研修

 上司とバリキャリの人がホテルを去ってしばらく、端末に連絡があった。


 その指示に従い、昨日も訪れたビルに向かう。なんでも研修は同所で行われるとのこと。おかげでピーちゃんとはしばしお別れである。一度自宅に戻り、彼の収まるケージを置いてからの出社と相成った。


 フロントで担当者の名前を告げると、あれよあれよと案内を受けて移動。


 十畳ほどの会議室に案内された。そこで入れ代わり立ち代わり、同所に勤めていると思しき人たちから、お勤めに伴う様々な説明を受けた。勤怠管理の方法から始まって服務規程、各種アカウントの発行や今後の予定に至るまで。


 ちなみに研修生は自分一人だった。


 おかげで居眠りをすることもできずに苦労した。


 気になる勤め先のお名前は、内閣府超常現象対策局とのこと。庁下の組織ではなく内閣府直下だった。ただし、対外的には存在していない局とのことで、局外に口外することは厳禁だと固く言われた。言ったところで信じてもらえないだろうとも。


 しかし、その場合だと対外的な身分に困るので、内閣府の外局から国家公安委員会の管轄として、警察庁の名刺を頂戴した。局外の人間にはそちらの名刺で名乗るように、との指示を受けた。


 部署的には同庁の内部部局の刑事局。星崎さんが上司のことを課長と呼んでいたのは、阿久津さんが同局における課長職に当たる肩書で普段は通しているかららしい。ちなみに我々の身分は巡査部長とのことである。


 バリキャリの人が拳銃を携帯していたのも納得である。


 場末の商社から警察に転職とか、知り合いが聞いたら驚きそうだ。お給料的には危険手当を筆頭とした各種手当を抜きにしても、大幅なアップである。これで向こうしばらく、仕入れに困ることもなさそうである。


 そうなると気になってくるのが待遇だ。


 能力者は他の職員とは異なり、毎日決まった時間に出社する必要はないと言われた。それというのも人によっては、他に仕事をしながら同局に勤めている方もいるそうだ。その辺りは割と自由が効くらしい。


 代わりに予定された招集には必ず応じて欲しいと言われた。


 仕事内容は多岐にわたるそうで、各能力に見合った仕事が割り振られるとのこと。人探しを専門的に行っている能力者がいれば、破壊工作を主だって行っている能力者もいるそうで、これについてはピンきりだそうな。


 そうした作戦行動への参加が主な業務だと伝えられた。


 ちなみに星崎さんは、あまり大っぴらには言えない仕事をしているそうだ。とんでもない人に目をつけられたものである。説明をしてくれた担当の方も、こちらの話を受けては同情的な眼差しであった。


 最後に支度金としてお小遣いをもらった。


 なんと百万円。


 能力によっては、発揮するのにお金が必要な方もいるとのことで、入局時に一律で支給しているらしい。また、以降の給付は現場での運用状況から上下していくとのこと。自分の場合はこれといって必要もないので、きっと今回限り。


 当面の仕入れにありがたく使わせて頂こう。クレカは限度額が近づいており、銀行の預金もカツカツだったので、とても助かった。これで次の給料日までは、十分に持たせることができそうだ。


 きっと公務員として忠義心を誘う意味でも、こちらのお小遣いは機能していることだろう。試験を受けて入ってきた人たちと比べれば、お国の為に、なんて意識も薄そうな異能力者勢である。


 そんなこんなで研修の時間は過ぎていった。


 翌日以降は端末に連絡が入るまで待機とのこと。能力の把握やら何やらは昨晩の内に星崎さんが終えていたので、オリエンテーションはこれにて終了だそうな。次に登庁を求められるのは、初仕事に際してとなるらしい。


 そんな感じで同日は過ぎていった。




◇ ◆ ◇




 自宅に戻るとピーちゃんの様子がおかしかった。


 普段であれば飼い主の帰宅の挨拶を受けて、おかえり的なお返事をしてくれる愛しき文鳥。そんな彼がまるで野生に還ったが如く、可愛らしい鳴き声を繰り返し上げていた。まるで言語を忘れてしまったかのようである。


『ぴー! ぴー!』


「ピーちゃん?」


『ぴー! ぴー!』


「…………」


 疑問に思ったところで、もしやと考えてケージの口を開ける


 仮に自身の想定が正しければ、この場で普段どおりに振る舞うことは極めて危険だ。スーツから普段着に着替えると共に、課長からもらった端末をデスクの上に放置する。そして、財布だけを手に部屋を後にした。


「ピーちゃん、お散歩にいこうか」


『ぴー! ぴー!』


 ケージから外に出たピーちゃんは、こちらの肩に乗ってきた。


 これを確認して、何気ない調子で玄関から外に出る。


 すると自宅から少し歩いた辺りで、ようやくピーちゃんが喋った。


『今日の昼間、あの部屋に人が入ってきたぞ』


「やっぱりかい……」


『なにやらゴソゴソと取り付けていたが、あれは貴様の知り合いか? そうでなければ我の存在が他所にバレると不味いと考えたのだが。もしも入らぬ心配であったのなら、付き合わせて悪いことをした』


「いいや、おかげで助かったよ。ありがとう、ピーちゃん」


『ならば良かった』


「たぶんだけれど、監視カメラや盗聴器なんかを部屋に取り付けていたんだと思う。ピーちゃんが作った土のゴーレムや、ピーちゃん自身がインターネットをする姿とか、そういったのは見られたりしてない?」


『うむ、幸いケージで眠っているところを起こされた形でな』


「それはよかった」


 タイミング的に考えて、十中八九で課長さんの指示によるものだろう。


 まさか看過できる筈がない。


「取り付けられていた場所って分かる?」


『全て覚えているぞ』


 なんて頼もしい文鳥だ。


 愛鳥との散歩の体で自宅近隣を歩き回りながら、ピーちゃんから隠しカメラの配置先を確認した。確認された設置箇所は合計で五つ。本当ならすぐにでも仕入れに行きたいところだけれど、今晩は盗聴器の取り外しを優先しよう。


 数分ほど歩いてから自宅に戻った。


 そして、ピーちゃんから確認した箇所の調査を行う。すると彼の指摘どおり、監視カメラや盗聴器と思しき機器が出てくるわ出てくるわ。指摘されなければ、まるで気づけなかった自然さで、たしかに五つその存在が確認された。


 各々電源を潰して機能の停止を確認する。


 すると直後に課長からもらった端末が震えた。ディスプレイを確認すると、阿久津との名が表示されていた。まさか偶然ではないだろう。数コールほど待って覚悟を決めた後、思い切って通話ボタンを押す。


「……はい、佐々木ですが」


『君は優秀だねぇ、佐々木君』


「…………」


 随分といきなりな語り草だ。


「課長の危惧は私も十分に分かります。ですが、自宅に監視カメラや盗聴器は勘弁してもらえませんか? こういったことが今後も続くようであれば、そちらの意向に沿った行動が難しくなります」


『すまないね、これは通過儀礼のようなものなんだ』


「……どういうことですか?」


『君は合格だよ、佐々木君』


「…………」


 いきなり合格だと言われても、何が何やらさっぱりだ。


『普通は一つ二つ見つけるのが関の山なのだけれど、まさか全て潰されるとは思わなかった。ひょろっとしている割に抜け目がないじゃないか。伊達に歳を重ねていない、ということかい?』


「切ってもいいですか?」


『いやいや、申し訳ないことをしたとは思っている。すまないことをした、ちゃんと謝罪するよ。ただ、我々の組織をよく思わない人間は多くてね。そのチェックと新人の腕試しを兼ねた試験なんだよ』


「だとすると、僕の場合はチェックになっていないのでは?」


 ボロを出す前に全て撤去してしまったぞ。


『もしも君が組織に対して敵対的な人間であれば、気付いてすぐに撤去するような真似はしないだろう。内通者を捕まえる機会は幾度かあったけれど、そういった者たちはこの試験で、すぐにボロを出すか、敢えて平然を装っていたよ』


「……そうですか」


『君は素直で優秀な人間のようだ。私としては今後とも、仲良くやっていけたらと考えている。これは決してお世辞ではない。この仕事は何も能力ばかりが全てではないからね。その点はどうか誤解しないでもらいたい』


「…………」


『能力者というと、どうしても猪突猛進な人間が多い。選民思考が強い者も多く見られる。これを管理する為にも、君のような人材は大歓迎だ。どうか私の下で、その手腕を振るってもらいたい』


「承知しました」


『ありがとう。それでは失礼する』


 一方的につらつらと語られて、上司との通話は終えられた。


 阿久津課長、これまた油断のならない人物である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る