘争の、真っ只中に位置しているのではなかろうか。


 昇進から間もない新米課長が、他所の部署から色々と仕事を押し付けられる光景は、過去に幾度となく見てきた。そして、課長に押し付けられた仕事は、その部下に分配されるのだ。会社って何だろう。マネージメントって何だろう。


 そのように考えると、自身の立場も割と危ういかも。


「そこでササキ殿に相談がある」


「なんでしょうか?」


「貴殿は今すぐにでもこの国を出て、ルンゲ共和国に向かうべきだ」


「ミュラー伯爵、それは……」


「貴殿であれば、きっと彼の国でも大成することができる」


 そんなことを言ってくれた課長、過去に一人もいなかったよ。


 むしろ真逆の勧誘ばかりであった。


 だからこそ、ミュラー伯爵からの提案が胸に響く。


 年甲斐もなくグッときてしまった。


「ルンゲ共和国は物流と商取引で有名な国だ。そして、私にも多少ばかり伝手がある。貴殿を送るように手を回すことができる。この機会にこちらの大陸を巡り、様々な都市の文化に触れて、知見を広めてみてはどうだろうか?」


「…………」


 そんなことを言われたら、どうして素直に頷けるだろうか。


 こういう上司の下で社畜プレイしたかった。


 自然と意識は自身が腰掛けたソファーの傍ら、床に寝かせたカバンに向かう。次いで視線を移すこと、ソファーテーブルに設けられた止まり木に佇むピーちゃん。我らが星の賢者様にお伺いを立てる。


 するとお返事は間髪を容れずに戻った。


 コクリと小さく頷いてみせる文鳥ダンディー可愛い。


「伯爵からのご提案は理解できますが、それでも我々は当面、こちらの町で商売を続けたく考えております。もしよろしければ、持ち込んだ商品をご確認願えませんでしょうか? あぁ、トランシーバーも追加で仕入れてまいりました」


「サ、ササキ殿、それは……」


「お買い求め頂けませんか?」


 イケにイケている伯爵のお顔をジッと見つめてのお問い合わせ。


 すると彼はくしゃりと顔を歪ませて、はにかむような笑みと共に頷いて見せた。これといって表情を作らずとも、普段から威厳に満ち溢れているミュラー伯爵。そんな彼の見せる人間味のある面持ちは、とても朗らかなものだった。


「……すまない。その心遣い、とても嬉しく思う」


 ピーちゃんが彼を気に掛けていた理由、少しだけ分かった気がする。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る