戦場 一
同日の晩、我々は隣国との国境付近までやってきた。
移動はピーちゃんの提案どおり、魔法で空を飛んでのこと。夜の暗がりの下、小一時間ほどの空の旅であった。その勢いは大したもので、遠く眼下を凄まじい勢いで流れていく地上の風景から、新幹線よりも早かったのではないかと考えている。
ピーちゃんってば可愛い顔してスピード狂。ただし、障壁魔法を利用しているとのことで、空気抵抗はほとんど感じなかった。息苦しさや寒さを覚えることもなかった。おかげで移動中は非常に快適だった。
だからこそ、もしも障壁なしで何かにぶつかったらと考えると、とても恐ろしく感じた。感覚的には二輪に半ヘルで、高速道路やバイパスなどの路線を走っているような感じ。前の車が弾いた小石一つで絶命必至である。
『見えてきたな』
「あ、本当だ……」
遠く地平の彼方まで続く草原地帯。
名前はレクタン平原とのこと。
その只中にキャンプ場よろしく、人の密集する様子が確認できた。数キロを隔てて、人を人と判断することも難しいほど遠方、それでも兵の並びだと判断がつく。移動用と思しき仮設の建築物を中心として、これを囲うように兵たちが蠢いている。
自分とピーちゃんはかなり高々度を飛んでいる。夜の暗がりも手伝い、先方から気付かれることはないだろう。一方でこちらからは、野営地点に点在する明かりが如実に確認できる。数万という兵の集まりは、なかなか迫力のあるものだ。
「どうするの?」
『一息に吹き飛ばしてしまおう』
「…………」
ピーちゃんってたまにさらっと怖いこと言う。
でも、それが無難だとは自身も思う。
『この規模で兵を失えば、当面は大人しくなるだろう。改めて攻め入るにしても、同様の報復を恐れて慎重になるはずだ。その間に本国は国力を立て直すことができる。まあ、後者についての確証は持てないが』
「前から聞いていた上級魔法ってやつかい?」
『区分的にはそれ以上になる。上級の魔法で対応することも可能だが、あの規模を相手にするとなると、撃ち漏らしが発生する可能性がある。ならば威力のある魔法を用いて一撃で対処したい。その方があの者たちも苦しまずに済む』
「なるほど」
『よく見ておくといい。いつか学ぶ日が訪れるやもしれん』
呟くと同時にピーちゃんの正面に魔法陣が浮かび上がった。
これまでになく複雑な模様をしている。
サイズも大きくて直径三メートルくらいありそう。
そして、彼がこちらの肩に止まっている都合上、自身もまたこれを正面から眺める形となる。耳に届くのは呪文と思しき単語の連なり。当初は聞き耳を立てていたものの、想像した以上に長いものだから、途中で記憶することを諦めた。
そうして待つこと、時間にして二、三分ほど。
ピーちゃんが呟いた。
『いくぞ』
クワッと開かれた可愛らしいくちばし。
その声に併せて、魔法陣が一際激しく輝いた。
直後に中央から力強い光が発せられる。
それは空に浮かんだ我々から遠く離れて、地上に窺える敵国、マーゲン帝国の軍勢に向かい伸びていった。それも距離を進むごとに左右へ扇状に伸びて、裾野を広がらせていく。やがて地上に到達するころには、界隈を丸っと飲み込む程に大きくなっていた。
草原の一角、数キロ四方を輝きが貫いた。
まるで昼間のように一帯が明るくなる。
ブォンブォンと低い音を立てて大気を震わせる様子に尻込みしてしまいそう。仔細はまるで知れないけれど、とても大変な現象なのだろうなとは、なんとなく察することができた。個人による行いというよりは、台風のような自然現象を思い起こさせる。
「ピーちゃん、正直なにが起こっているのか分からない」
『まあ、そうだろうな』
「これってあれかな、ビーム砲みたいな……」
『似たようなものだと考えておけばいい』
ビーム砲という単語をさらっと理解しているピーちゃん。それもこれもインターネットを利用したお勉強の成果だろう。つい数日前、パソコンのブラウザの履歴を確認したところ、凄まじい勢いでネット辞書を漁っていることを知った。
なんて勤勉な文鳥だろうか。
ただ、残念ながらアダルトサイトは閲覧していなかった。
文鳥になって性欲が無くなってしまったのだろうか。
それから更に二、三分ほどを待つと、輝きは収まっていった。
目を細めるほどに明るかった一帯が、元の暗がりに戻る。その直後、光の残滓に照らされて眺めた草原の一角は、まるで巨大なショベルカーによって抉られたように、深く地面に溝を作っていた。
底が見えないほどに深い。
「……ピーちゃん、この魔法はおっかないね」
『対象を集約することも可能だ。意外と使い勝手は悪くない』
「…………」
もしも都内で撃ち放ったのなら、千代田区や中央区、港区といった比較的小さな区であれば、地下に敷かれたメトロの路線ごと、一撃で消し飛ばすことができそうである。それこそ広島や長崎に落ちた核ミサイルを超える威力だ。
『身を護る為の選択肢として、覚えておくといい』
「……そうだね」
数万という人が今の一撃で亡くなったと思うと、感慨深いものがある。ただ、これといって罪悪感はない。主犯はピーちゃん、自分は隣で見ていただけ、という経緯もあるけれど、それ以上に現実感の無さが影響している。
まるで映画でも見ているような感覚だった。
『それでは帰るとす……』
直後、地上に空いた大穴の一角でキラリと光が煌めいた。
間髪を容れず、自身の正面に魔法陣が浮かび上がる。
『っ……』
これと時を同じくして、輝きの見えた地点から、今度は地上から空に向かい、ビーム砲を思わせる輝きが迫ってきた。それは正面に浮かんだ魔法陣を直撃すると共に、衝撃から我々の身体を大きく後方に飛ばせた。
「ちょっ……」
『ぐぬぅっ……』
スーツのジャケット越し、今の今まで肩に感じていたピーちゃんの爪の感触が消える。とっさにその姿を探すと、彼はこちらから離れて数メートル先にあった。慌てた様子で羽ばたく姿が見受けられる。
そんな彼の下に向かい、地上から何者かが迫る。
「今の魔法、身に覚えがあるぞぉ?」
『な、貴様はっ……』
耳に届いたのは聞き覚えのない声。
ピーちゃんと同様、飛行魔法に身体を飛ばした誰かである。シルエットから人か人に類する生き物であることは窺えた。衣服のはためく様子も確認できた。何故か肌が紫色。しかし、夜の暗がりも手伝って性別や年令を特定するまでには至らない。
というか、それだけの猶予がない。
何故ならば身体が地上に向かい堕ちていく。
気づけばあっという間に、数十メートルを下っている。
どうやら今の衝撃で、ピーちゃんの飛行魔法が解けてしまったようだ。頭上のスーパー文鳥に祈るような眼差しを向ける。しかし、そこでは突如として現れた何者かに、現在進行系で襲われている彼の姿が。
こちらを助けている余裕はなさそうだ。
「マジかっ」
空を飛ぶ魔法はまだ教わっていない。
このままでは数分と経たぬ間に、地上へ激突である。
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