急務 一
数日間にわたる魔法の練習を終えて、自宅アパートに戻ってきた。
問題の尽きない昨今、メンタルには些か不安が残るものの、異世界で手に入れた上質な睡眠と美味しいご飯のおかげで、肉体的にはかなり良いコンディションである。この調子であれば、本日も元気良く過ごせそうだ。
などと考えたのが良くなかったのだろうか、戻った直後に端末が震えた。
個人所有のものではなく、課長から受け取った一台である。
ディスプレイを確認すると、水使いの人、星崎さんの名があった。
「はい、佐々木ですが」
「今すぐに登庁してもらいたい。急ぎの仕事が入ったの」
「それは上司からの……」
「課長からの指示よ。頼んだからね?」
「……承知しました」
残念である。
星崎さんの独断専行であったら、適当に言い訳を並べて逃げようと考えていた。しかし、課長からの指示となると無視する訳にはいかない。今すぐにとのことなので、大急ぎでスーツに着替えて荷物を支度する。
「行ってくるよ、ピーちゃん」
『うむ、気をつけるといい』
しかしなんだろう、こうして送り出してくれる人がいるって素敵だ。
◇ ◆ ◇
二度目の登庁ともなれば、電車の乗り換えもスムーズである。
一直線に目的地まで向かうことができた。
本当はピーちゃんの瞬間移動の魔法のお世話になりたかったのだけれど、行き先が行き先ということも手伝い、今後は控えることにした。ただし、勤め先の目を誤魔化す手立ては、今後とも模索していきたいと思う。
「おはようございます」
電話で指示されたとおり、フロア内の会議室に向かう。
するとそこには既に百名近い人の姿があった。
ドラマなどでよく見る、何とか事件対策会議的な雰囲気だ。
ただし、これに臨む人たちは非常に個性的である。
下は十代の若者から上は六十近い老齢まで、シアター形式に並べられたテーブルに対して、老若男女が腰掛けている。髪の色も黒の他に、茶色かったり金髪だったりと非常賑やかなものだ。とてもではないが公務員とは思えない人たちである。
自分と同じようにスーツ姿も見られるが、残念ながら少数だ。
「来たか」
こちらの姿を確認して、課長が声を上げた。
彼は部屋の正面に設けられた大型のスクリーンの傍らに立っている。映し出されているのは、人の顔と思しき写真の連なりだ。バストアップに混じって、明らかに盗撮だろうと思しきものもチラホラと。
「佐々木君、こっちに来てくれ」
「あ、はい」
促されるがままに彼の隣に並ぶ。
どことなく剣呑な雰囲気を感じさせる会議室。居合わせた面々からは、ジロジロと好奇の視線が向けられる。新卒で前の勤め先に入社した直後、初めて担当のフロアを訪れたときのような感覚である。いいや、それ以上に注目されているかも。
「新しく入った佐々木君だ。今回が初仕事になるので、皆々も気にかけてあげて欲しい。能力については事前に配布した資料の通りだ。恐らくは星崎君と組むことが多くなるとは思うが、場合によっては他の者と組むこともあるだろう」
課長の口から皆々に紹介が行われた。
チラリと視線を向けられたので、自分からも一言。
「どうぞ、よろしくお願いします」
能力者的なスペックについては資料が配布されているとのことなので、これといって説明する必要はないだろう。軽くお辞儀をして挨拶は終了だ。居合わせた面々からも、これといって求められることはなかった。
「空いている席に座って欲しい」
「はい」
促されるがまま、空いた席に腰掛ける。チラチラと様子を窺うような気配は感じるが、これといって話し掛けてくる者はいなかった。
そして、こちらが椅子に座ったことを確認すると、再び正面に立った課長が口を開いた。ぐるりと部屋全体を見渡すようにしての口上である。
「佐々木君が来たので、本日集まってもらった理由を説明する」
どうやらすぐに仕事の説明に入るようだ。
皆々の意識が向かったのは正面のスクリーン。そこに並んだ写真を指し示して、彼は淡々と語り始めた。曰く、映し出されているのは、国が運営する組織への従属を拒むんだ、非正規の能力者たちなのだという。
便宜上、国に所属している能力者を正規の能力者、所属していない能力者を非正規の能力者、国が運営する組織を知らない能力者を野良の能力者として、こちらの局では扱っているらしい。
そうした非正規の能力者の間には、幾つかの組織化された仲良しグループが存在しており、その中でも比較的大きな二つのグループに所属する構成員が、スクリーンには映し出されているとのこと。
当然、局からすれば全員が摘発対象だ。常日頃から行方を追い掛けていたところ、これら二つのグループの間で、正規の能力者に対抗する為、その合併を検討する会合が開かれるとの情報が入ってきたらしい。
まさか放ってはおけないということで、この場が設けられたそうだ。
つまり自身の初めてのお仕事は、早い話が討ち入りである。
なんておっかない業務内容だろう。
怪我をした場合、ちゃんと労災はおりるのだろうか。
「……以上、質問がある者はいるか?」
一頻り喋り終えたところで、課長が居合わせた皆々を見渡して言った。
すると早々に手が上がり始める。
その中から上下スウェット姿の男性が課長から名指しされた。二十代も中頃と思しき粗暴な外見の人物だ。乱暴に染められた茶色い長髪が印象的である。処置をしてから久しいようで、根元の黒が目立ち始めてきている。
「今回の仕事ですけど、参加するのはこれで全員なんですかね?」
「実働部隊はこれで全員だ。他に非能力者の局員が数十名ほど、後方から支援に当たる予定になっているが、こちらは原則として戦闘行為には参加しない。万が一に備えて武装はしているが、当てにはしないで欲しい」
「ぶっちゃけ、いけそうなんですか?」
皆々の面前、二人の間で言葉が交わされる。
それは自身も気になっていた事柄だ。
「そのように判断したからこそ、こうして皆を集めた」
「ならいいんですけどね……」
どうやら会議室に居合わせた人たちだけで仕事に当たるらしい。能力者による争いは、単純な人数比では判断できないと思うけれど、スライドに掲載されていた写真の枚数に対して、数の上では負けている。相手は我々の二倍以上だ。
それからしばらく、課長と局員の間で質疑応答が交わされた。
気になっていた点についてはすぐに出尽くしたので、これといって自身から声を挙げることはなかった。質問の大半は現状に対する確認であって、新しい情報が上司の口から齎されることはなかった。
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