物資調達 二
子爵様は約束通り、お城の敷地内に立派な倉庫を用意して下さった。
学校の体育館ほどの規模の建物だ。出入り口には急遽職人の手が入り、二重構造に加工が行われた。更に唯一となるドアの外側には、子爵様の側近だという騎士が立ち、二十四時間体制で人の出入りを監視するという。謁見の間で後方に控えていた人たちだ。
何人たりとも倉庫に出入りすることは叶わない。それは子爵様や我々であっても例外ではない。そのように騎士の方は命を受けているという。おかげで安心して仕事に臨める。倉庫内に立ち入り可能なのは、瞬間移動の魔法を使えるピーちゃんだけだ。
手元には子爵様から頂戴した買い出し品のリストがある。こちらに記載された品々を倉庫の中まで運び込めば仕事は完了となる。ちなみにそれぞれの卸価格は、戦時下であることを踏まえて、本来の市場価格より割増で買い取って下さるとのこと。
数が非常に多い為、仕入額にも因るだろうが、べらぼうな儲けになりそうな予感を感じている。当然、失敗した時の子爵様の心象を思うと、リスクは低くない。ただ、それでも成功した場合の金銭的なメリットは計り知れない。
そんなこんなで早速、我々は仕入れに向かうことにした。
訪れた先はルンゲ共和国という国のニューモニアという町だ。
ヘルツ王国、マーゲン帝国に次いで三つ目の国名をゲットである。
提案はピーちゃんからだ。聞いた話によると、なんでも過去に何度か商売に訪れたことがあるのだとか。旅路も彼の瞬間移動の魔法にお世話となったおかげで、これといって苦労もなく到着した。
「賑やかなところだね。子爵様のところより栄えて見えるよ」
『うむ、ここは商売が盛んな町なのだ』
目の前に広がる町並みを眺めて、愛鳥と言葉を交わす。
ヘルツ王国の町、ミュラー子爵が治めるエイトリアムと比較して、規模が段違いだ。人口密度や建物の規模など、圧倒的にこちらの方が勝って思える。あまり厳密な喩えではないけれど、地方都市の商店街と都内の有名繁華街ほどの違いが窺えた。
行き来する人々の身なりは、こちらの方が上等な気がする。また、頭に角が生えていたり、背中に羽が生えていたりする人たちの割合も、こちらの町の方が幾分か多い。おかげで仕入れに臨むに際して、気分が盛り上がるのを感じる。
上京して初めて、新宿や渋谷の街を歩いた時の記憶が思い起こされた。
「ピーちゃん、伝手とかあったりするの?」
『そうだな……』
物知りな文鳥の案内に従い、ニューモニアの町を進む。
小一時間ほど歩いて訪れたのは大きな建物だ。
ハーマン商会さんの社屋が霞むほど、立派なお店である。総石造りの地上八階建て。日本橋にある三越の本店あたりと比較しても、尚のこと荘厳な店構えである。おかげで物怖じしてしまう。
「……ここ?」
『ここならある程度の量をまとめて、現物で仕入れることが可能だろう。数万という兵を食べさせる為の兵糧となると、仕入先も限られてくる。開戦の知らせを受けて、周辺各国で物価が上昇しているとあれば尚のことだ』
「やっぱりそうだよね」
「仕入れに利用する貨幣があの国のモノとなると、なるべくここで決めておきたい。一度に大量の貨幣を市場に流すと、色々と良くないことが起こる。それは貴様の国の金銭に関する仕組みと、恐らく似たような現象だ』
「分かったよ、ピーちゃん」
彼がそういうのであれば、こちらのお店で頑張らせて頂く他にない。
精々足元を見られないよう、毅然として交渉に臨もうと思う。
しかし、国を跨いで地理に覚えがあるとは、なんてグローバルな文鳥だろう。こうして博識な姿を立て続けに見せつけられると、転生以前の活動にも興味が湧いてくる。きっと後世で教科書に残るタイプの活躍をしていたことだろう。
肖像画とか残っているのなら、是非とも拝んでみたい。
優秀の方なら、一枚くらいは描かれているのではなかろうか。
「…………」
いや、待て。
それは軽率な願いだ。
もしも彼の前世が濃い顔のオジサマとかだったらどうしよう。
きっと今後のやり取りに一歩を引いてしまう。
肩に感じる彼の重みにダンディーの気配とか、なんだか辛い。でも、だったらどういう姿だったら、素直に受け入れられるのだろうか。とかなんとか、自身の碌でもない見てくれを棚に上げて、あれこれと考えてしまう。
迷走しそうなので、今は目の前の問題に集中するとしよう。
ピーちゃんはピーちゃんだ。
可愛らしいペットの文鳥であって、それ以上でもそれ以下でもない。
『……どうした?』
「ところで子爵様のところからは、どれくらいの距離があるのかな?」
『ヘルツ王国のエイトリアムからルンゲ共和国のニューモニアまでは、荷馬車でゆっくりと進んだのなら、順調に進捗して二、三ヶ月といったところだ。早馬を乗り継いでも十数日は掛かることだろう』
「けっこう遠いんだね」
『それでも貴様の国で普及している、飛行機とやらを利用すれば、僅か数時間の距離だ。一部の国では、知性に劣る小型のドラゴン亜種を家畜化して、馬の代わりに利用しようという試みも行われている』
「空を飛べると早そうだね」
『うむ、馬の比ではないだろう』
やっぱりドラゴンも存在しているようだ。もしもペットとしてお迎えできるのなら、ゴールデンレトリバー並に興味ある。だって、絶対に格好いい。しかも背中に乗って飛べるとか夢が広がる。
「ちなみに何ていうお店なのかな?」
『ケプラー商会だ』
「なるほど、ケプラー商会さんね」
大量の大金貨を収めた革袋を片手に、いざ正面玄関から突入である。
◇ ◆ ◇
店内を歩いていた店の人に声を掛けると、上の方のフロアに通された。
ちなみにこちらでも、肩の上に乗ったピーちゃんの存在は、使い魔との自己申告のみで、これといって咎められることもなかった。どうやら国を跨いでも通用する常識のようである。一体どういった存在なのだろう。
「はじめまして、この店で食料品を預かるヨーゼフと申します」
「お目通りをありがとうございます。ササキと申します」
副店長さんが勤めるハーマン商会の応接室も立派であったけれど、こちらのケプラー商会さんの応接室はそれ以上のものだ。それどころかミュラー子爵のお城の応接室にも勝っているように思われる。
おかげでソファーの座り心地がヤバい。
尻を落ち着けた途端、ズボッと沈んでガシッと腰を奪われた。
ずっと座っていたくなる。
「なんでも大量の食糧を現物で仕入れたいとお伺いしましたが」
「ええ、その通りです。これだけお願いしたく考えております」
出会いの挨拶も早々に、手元から必要物資の一覧をお渡しする。ミュラー子爵から要請を受けた物資について、改めて書き出したものだ。そこには買い付けの金額も併記されている。ちなみに制作はピーちゃんとの共同作業。
彼の話によれば、こちらのケプラー商会さんは、日本における総合商社のようなものだという。それも各国に支店を持つ国際的な商社らしい。
本拠地であるこちらの町、ルンゲ共和国のニューモニアには巨大な倉庫を有しており、世界各国から実に様々な商品が集まってくるのだとか。
今回は多様な物資を大量の買い付ける必要がある為、こちらの店舗を選んだのだとピーちゃんは言っていた。
「随分と沢山お買い求めされようとしていますね」
「御社であれば在庫をお持ちかと考えて参りました」
「たしかに私どもであれば、ササキさんのお求めになっているものを提供することができると思います。しかし、これだけの商品を一度にとなると、他との兼ね合いが出てまいります。そう簡単に判断はできませんよ」
「金額的には十分な額を記載させて頂いていると思いますが」
「我々には古くからお付き合いのあるお客様が大勢いらっしゃいます。そういった方々に差し支えるようなお取り引きは、どれだけ対価を積まれましても、容易に判断を下せるものではありません」
「そうですか……」
「しかもこちらの買い付け、まるで戦でも始められるかのようではありませんか? そう言えばつい数日ほど前に、南の方の支店から食料品の値上がりが報告に上がっておりました。なんでも周辺国の関係が怪しいのだとか」
おぉっと、後ろめたいことが早々にバレてしまったぞ。
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