中級魔法

 お腹が膨れた我々は、次いで魔法の練習にやって来た。


 場所は以前と変わらずだ。活動の拠点であるエイトリアムの町が所在する草原地帯と、これに隣接した森林地帯。両者の境目辺りを練習場として利用している。町からはそれなりに離れている為、これといって人と出会うこともない。


 前に訪れた際と同様、ブツブツと呪文を繰り返し唱えては、新しい魔法の習得に躍起となっている。こちらの世界のみならず、あちらの世界でも呪文の暗記には余念がない。スキマ時間を活用して頑張っている。


 そうした努力が実ったのだろう、同日、中級魔法を使うことができた。


『……本当にこの短期間で中級魔法を習得するとは思わなかった』


「ピーちゃんが譲ってくれた魔力のおかげじゃないかな?」


『いいや、魔力という障壁はたしかに存在しているが、そうだとしても大したものだ。この世界の一般的な魔法使いは、中級魔法を習得するまでに十年近い歳月を要する。それを僅か数週間の修練で達するとは異例だ』


「そこまで褒められると逆に恐ろしいんだけれど」


 どのような魔法かと言うと、雷撃を放つ魔法だ。


 手元の魔法陣から、ピシ、バリバリっと。


 これが随分と強力で、目にも留まらぬ勢いで放たれたかと思えば、対象に着弾して炸裂する。通電のみならず、最後に直撃部位を激しく抉る。つまり正しく目標を設定すれば、ほぼ確実に対象を死傷可能なのだ。


 近くに生えていた木に対して、試しに一発撃ち放ってみたところ、樹木はいとも簡単に根本からへし折れた。直撃地点は焼け焦げており、ぷすぷすと煙を上げている。なんて恐ろしい魔法だろう。


『一定以上の障壁があれば、無効化することは容易だ』


「……なるほど」


 ピーちゃん的には、そこまで恐れる魔法でもないらしい。


 肩に乗った文鳥のことが、少しだけ恐ろしいと思ってしまったよ。その矛先が自身に向かうとは決して思わない。けれど、同じ魔法を使う人がこの世界に存在している可能性は非常に高い。なるべく早めに障壁魔法とやらを覚えたいと思った。


 っていうか、今の口振りからすると必須でしょう。


 魔法使い同士の争いだと。


 避けるのではなく無効化という対処法が与えられた点から鑑みるに、こちらの世界における魔法とは、割と真っ向からの力量勝負と思われる。お互いにお互いの魔法を無効化しつつ、如何に自身の魔法を有効打とするか、みたいな。


 今し方に確認した雷撃の威力的に考えて、警察の備品を持ち込んだ程度では、これを圧倒することは難しそうだ。仮に現代の武器が手に入ったとしても、生半可な装備では、魔法の前には意味を為しそうにない。


「なんていうか、中級魔法って凄いんだね」


『今の魔法では中級魔法でもかなり初級に近しい魔法だ』


「え……」


『中級魔法と一口に言っても非常に幅が広い。初級、中級、上級という大雑把な区分となっている手前、それぞれの区分においても上下が存在している。中級でも上位の魔法となれば、かなりの威力を誇る』


「…………」


 ピーちゃんがかなりの威力と言うのだから、きっと相当なものだろう。


 個人的にはそうした危ない魔法よりも、瞬間移動の魔法を習得したい。しかし、こちらも継続して練習しているのだけれど、未だに使える兆しが見えない。上級の更に上という扱いは、決して伊達ではないようだ。


『ついでに言うと上級以上は才能の世界だ。どれだけ努力しようとも、使えない者は使えない。これは保有する魔力量の問題となる。貴様の場合はその制限がない。努力すれば努力しただけ報われることだろう』


「ピーちゃん、僕は上級魔法を覚えるのが恐ろしいよ」


『なんだ、やはり覚えるつもりでいるんだな?』


「…………」


 おぉっと、卑しい驕りを見事に見破られてしまったぞ。


 恐ろしいとは言いつつも、覚えてみたいとは考えていた。


『気にするな、人とはそういう生き物だ。我もそうであった』


「……そうなのかな?」


『第一、躊躇していられないのが貴様の置かれた身の上だろう? 我が共にいれば守ってやることもできるが、別々に行動していたのではそうもいかない。上級魔法を覚えれば、向こうでも安心して暮らせるぞ』


「そうだったね」


 いつの間にか魔法の練習が死活問題になっている。




◇ ◆ ◇




 翌日、町のお宿で惰眠を貪っていると、副店長さんがやってきた。


 なんでも子爵様の下へ一緒に来て欲しいとのこと。先日納品させてもらったトランシーバーを献上に向かいたいという話であった。そういうことであればと、手早く支度をしていつぞやのお城に向かう。


 道中は彼が馬車を用意してくれた。


 出不精な現代人としては、その心遣いが非常に嬉しい。


 城内では以前の謁見も手伝い、これといって怪しまれることなく子爵様の下まで通された。前は謁見の間的なスペースでのご挨拶であったけれど、本日は応接室を思わせる部屋に通されてのやり取りである。


「なるほど、たしかにこの箱から声が聞こえてくるな……」


 子爵様には既に副店長から話がいっていたようだ。


 恐らく自分が魔法の練習をしていた間に、こちらまで足を運んでいたのだろう。日本での出来事を受けて中級魔法の習得を優先した為、商品に関するやり取りについては、丸っと副店長さんにお任せしてしまっていた。


 自身が直接届ける必要はないと考えていたのだけれど。


「こちらの商品についてですが、我々ハーマン商会としましては、ミュラー爵様にこそ納めるべきと考えております。下手な相手に売ったのでは、後々困ったことになるやもしれません。いかがでしょうか?」


「あぁ、その心遣いを嬉しく思う」


 副店長さんの言葉に子爵様が深く頷いて応じた。


 どうやら当面の売り先が決定したようだ。


 ミュラー子爵の手には、搬入したばかりのトランシーバーが握られている。どういった機能、用途の製品であるのか、副店長さんに協力してもらい実演していた。それが無事ご理解頂いたところである。


「ササキよ」


「はい」


「こちらのトランシーバーとやらについては、他所に回すことなく、全てを私の下に流して欲しい。燃料となる電池という金属に関しても同様だ。また、その存在についても他言無用で頼みたいのだが、できるか?」


「それは問題ありませんが……」


「商売の邪魔をするようなことを言ってしまい悪いとは思う。代わりにこちらの商品についてだが、あればあるだけ買い取ろう。価格についても、ハーマン商会が買い取った額に色を付けていい」


「承知しました。そのようにさせて頂きます」


「うむ、助かる」


 思ったよりも無線機は引き合いが強そうである。


 ただ、異世界のお財布には既に結構な額が収まっている。当面の暮らしは安泰だ。なので急いで沢山持ち込むような真似はする必要もない。ちょいちょいと小出しにして、子爵様に会う機会づくりに利用する程度で十分だろう。


「それとササキよ、私から一つ伝えておきたいことがある」


「なんでございましょうか?」


「もしかしたら、その方を頼る日が訪れるかもしれん」


「え、それは……」


「悪いが詳しい説明はできん」


「……承知しました。その際には謹んでお受け致します」


 正直、ごめんなさい、ってお伝えしたかった。


 しかし、相手はお貴族様である。まさかお断りすることなんてできない。それはたとえば社長命令のようなもの。ご本人はいい人っぽいから、断っても咎められないかも知れない。けれど、周りからどう思われるかは別問題だ。


 そんなこんなで子爵様との謁見は終えられた。


「ササキさん、子爵様が仰っていた件ですが……」


 お城からの帰り道、別れ際に副店長さんから声を掛けられた。


「あ、はい。なんでしょうか?」


「最近、隣国との関係が悪化していると噂に聞きまして」


「…………」


「備えておいた方がいいかもしれません」


 これまたとんでもない噂である。


 今このタイミングで彼が語ってみせたということは、きっとそういうことなのだろう。こちらの副店長さんはしっかりとした人だ。不確かな情報を流して相手を混乱させるような真似はしない。かなり確度の高い情報だと思われる。


 おかげで障壁魔法とやらの優先順位が跳ね上がった。


 以降、数日はピーちゃんにお願いして、身の安全を守る魔法について、色々と学ぶことになった。できれば回復魔法についても、より強力なものを覚えておきたい。ピーちゃんは自分がいれば大丈夫だと言うが、それでも不安なものは不安である。

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