日常


 異世界で数日ほど魔法の練習をしてから、我々は自宅アパートに戻った。


 まとまった練習時間を取ることができたので、幾つか魔法を覚えることができた。大半はピーちゃん曰く初心者向け。ライター魔法、水道魔法の他に、氷柱を飛ばす魔法、地面を盛り上げる魔法、火球を撃ち出す魔法、といった塩梅だ。


 それでも本来は数ヶ月から数年を掛けて学ぶものだと聞いた。


 おかげで少しだけ気分がいい。


 ただし、出社魔法については、未だに目処が立っていない。


 早く手に入れたいものである。


 そんなこんなで翌日もまたお仕事である。ピーちゃんのお世話になることで、満員電車を回避の上、社屋近所の牛丼チェーンで朝定を食べてのからの出社は、それはもう清々しい体験であった。前日まで異世界で数連休の体であったことも大きい。


「先輩、なにかいいことがありました?」


 自席で書類仕事をしていると、隣の同僚から声を掛けられた。


 どうやら顔に出ていたようだ。


「いいや? そんなことはないけど」


「それにしては元気が良さそうに見えたもので」


「ベッドを買い替えたものだから、よく眠れたのかも知れない」


「なるほど、それはいいことですね」


 自宅の手狭いパイプベッドと比較して、異世界のお宿で利用したベッドは素晴らしいものであった。両手両足を伸ばしても、縁まで届かない程に大きいのだ。しかもフカフカ。更にシーツは専属のメイドさんが毎日取り替えてくれていた。


 おかげで昨晩、自宅で眠りに就く際には、自室を窮屈だと感じてしまった。段々と身体が贅沢な暮らしに慣れてきている。今後は食事以外に睡眠もあちらで取ろうか、なんて考え始めている自分がいる。


「そう言えば来週の飲み会、先輩って参加します?」


「あ、いや、ちょっと財布が厳しいからなぁ……」


「先輩が参加するようなら、自分も参加しようと思うんですけど」


「申し訳ないんだけれど、確約はできない感じで」


「そうですか……」


 ハーマン商会さんへの仕入れで、家計はカツカツである。とてもではないけれど、会社の飲み会に参加している余裕はない。そろそろ何かしら、こちらの世界における金策を確立しないことには、手が回らなくなりそうだ。


「おおい、佐々木ぃ。この間の学校の件なんだがー」


「あー、はい。すぐに参りますので」


 おっと、課長がお呼びだ。


 同僚に会釈をして、自席を席を立つ。


 今日も一日、ほどほどに頑張っていこうと思う。




◇ ◆ ◇




 就業後は例によって自宅近所の総合スーパーに向かい仕入れである。


 こちらでの一日は、あちらでの半月から一ヶ月となるから、これを仕損じる訳にはいかない。既に金貨千枚以上の余剰金があるけれど、副店長さんとの円満な関係を思えば、定期的な仕入れは必要不可欠である。


 カートを押しながら、店内を物色している。


 昨日と同様、肩にはピーちゃん。居合わせた買い物客から、ちょっと頭のおかしいオジサンの誹りを受けつつのお買い物タイムである。できればこれも何とかしたいけれど、テレパシー的な魔法はピーちゃんもお持ちではないとのこと。


 当面は小声でブツブツと言いながら頑張るとしよう。


『今度は何を仕入れるのだ?』


「お貴族様の間では狩猟が流行っていると聞いたんだけど」


『うむ、こちらの世界でいうところのゴルフのようなものだ』


「ピーちゃん、結構頑張って勉強してくれているんだね」


『インターネットとやらを使わせてもらっているからな』


 彼が語って見せた通り、就社前に自宅のノートをピーちゃんに開放した。当然、ネットにも繋がっている。小柄な彼ではあるけれど、魔法を使うことでゴーレムなる魔法生物を使役、華麗にキーボードやマウスを操作していた。


 某ネット辞書を教えてあげたので、きっと日がな一日見ていたのだろう。


 あっちの世界とこっちの世界を行き来するような魔法はとても大変らしく、一人では使えない一方、ゴーレムを作る魔法は比較的容易らしい。なので社畜のサポートなしに単独で使うことができるとの話であった。


 ちなみにゴーレムの材料はアパートの敷地の土だという。ピーちゃんの言葉に従い確認してみると、たしかにブロック塀の脇がバケツ二杯分ほど掘られていた。帰宅した直後、得体の知れない駆動物と自室で遭遇して驚いたのは言うまでもない。


「狩猟でも使えるアウトドアグッズを仕入れようと思うんだけど」


『なかなか良い着眼点だ。引き合いは強いだろう』


 やった、ピーちゃんに褒められた。


 おかげで安心して仕入れることができそうだ。


 副店長さんからは継続して砂糖とチョコレートをお願いされた。砂糖は比較的安価なので問題ないけれど、チョコレートは小売で買うと意外と高い。なので当面はチョコレートを少量に押さえて、砂糖を増やすことで対応しようと思う。


 後は電卓を筆頭として、一定供給を約束した品々か。


「これなんてどうだろう?」


『なんだそれは』


「望遠鏡を小さくしたやつ」


『ほう、それは高く売れそうだ』


 ピーちゃんからの評価は上々、早速カゴに突っ込もう。


 そう高い品ではないので、一つと言わず、二つ三つと放り込む。もしも評判が良かったら、今後はネットでより高性能なものを購入してもいいかも知れない。ただし、その為にはこちらの世界における金策が必須となる。


『おい』


「なに?」


『そこのやたらと賑やかな金物は何だ?』


「え? あぁ、十徳ナイフだね」


『十徳ナイフ?』


「ナイフにハサミや毛抜き、栓抜きなんかが色々くっついたヤツ」


『小さい割に色々と入っているんだな』


「せっかくだしこれも持っていこう」


 ちょっとお値段が張るけれど、見栄えがいいので幾つか買っていこうと思う。実際には十本以上あれこれと付いているみたいだけれど、便宜上は十徳ナイフで問題ないと思う。凄いヤツだと五十、六十と生えているのだとか。狂気である。


『それと自宅のケージに木製の止まり木が欲しい。爪が伸びてきた』


「今使ってるプラスチックのヤツじゃ駄目なの?」


『うむ、駄目らしい。インターネットで調べたのだが、止まり木がプラスチックで作られたものだと、文鳥は爪を上手く研ぐことができないらしい。木製の止まり木であれば、そうした弊害を解決できるそうだ』


「それは知らなかったよ。ごめんね? 安物ばかり使ってて」


『いいや、我も始めて知った。気にするな』


「向こうにペットコーナーがあるから、そこで見てみよう」


『うむ』


 自発的に健康状態を管理、報告してくれるペット嬉しい。


 なんて賢いのだろう。


 そんな感じで昨晩と同様、あれこれと雑多にカートを埋めていった。


 おかげで昨日に引き続き本日もまた、結構な出費となった。この調子で毎日買い物をしていたら、貯金などあっという間に無くなってしまうのではなかろうか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る