採用活動 三
異能力トークで暇を潰すことしばらく、我々は目的地に到着した。
共通する話題のおかげで、現役JKとも気不味くならずに済んだ。まずはこの点を喜びたいと思う。自動車に乗り込む直前までは、移動中をどうしようかと、あれこれ頭を悩ませていた次第である。
「思ったよりも時間がかかったわね」
「道路が混雑していましたから仕方がありません」
事前に与えられた資料によれば、入間市近辺とのこと。車から降りた直後、航空機の飛ぶ音が聞こえてきた。航空自衛隊の入間基地から飛び立った機体だろう。頭上に広がる青空を望むと、想像していた以上に大きな機影が確認できた。
同所を訪れたのは初めてなので、こんなに低い位置を飛ぶのかとビックリだ。
「どうしたの?」
「ああいえ、かなり近いところに航空機が見えたもので」
「あぁ……」
頷いて星崎さんもまた空を見上げる。
昼前の陽も高い時間帯、頭上に眺めるは雲一つない青空。これがなかなか心地よいものだ。都内と比べて背の高いビルも少なく、おかげで空を広く感じることができる。これで仕事がなければ、最高の気分転換だったろう。
「行くわよ」
「承知しました」
航空機を目の当たりにしても、これといって動じた様子はない。
そんな星崎さんに促されるがまま、足を動かす。
向かった先は道路を一本挟んで、界隈に校区を持つ高校だ。局からは事前に連絡が入っており、我々が学内に足を運ぶと、教頭を名乗る男性が早々案内にと現れた。名目は中央から地方へ教育現場の視察ということになっている。
おかげで相手の態度は、これでもかと仰々しいものだ。
「わざわざ遠いところお越し下さりありがとうございます。我が校は生徒の自主性に力を入れておりまして、他校と比較して自由な校風が特徴となっております。生徒たちには伸び伸びとした環境で……」
高等学校の教頭と言えば、大手企業における課長ほどの地位に相当する。中小企業ならば部長並か。それがぺこぺこと頭を下げてみせるのだから、中央省庁の肩書はなかなか大したものだ。
こんなことを考えるのは申し訳ないけれど、正直、めっちゃ気分がいい。
一度でいいから、こういう風にちやほやされてみたかった。
国家権力様々である。
四十近い自分はともかく、星崎さんはとても若々しい。そんな二人が現場で並ぶ様子は、叩き上げの準キャリを連れたキャリア女性、といった感じで映ることだろう。おかげで対外的にも、それなりに説得力を与えられそうだ。
制服を脱いでスーツを着用した彼女の判断は、きっと正しい。
肩書的にもキャリア組は警部補スタートだからドンピシャである。
「……といった形で部活動にも力を入れておりまして、あちらにある部室棟では、運動部のみならず文化部であっても、コンクールや大会などで成績を残すことを目標に、生徒たちが活動に励んでおりまして……」
教頭先生の案内を受けて、校内を見て回る。
授業時間中ということもあり、廊下は閑散としたものだ。時折、グラウンドの方から生徒の声が聞こえてくる様子が、なんとも懐かしい気持ちを与える。二十年以上前の記憶ながら、当時の光景は未だに思い出せる。
果たして星崎さんはどういった気分でこの場に臨んでいるのだろう。
彼女の場合は現役の女子高生だし。
「……昨年には吹奏楽部が県の大会で入賞を果たしました。他にも演劇部や情報処理部といった部活動では、最先端のコンピュータを取り入れた作品作りが行われており、こちらも地元のコンクールで大賞を受賞するなど……」
ところで、この教頭先生ってばめっちゃ喋る。このままだと彼の話を聞いているだけで一日が終わってしまいそうだ。校内の地図はおおよそ脳内に描けたので、以降は本格的に異能力者の確保に向けた調査に進みたい。
チラリと星崎さんに視線を向けると、小さく頷く様子が見て取れた。
先輩の許可をゲットしたところで、教頭先生のお喋りに横入り。
「色々とご説明ありがとうございます。ところで少しの間、我々だけで校内を見て回りたいと考えているのですが、許可を頂いてもよろしいでしょうか? 教頭先生が一緒ですと、生徒のみならず教員の方々も身構えてしまいますので」
「え? あ、はい。それはもう、どうぞ見て回って頂けたら……」
国家権力の賜物か、彼は素直に頷いてみせた。
「何か困ったことがありましたら、何でもおっしゃって下さい。私は職員室におりますので、いらして下さればすぐに対応させて頂きます。もしも留守でありましたら、居合わせた教員の者たちにお声掛け下さい」
「ご丁寧にありがとうございます」
「いえいえ、それでは私は失礼いたします」
恭しくも頭を下げて、教頭先生は廊下を去っていった。
これをその背中が見えなくなるまで見送ったところで、いざ現地調査を開始である。当初の目的通り、星崎さんと意識合わせを行う。さっさと終わらせて、さっさと局に戻りたい我々だ。
「どうしますか?」
「もう少し学内を見て回るわよ」
「何か気になることが?」
「最悪、戦闘になった場合への備えとしてね」
「承知しました」
意外としっかり準備を考えていらっしゃる。てっきり真正面から突っ込んで、力尽くで説得するものだとばかり想像していた。相手が彼女より下のランク、それも相性の良い能力者ともなれば尚のこと。
「……なにかしら? その顔は」
「いえ、頼りになる先輩だなぁと」
「佐々木、私のことを馬鹿にしているの?」
「そんな滅相もない」
ああだこうだと言い合いながら、校舎内を歩いていく。
するとしばらくして、何やら生徒の声が聞こえてきた。
それは校舎を外に出て、敷地内を確認している最中のことだった。授業の終了を知らせるチャイムに併せて、生徒に溢れる校内。その視線から一時的に避難しようと、歩みを校舎裏にとった先での出来事である。
「なんだよこれ? どうして五千円しか持ってきてねぇんだよ」
「ご、ごめん……」
我々の視線の先、理科室や家庭科室といった専門教室の収まる校舎の裏側で、数名の生徒が一人の生徒を囲っていた。満足に陽の光も当たらないロケーション、周囲には人気も皆無であって、悪いことをするには絶好のスポットである。
幸いこちらに気付いた様子はない。
「ごめんじゃねぇよ。おかげでこっちは予定が狂っただろうが」
「でも、お、お小遣いそんなにもらってないから……」
「だったら親の財布から抜いてくりゃいいだろうがっ!」
とても分かりやすい光景だった。
どうやらイジメの現場に出くわしてしまったようである。
責め立てられているのは、見るからに気弱そうなメガネを掛けた男子生徒。これを囲っているのは、髪を茶色に染めていたり、制服を着崩していたりと、これまたヤンチャそうな生徒たち。チラホラと女子生徒の姿も見受けられる。
いわゆる学内カーストで上位層にある生徒たちだろう。その中でも取り分け悪いことをしてそうな風貌の男子が、メガネの彼を恫喝している。他の面々はこれをニヤニヤと眺めるばかり。メガネの少年の味方はいなさそうだ。
ただ、それだけだったら、我々もそう注目することはなかっただろう。生徒の問題は学校の問題。学校の問題は教師の問題である。部外者があれこれと口を挟むような真似はすまい。下手をすれば課長に迷惑がかかる。
ただ、今回に限っては見過ごすことができなかった。
何故ならば虐められている生徒こそが、我々のターゲット。
ランクD、発火能力を保有する能力者であったから。
「佐々木、行くわよ」
「いえ、この場は控えましょう」
校舎の壁に隠れて様子を伺っている時分、早々に飛び出していこうとする血の気の多い星崎パイセン。その肩に手をおいてお伝えさせて頂く。すると彼女はこちらを振り返り、少し怖くなった顔で問うてみせた。
「何故?」
「課長からの報告書には、学内での発火現象は挙げられていませんでした。局の人たちが確認した対象による異能力の行使は、すべてが自宅の近隣、それも人目を避けるようにして、とのことです」
「それがどうかしたの?」
「こうして金銭のやり取りが発生している時点で、対象へのイジメはこれまでの期間も含めて、長期的な問題となっている可能性が高いと思われます。少なくとも昨日や今日に始まったことではないでしょう」
メガネ少年の手から、不良一派のリーダー的存在に五千円札が渡る。リーダー的存在はこれを奪うように取ると、ズボンのポケットに荒々しくも押し入れた。なんだかんだと文句を言いつつも、お金はゲットである。
「つまり、その期間中に彼の能力に発すると思しき問題が、学内から挙げられていないということは、あそこで虐められている少年が、こうした状況でも長らく堪えてきた、とういことでしょう。それならこの場で介入するのは推奨しかねます」
「……なるほど」
「対象が一人になったところで接触するべきでは?」
「わかったわ。佐々木の案を採用する」
「ありがとうございます」
そうは言っても、暴力が振るわれたらどうしようかと、少なからず心配していた。この瞬間が異能力の学内初公開となる可能性も、決して少なくはない。ただ、不良一派は取るものを取ると、早々に校舎裏から去っていった。
「ただ、そういうことなら、こっちも一つ提案があるわ」
「なんでしょうか?」
「対象との接触、交渉は私に任せて欲しいのだけれど」
「……よろしいので?」
「貴方の考えが正しいのなら、交渉はそう苦労することもないでしょう。むしろ、下手に大人が同席するよりも、私のような年齢の近い人間からアプローチを掛けたほうが、対象の心理的ハードルを下げることができる」
「ええ、その通りかと」
「この場を見届け次第、私は局が押さえたホテルに向かうわ。そこで準備を整えて、改めて対象に接触する。その間に佐々木は、彼に対するイジメについて、課長に上げる報告書でも作っておいて頂戴。局からもらった情報には記載がなかったから」
「分かりました」
不良一派の歩みは、我々が控えているのとは反対側へ向かっていった。おかげでこちらは慌てることなく、最後まで様子を確認することができた。後に残されたのは、ギュッと拳を握り、自身の足元を見つめるように俯いたメガネ少年。
これがまた心の痛む光景だ。
だからこそ、彼の自尊心が傷つくような状況は作りたくない。
老若男女、誰だって惨め姿は他者に見られたくないものだ。
それが今後、職場を共にするかもしれない相手となれば尚のこと。
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