爵位 三

 貴族の位を頂戴した同日は、宮内であれこれと手続きをして回った。


 際してはミュラー伯爵が、付きっきりで面倒を見て下さった。おかげでこれといって苦労することもなく、必要な処理を終えることができた。もしも一人で放たれていたら、即日で詰んでいたことだろう。


 王宮の廊下では、幾度となく他の貴族から難癖を付けられた。


 伯爵様が一緒でなかったら、きっと危なかった。


 おかげでミュラー伯爵から守られている感、半端なかった。


 もしも若い娘さんだったら、コロッといっていたことだろう。


 そうして一通り手続きや説明を受け終わる頃には、高いところにあった日がいつの間にやら沈んでいた。ほぼ丸一日を宮中での手続きや、貴族としての立ち回り云々的な講習で終えたことになる。


 その過程で耳に挟んだ話によれば、ピーちゃんも転生以前は伯爵の位にあったらしい。それも昇進から間もないミュラー伯爵とは異なり、かなり侯爵寄りの上位に位置する伯爵であったとのこと。


 本来なら侯爵となっていてもおかしくはなかった、とは彼のファンであるミュラー伯爵の言葉である。侯爵以上となると、その地位はヘルツ王国において絶大なもので、これをピーちゃんに与えることを拒んだ貴族一派により、昇進が遅れていたのだとか。


 謁見の前に通じる廊下に肖像画が飾られていたあたり、王族の星の賢者様に対する評価は確かなものである。それで尚も昇進が遅れたということは、王族に対して貴族が強い勢力を保っている国家だと言える。


 そう考えると先日頂戴した騎士の爵位も、使いようによっては異世界での生活に貢献してくれるかも知れない。ピーちゃんはしょっぱい顔をしていたけれど、自分は前向きに考えていこうと思う。こういうときこそ、彼とは分担して上手くやっていきたいものだ。


 そんなこんなで同日は王宮の客間で一泊。


 翌日にはエイトリアムの町に戻る運びと相成った。


 ただし、ミュラー伯爵は首都に居残りである。星の賢者様の魔法で消失したマーゲン帝国の軍勢について、近い内に現地から連絡が入ることとなる。それに先んじて色々と、宮中で動いておきたいとの話であった。


 ピーちゃんの活躍については、上手く誤魔化しておいて下さるとのこと。こちらからは伯爵の手柄にして下さって結構ですよとお伝えしておいた。その方が星の賢者様云々と話題に上がるより、余程のこと安心できる。


 そうした経緯もあり、帰路は自分とピーちゃんの二人だけだ。


 瞬間移動の魔法のお世話になり、ホームタウンまで戻ってきた。


 ミュラー子爵改め、ミュラー伯爵が治めるエイトリアムの町である。


 ちなみに伯爵となったことで、彼は王宮内に新しく仕事ができたそうだ。仕事とは言ってもご褒美昇進なので、肩書と年金を与えられただけだろう、とは本人の談である。けれど、それもこれも次代に継ぐことができるのだから、なかなか大したものだと思う。


 この辺りは自身も知っている御恩と奉公の関係だ。


「少し離れていただけなのに、随分と久しぶりな気がするよ」


『色々とあったからだろうな』


 帰宅先は普段から利用しているセレブお宿である。


 王宮の客間と比較すると見劣りするけれど、それでも自宅アパートと比較したら、段違いに立派な一室だ。向こう半年分は既に宿泊費を支払い済みなので、ほとんど賃貸住宅的な感覚から利用している。


 そのリビングスペースで、ソファーに腰を落ち着けて寛いでいる。


「ミュラー伯爵が町に戻ってくるまでは一休みしよう」


『そうするのがよかろう。今回は我も少しばかり疲れた』


「あの魔族の人との喧嘩が原因かい?」


『そんなところだ』


 首都アレストでは今頃、ミュラー伯爵の昇進を祝うパーティーが開かれていることだろう。昨日には我々も誘いを受けた。ただ、丁重にお断りさせて頂いた。自身の身の上を思えば、他所の貴族から絡まれて苦労するのが目に見えている。


 帰宅を急いだのは、そうした騒動から逃れる為でもあった。


 ほとぼりが冷めるまで、しばらくはエイトリアムの町に引きこもって過ごそうと考えている。再び首都へ足を運ぶにしても、それは戦争の騒動が収まってからだ。隣国の兵が大敗したことで、まず間違いなく宮中では一悶着あるだろう。


 考えただけでも恐ろしい。


 ピーちゃんも絶対に近づくなと言っていた。


「あの紫の人、改めてピーちゃんを攻めてきたりしないかね?」


『十分に言って利かせた。馬鹿ではないので大丈夫だろう』


「本当に?」


『それに貴様が一緒なら、今回のように苦労することもない』


「なるほど」


 こちらの身体を通じて魔法を行使する的な話を以前、彼から受けた覚えがある。肩に止まっていることが大切なのだそうな。そうすることによって、世界を渡る魔法を筆頭とした、より高度な魔法が使えるようになるそうだ。


「その為にも早い内に空を飛ぶ魔法を覚えないと」


『たしかにアレがないと不便だな。今回の件を受けて我も思った』


「早速だけれど、明日から練習させてもらえないかな?」


『ああ、そうするとしよう』


 何はともあれマーゲン帝国との戦争騒動は一件落着の兆しである。




◇ ◆ ◇




 翌日以降、生活習慣は以前のものに戻った。


 少し遅めの起床から、お宿のダイニングスペースで朝食兼昼食。然る後に町を出発して魔法の練習に励む。日が暮れ始めたら町に戻り、シェフの人のところで晩御飯を頂く。夜は近所の酒場に飲みに行ったり、セレブお宿のリビングでピーちゃんと戯れたり。


 宮中で覚えたボードゲームがエイトリアムの町でも売られていたので、これで彼に挑んだところ、ボッコボコにされた。めっちゃ悔しかった。何回やっても一度も勝てなかった。少しくらい手を抜いてくれてもいいと思う。


 副店長さんの下も何度か訪れてみたが、いずれともお店を留守にしていて、お会いすることはできなかった。以前お伝えした戦況やマルクス王子の生死その他諸々、隣国との一件に関する情報を巡って、忙しく仕事に精を出しているのだろう。


 首都のお店にいる店長さんに手紙を渡した旨だけ、従業員の人に伝言を頼んでおいた。


 そうした生活を続けること数日ほど、努力の甲斐もあって飛行魔法を身につけることができた。ピーちゃんが以前に語っていた通り、練習中には何度か墜落して死にそうになった。それでも研鑽を続けると、ある程度はまともに飛べるようになった。


 飛行魔法は初級に位置する魔法で、行使そのものは簡単だった。


 しかし一方で速度を出したり、上手いこと進路を取るには時間が必要だった。なので習得が即座に練習終了とはならなかった。実用に足るレベルで空を飛ぶ為には、かなりの時間が掛かってしまった。


 あまり燃費がいい魔法ではないらしく、一般的には保有する魔力の都合から、延々と飛び回り続けることは困難らしい。もって小一時間ほどが関の山だと教えてもらった。おかげで普通なら練習をするのにも、結構な時間が掛かるのだとか。


 しかし、そこはピーちゃんから頂戴した魔力のおかげもあって、燃料切れの心配がない自身の飛行魔法の練習事情である。その気になれば一晩中であっても、延々と飛び続けていられるのではなかろうか。


 ただ、連日にわたって飛行魔法に感けていたおかげで、他の魔法については習得が遅れている。当然、瞬間移動の魔法も未だに習得の兆しは見えてこない。やはり、上級魔法という区分については、かなり時間を要するようである。


 できれば雷撃魔法の他に、攻撃の手立てを増やしておきたかったのだけれど、こちらについても次回以降に持ち越しである。それでも飛行魔法を得たことで、逃げ足が改善されたのは大きな一歩だろう。


 今回覚えた飛行魔法と、前回覚えた中級の障壁魔法を利用すれば、ハリケーン異能力の人からも安全に逃げることができそうだ。最悪、星崎さんを抱えて現場を脱出することも可能だと思われる。


「さて、それじゃあ戻ろうか」


『うむ』


「次に戻ってくるのは、こっちだと一ヶ月後になるのかな?」


『それくらい経てば、マーゲン帝国との件も多少は落ち着いているだろう』


「そうだね」


 ピーちゃんにお願いして、久方ぶりに自宅アパートまで帰還である。

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