急務 二

 業務内容の説明が終わるや否や、我々は現場に駆り出された。


 移動は同局が保有する自動車だ。黒塗りのバンだ。


 複数台に別れて、現場に向かい一直線である。


 目的地は都市郊外にある廃ビルとのこと。元々はボーリング場であったらしいが、流行の終了と平成不況の波を受けて廃業。土地と建物が売りに出されるも、買い手が付かずに今の今まで放置されているらしい。


 現地に到着した我々は、課長の指示の下、各々に与えられた役割に従い現場へと散っていく。直接対決を命じられた人は正面へ、支援作業を命じられた人は物陰へ。事前に配布された地図に従っての移動である。


 そして、気になる自身はというと、あぁ、困った。


「頼りにしているぞ」


「……善処します」


 前線で水使いの人、星崎さんの支援である。


 いくらなんでもあんまりだろう。


 正面から突入する彼女のもとに向けて、その後ろから氷柱の形で水分を補給して欲しい、というのが自身に与えられた業務であった。直接的な戦闘行為は不要だと説明を受けたものの、彼女の動き次第ではどうなるか分からない。


 彼女が前に出たら前に出た分だけ、自分も前に出なければならない。


 おかげで非常に憂鬱な気分だ。


 異世界ではこうした状況に備えて、障壁の魔法の練習を繰り返した。しかしながら、未だ習得には至っていない。ピーちゃんの言葉に従えば、実用に足る障壁の魔法は中級魔法から、とのことである。初級にも存在はするが、効果は微弱との見解だった。


 何故ならば初級の障壁では、初級魔法を受け止めるのが精一杯で、相手がそれ以上の魔法を使えた場合、簡単に破られてしまうのだという。決して無意味ではないが、現場で利用するには心許ないと伝えられた。


 また、初級の魔法は障壁がなくても対処可能な場合も多く、実質的に障壁の存在が必須となる中級以上の魔法の打ち合いが発生した場合、初級の障壁は焼け石に水、というのが実情だそうだ。


 そこで最終的には、初級であってもそれなりに有用な回復魔法を優先して習得した。果たしてどちらが正解であったのか、今の自分には分からない。ただ、できることなら共に必要とすることなく済んで欲しいところだ。


『突入』


 耳に嵌めたイヤホン越し、課長の指示が届いた。


 今回の作戦は彼が指揮を執るとのこと。ただし、その所在は戦場予定の元ボーリング場から離れて、路上に停められたバンだ。現場での行動は各々の裁量に任せる的な発言をしていたので、恐らく乱戦が見込まれると考えての判断だろう。


 おかげで現地に向かう人間としては、これでもかと不安を覚える。


「行くわよ!」


「……はい」


 星崎さんの背中を追い掛ける形で、駐車場を建物に向かい駆ける。


 気分はノルマンディーに上陸する連合軍さながらだ。


 今のところ味方以外、人の姿は見受けられない。しかし、どこから何が飛んでくるとも知れないので油断は禁物だ。能力のみならず、銃器による狙撃にも注意する必要があるそうで、物陰に隠れながらの移動である。


 希望者には装備が貸し出されるとのことで、自分はこれを頂けるだけ頂いた。おかげで外見は警察の特殊部隊の人みたいになっている。まさかボディーアーマーや戦闘用ヘルメットを装着する日が来るとは思わなかった。手には防弾シールドである。


 希望者のみ貸出となっているのは、人によっては能力の都合があるからだ。ただし、大半はちゃんと身を固めている。星崎さんも本日は自分と同じような恰好をしている。違いはシールドの有無。能力を使うのに邪魔だそうな。


 聞いた話によると、過去には半袖シャツとジーンズで出動した局員が、狙撃により頭部を撃ち抜かれて死亡した事件があったそうな。その事実を研修で伝えるようになってから、装備の貸出率が跳ね上がったとかなんとか。


 その取り扱いについても、皆さん能動的に日々訓練しているらしい。


「……誰もいないわね」


「そうですね」


 裏口から侵入して、メインフロアに抜けた。


 営業を停止してから長いようで、内部はかなり荒れていた。不良の出入りも多分にあったようで、随所に落書きがしてある。空き缶やペットボトル、コンビニのビニール袋など、やたらとゴミが目に付く。ボーリングのレーンも穴だらけだ。


 しかし、局の人間以外には、誰の姿も見られない。


 もしかして早く来すぎてしまっただろうか。


 いやいや、そんな馬鹿な。


 しんと静まり返ったフロアを眺めていると、なんとも危うい気配を感じる。星崎さんも同じように考えたらしく、彼女からすぐに指示があった。回れ右をしてもと来た道を戻ろう、とのことである。


 これに自分が頷いた直後の出来事である。


『すまない、敵に捕捉されっ……』


 耳に入れたイヤホンから課長の声が届けられた。


 直後、スピーカー越しに炸裂音。


 ズドンと火薬が弾けたような音である。


「っ……」


 間髪を容れずに我々の周囲でも変化があった。


 フロアのそこかしこに散らかっていた建材の破片やボーリングの玉、放置されたピンなどが、次々と空中に浮かび上がり始めたのである。かなりの数だ。恐らく三桁近いのではなかろうか。


「まさかっ……」


 星崎さんの表情が強張った。


 いいや、彼女に限らずフロアに突入した面々の表情が、一様に変化していた。まるで万引きを咎められた学生のような、驚愕と恐怖の入り混じった面持ちである。おかげでこちらも気が気でない。


 自身と最前線に立った彼らとの間には、二、三十メートルほどの距離がある。初陣ということもあり、物陰に隠れての追従を指示されていた。しかし、それでも膝がガクブルと震えるのを抑えられない。


 事前にもらった資料には、物を浮かせるタイプの能力者はいなかった気がする。見た感じサイコキネシスというか、念動力というか、そういった類いの能力を思わせる。なかなか汎用性の高そうな代物だ。


「佐々木、逃げろっ!」


 そうかと思えば星崎さんから撤退の命令が下った。まさか能力を一度も使用せずに、彼女から撤退の命令が出るとは思わなかった。とりあえず一発殴ってから考えるタイプの人だとばかり考えていた。


 彼女たちもまた、思い思いの方向へフロア内を散っていく。


 その直後、空中に浮かんでいたあれこれが動いた。


 急に加速して、逃げ出した突入部隊に向かい飛んでいった。


 変化に気づいた面々は、大慌てで守りに入る。


 ある人は回避を試みて失敗。どうやら対象を追尾してくるようで、一度は避けたものの後ろから回り込まれていた。また、ある人は防弾シールドを構えて対抗を試みたものの、シールドごと吹き飛ばされてしまう。


 道理で重量のあるものばかり浮かんでいた訳である。しかも空を飛び回る速度は凄まじいもので、頭部に直撃を受けた人は首から上が破裂している。上手く減速を狙えた人も、身体に当たっては負傷を免れない。


 フロアに突入した局の人たちが、次々と倒れていく。


 比較的無事なのはシールドを持ち込んでいた人たちだ。


 しかし、それも時間の問題だった。重量物による体当たりは一度ではない。次から次へと持ち上がり、四方八方から繰り返し放たれる。幾度か防いでも、やがては根負けして被弾、からの滅多打ちである。


 シンプルな能力ながら非常に恐ろしい。


 ハリケーンの暴風域から逃れることができたのは、比較的出入り口に近いところにいた人たちだ。つまり自分を含めて、最前線に向かった面々を援護するべく、隅の方に控えていた人員である。恐らく距離的な制限がある能力なのだろう。


「星崎さん、水をお送りします!」


「頼んだっ!」


 その間に自身は逃げ惑う同僚に向けて、人間大の氷柱を打ち出す。


 以前よりも大きめだ。


 一本と言わずに十本、二十本と。


 彼女は手元まで到達した氷柱に指先で軽く触れる。すると氷柱は水に姿を変えて、周りをぐるりと取り囲むように壁となった。まるで水族館の水槽のように、一メートル近い厚みのある水が、星崎さんの周囲を円柱状に覆っていく。


 最中には何度か重量物がぶつかったが、水の壁に阻まれて勢いを失う。反対側に突き抜ける頃には、勢いの大半を失っている。それでも当たれば痛いだろうが、少し痣ができる程度と思われる。


 数十本にも及ぶ氷柱を送ったところで、彼女の壁は完成した。


 パッと見た感じ、一人水族館状態である。


 おもむろに魚類を流し込みたい衝動に駆られる。


「いい働きだ、佐々木っ!」


「どうもです」


 怖いのは壁に遮られて足元に落ちた重量物だが、これは忙しなく動き回ることで対応する腹積もりのようだ。水の壁に守られながら右へ左へ忙しく動き回る星崎さん。おかげで当面はハリケーンの中でも活動ができそうだった。


 しかし、そうした判断も次の瞬間には崩れた。


 なんと星崎さんの身体が、ふわりと宙に浮かび上がったのである。


「っ……」


 どうやら人体もハリケーン現象の対象となり得るようだ。

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