跡目 四
ここ数日でミュラー子爵のお家は大騒ぎである。
子爵様の討ち死にと代替わりの知らせは、しばらくして領地内外へも流布された。これを受けては町の人たちも、浮足立っているように思われる。気の早い者などは、大八車を押して町を後にする姿も、ちらほらと見受けられた。
それでも待ってくれないのが隣国との戦争である。前線の瓦解を受けて、ヘルツ王国はかなりの危地に立たされているのだという。その影響が遂に我々が居を構えた町、エイトリアムにも押し寄せてきた。
「なんと、ハーマン商会の馬車が隣国の兵に……ですか」
盛り姫様の家督相続から数日、我々はハーマン商会の応接室で、副店長さんと顔を合わせている。魔法の練習に向かおうかと宿屋で支度をしていたところ、商会の使いの方から連絡を受けての参上だ。
「ええ、既にこの界隈でも活動を始めているようでして」
「なるほど」
どうやら隣国はこちらの町を次なるターゲットとして考えたようだ。町が直接敵兵によって襲われた訳ではない。そこまでの戦力を敵国に侵攻させる余裕はないのだろう。近隣の街道に尖兵を仕込み、物資の流通にダメージを与えているらしい。
正規兵により構成された盗賊みたいなものか。これにより町を疲弊させたところで、後続の本隊によって確実に制圧するつもりでしょう、とは副店長さんの言である。こうなってくると我々も、身の振り方を考える必要がでてきた。
「ササキさんはどうされますか?」
「そうですね……」
「私は来週にでも首都に向けて発とうと考えております」
「ミュラー子爵の娘さんはどうされるのでしょうか?」
「お嬢様にもご一緒して頂く予定です」
ジットこちらを見つめて、真剣な面持ちで語ってみせる。
この町はもう助からないと考えているのだろう。
「もしよければ、ササキさんも一緒にいかがですか? 腕利きの護衛も既に確保しております。仮に相手が敵国の兵であっても、多少の襲撃であれば凌ぐことはできるのではないかと考えております」
ただ、自身は既にその辺りの相談をピーちゃんと終えている。
これに乗っかることはできない。
「せっかくお誘い下さったところ申し訳ないのですが、私はもう少しだけ、この町でやることがあります。危惧されていることは重々承知しておりますが、もうしばらく滞在しようと考えています」
「……そうですか」
「すみません」
「いえいえ、滅相もない。ですがもし気が変わりましたら、こちらの店にいらして下さい。時間が許す限り、この町の在庫を継続して隣町へ送り出すように手配をしております。それに便乗してもらえれば、多少は安全に行き来できるかと思います」
「お気遣いありがとうございます」
副店長さんとも、これでしばらくお別れである。
◇ ◆ ◇
マルクさんと別れた我々は、その足で拠点となるお宿に戻った。
一泊二日で金貨二枚のセレブな宿泊施設だ。
場所はソファーセットの設けられたリビングを思わせるスペース。ソファーに腰を落ち着けた自身に対して、ローテーブルに立ったピーちゃんという配置だ。お互いに真剣な面持ちで向かい合っている。
『悪いが協力してもらえるか?』
「可愛いペットの頼みとあらばいくらでも」
『……すまないな』
「こっちこそ出会ってから助けられてばかりだよ」
『そうは言っても、我と出会わねば貴様が苦労することはなかった』
「苦労以上の見返りを感じているから大丈夫」
『…………』
ピーちゃんから求められたのは、ミュラー子爵が治めていた町の存続と、忘れ形見となる盛り姫様の生存である。やはり二人の間には、少なからず交友があったようだ。一度は世を捨てようと決意した彼が、それでもと考えるくらいには。
だからこそ、飼い主としてはその想いに協力したいと強く思う。
「出発はいつ頃になるかな?」
『今晩にでも出ようと考えている』
「移動は徒歩? それともいつもの魔法とか?」
『今回は空を飛んでいこうと思う。隣国の軍勢がどこまで迫ってきているのか定かでない現状、移動した先に敵兵の目があっては面倒だからな。なるべくこちらの存在を気取られないまま終えたい』
「でもピーちゃん、僕は君みたいに羽が生えていないよ」
そう言えば、文鳥ってどれくらい飛べるんだろう。ピーちゃんも室内では華麗に飛び回っているけれど、屋外で長く飛ぶような機会はなかった。ハトなどは割とパワフルで、数十キロくらい軽く飛んで見せると聞く。
『いいや、違うぞ。魔法で空を飛ぶのだ』
「え、なにそれ凄い」
そういう魔法もあるのではないかと、淡い期待を抱いていた。実際にあると伝えられると、テンションが上がるのを感じる。小さい頃からの憧れだ。空を飛ぶ夢など何度見たか分からない。目覚めが近づくと共に、段々と飛べなくなっていくんだよ。
『そういえば教えていなかったな』
「ぜひ教えてもらえないかい、ピーちゃん」
『イメージ次第ではかなりの勢いで飛び回ることが可能だ。そこで最低限、中級の回復魔法を覚えるまでは控えていたのだ。不慣れな術者は、割と頻繁に落下したり樹木にぶつかったりする。そうした場合に自身で自身を補えないと死んでしまう』
「……なるほど」
『また、ある程度速度を出す場合は、障壁魔法の併用も必要だ。小さな虫や鳥との衝突であっても、かなりのダメージを受けることになる。地上を走り回るような感覚で利用していい魔法ではない。事前の練習が重要だ』
たしかにピーちゃんの仰る通りである。要は鳥人間コンテスト。打ちどころによっては回復魔法を使う前に絶命する可能性もありえる。魔法に不慣れな人間が初っ端から覚えると、彼の言葉通り大変なことになりそうだ。
『なので今回は我が行使する。教えるのはまた今度だ』
「楽しみだねぇ」
そういうことであれば、師匠の言葉を素直に聞いておこう。
なんたって星の賢者様のお言葉だもの。
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