敗退 一

 魔法少女ホームレスとの交流はさておいて、自身の日常に戻ろう。


 六畳一間の自宅スペースで、ピーちゃんと軽く打ち合わせを行う。本日もまた、異世界に行商へ向かう運びとなった。こちらの一日があちらの一ヶ月という時間差の都合上、毎日の訪問は欠かせない。


 戦地へ赴いた子爵様は、二、三週間もあれば現地まで荷を届けることができると語っていた。つまり一ヶ月もあれば、早馬で現地から彼の着任を知らせる便りが、エイトリアムの町まで第一報として届いているかも知れない。


 そういった背景も手伝い、我々もまた意気揚々と異世界入りだ。


 両手には近所のスーパーのビニール袋。


 今回の移動で持ち込む商品が雑多に詰め込まれている。


『本日は荷が少ないのだな』


「あまり沢山買い込むと、課長にバレるからね」


『あの監視カメラとやらを仕掛けた男か?』


「実行犯とは別だけど、その指示をしていた人物かな」


 最悪、課長一人ならチャームの魔法のお世話になっても悪くはない気がしている。同じ職場の人間でもあるから、月に一度くらいは顔を合わせる機会もあるだろう。その度にチャームを掛け直すことも可能だ。


 ただし、相手の社会的な地位を考えると、一度でもチャームの魔法を掛けたのなら、今後一生面倒を見続けなければならない。だからこそ、そう用意には手を出したくない。最後の手段と考えるべきだろう。


『面倒な相手なのか?』


「権力を持ってるのは間違いないよ」


 一般企業で課長と言えば、平社員に毛が生えたようなものである。大企業であったとしても、それは大差ない。しかし、中央省庁で課長と言えば、官僚である。それもあの若さで昇進したとなると、将来は高級官僚も間違いない。


 異能力の存在が些か現実味を奪うけれど、もしも彼がキャリアとして正しい道を歩んでいるのであれば、そう遠くない未来の出来事だ。だからこそ、絶対に嫌われたくない相手である。靴を舐めてでも味方ポジに収まっていたい。


 彼は他人の社会生命を、自らの手を汚すことなく操れる人物なのだ。


「それじゃあ、お願いするよピーちゃん」


『うむ』


 ピーちゃんが頷くのに応じて、足元に魔法陣が浮かび上がる。


 未だ慣れない浮遊感が全身を襲った。




◇ ◆ ◇




 世界を移った我々は、その足でハーマン商会に向かった。


 いつもどおり店先に立っていた門番的なポジションにある店員さん。彼に副店長のマルクさんを尋ねると、大慌てで応接室に招かれた。持ち込んだ商品の確認もままならぬまま、どうぞこちらへと案内された。


 なにかあったのだろうか。


 疑問に思いながら応接室まで足を運び、副店長さんと顔を合わせる。


 こちらの世界では一ヶ月ぶり。


 そこで目の当たりにした彼の表情は、まるでこの世の終わりだと言わんばかりのものであった。三年ルールの適応直前、一方的に契約の破棄を宣告された派遣社員の山崎さんが、こんな感じの顔をしていた。あれは本当に酷かった。弊社的な意味で。


「マルクさん、なにやら体調が悪そうに見えますが」


「いえ、体調はこれといって問題はありません」


「そうでしょうか?」


「ですがその、なんと申しますか……」


「ハーマン商会さんに何かあったのでしょうか?」


「いいえ、商会ではないのです」


「個人的な問題でしょうか? それでしたら突っ込んだお話を申し訳ない」


「…………」


 繰り返し問い掛けるも、副店長さんは優れない顔をするばかり。


 明確なお返事が戻らない。


 普段の彼を知っているだけに、こうした振る舞いには疑問も一入である。取り引きの場で晒すにしては、あまりにも不適当な態度だ。だからこそ、こちらも何が起こっているのか気になってしまう。


 ただ、それも続けられた言葉を耳にしては納得だ。


「……ササキさん、ミュラー子爵が討ち死にされました」


「え……」


 完全に想定外のご回答である。


 おかげですぐに返事が出てこなかった。何かを喋ろうとして、上手いこと喋れなくて、それでもどうにか相槌だけでも打とうとして、と繰り返すばかり。やがて、絞り出すようにして出てきた言葉は、碌に意味も伴わない呟きである。


「それはまた、なんと申しますか……」


 後方から補給と築城の手伝いを行うだけではなかったのだろうか。兵も碌に連れて行かなかったと記憶している。それがどうして討ち死にするような状況にまで至ってしまったのだろう。後方部隊が被害を受けるほど、この国は劣勢なのだろうか。


 肩の上では小さくピクリと、ピーちゃんの震える気配が感じられた。




◇ ◆ ◇




 副店長のマルクさんから、ミュラー子爵について詳しい話を伺った。


 どうやらこちらの考えたとおり、戦況は常に隣国、マーゲン帝国の優勢で進み、一方的であったのだとか。おかげで後方で支援にあたっていた子爵様の下まで、敵兵の侵攻を許してしまったのだという。


 この様子では我々が用意した兵糧も、隣国に奪われてしまったことだろう。


 副店長さんが知らせを受けたのは、つい数日前らしい。


 遺体こそ見つかっていないが、生存は絶望的だという。ちなみにこうした一連の情報を伝えたのは、ミュラー子爵と同じ後方部隊に忍ばせていた、ハーマン商会の使いの者だと言う。命辛がら早馬で戻ってきたのだそうな。


「これはとんでもないことになりそうですね……」


「ササキさんの仰るとおり、町は大混乱となるでしょう」


 今はまだ町の皆々には、子爵様の死は伏せられているそうだ。情報を伝えたのはミュラー子爵家のみとのこと。けれど、前線のみならず後方部隊まで瓦解したとあれば、情報が漏れるのは時間の問題である。


 恐らく他の組織も、副店長さんと似たようなことをしているだろうし。


「お城の様子はどうなのでしょうか?」


「それが城では、この後に及んでお家の跡目争いが始まりまして」


「この状況でですか?」


「ええまあ、ヘルツ王国らしいとい言いますか……」


「…………」


 これには副店長さんも申し訳なさそうなお顔である。


 ミュラー子爵ご本人こそ人格者であったと思うけれど、身内に関してはそうでもなかったようだ。もしくはそうせざるを得ない状況が発生しているのか。いずれにせよ、ご実家は一枚岩ではないようである。


 おかげで町のお先は真っ暗だ。


 ピーちゃんの反応も気になるので、この場は時間をもらって、二人で作戦会議を行うべきだろう。自分はそれほど親しい間柄でもないから、あまりショックは大きくない。しかし、彼はどうだか分からない。


 少なからず子爵様に面識があるような語り草であった。


「すみませんが、少しお時間を頂いてもよろしいでしょうか?」


「それなのですが、実はお城から呼び出されておりまして……」


「え、まさか私もですか?」


「ミュラー子爵の執事殿からの呼び出しとなり、どうかご足労願えたらと」


「……承知しました」


 これまで良くして下さった副店長さんに迷惑を掛ける訳にもいかない。


 致し方なし、彼と共にお城へ向かう運びとなった。

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