第三章 異能力と魔法少女

採用活動 一

 世界を渡った直後、我々はふと違和感を覚えた。


 当初の予定では、こちらの世界における一日弱に相当する期間を、あちらの世界で過ごした感覚でいた。それが戻ってきた直後、ノートパソコンの時計を確認すると、なんと既に五日が経過しているではないか。


 翌日には出庁日が迫っている。


 つまり、誤差を考慮しても当初考えていたより、時間の流れが数倍早い。


「ピーちゃん、これはどうしたことだろう」


『ふむ……』


 二人してデスクの上、画面隅の時計を覗き込んで頭を悩ませる。


 タイムゾーンを確認したり、端末の時間をNTPサーバと同期させてみたり、色々と確認を行ってみるも、これといって変化は見られなかった。事実として五日が過ぎてしまっているようである。


 目覚まし時計が鳴らずに、布団の中で遅刻の確定を知った気分だ。しかも、そういう時に限って、朝一で重要な会議とか入っていたりするのだ。ただし、今回に限ってはギリギリセーフ。辛うじて一日の猶予がある。


 課長からもこれといって連絡は入っていなかった。


 大雑把に試算すると、こちらの世界における一日が、あちらの世界の五日前後。つまり、これまで一時間あれば丸一日ステイできていた異世界バカンスが、今後は五時間くらい必要、ということになる。


 これは由々しき事態だ。


『どうやら世界間における時間の歪みは一定ではないようだな』


「早めに気づけて良かったと喜ぶべきなのかな?」


『うむ、可能であれば規則性を確認したいところだ』


「そうだね」


『果たして何が影響しているのか……』


 向こうしばらくはこまめに行き来して、データを取るように心がけよう。


 一日や二日の相違であれば許容できる。しかし、これが数ヶ月、あるいは数年といった期間にまで及んだら大変だ。万が一にも天文学的な値となって返ってきた日には、世界を渡った瞬間に周囲の環境変化から絶命しかねない。


 戻ってきたら地球が寿命を迎えていた、とか笑えないもの。


『当面の最重要課題としよう』


「記録を取るための端末を用意しようと思うんだけど」


 夏と冬で日照時間が移り変わるように、二つの世界で流れる時間の関係も一定ではないのだろう。そして、星々の軌道を計算するのが極めて煩雑であることを思えば、仮に近似であっても、その規則性を導くことは大変な作業と考えられる。


 まさかちまちま手作業で計算、検討してはいられない。


『もしや、新しいノートパソコンを仕入れるつもりか?』


「小さめでバッテリーの持ちがいいやつを買ってくるよ」


『それなら衝撃に強いやつだと安心できる』


「あぁ、たしかにそのとおりだね」


『あれは素晴らしい道具だ。ワクワクする』


 身体を上下にヒョコヒョコさせながら語ってみせる様子が可愛い。


 とても文鳥っぽくてグッきた。


 そうした愛らしい姿を晒してみせる一方で、コンピュータやインターネットに触れて僅か数週間ながら、既にその利便性を理解しているから驚きである。この調子で現代に適応していったのなら、近いうちにプログラムとか組み始めるのではなかろうか。


 そう考えると、なんだかちょっと恐ろしい気がしないでもない。


「明日から仕事なんで、これからでも行ってくるけど構わない?」


『うむ、気をつけていくといい』


「ありがとう、ピーちゃん」


『なるべくいいやつを買ってきて欲しい』


「わかったよ」


『めもり、というのが多いと、使い勝手がいいと聞いた』


「大丈夫だよ。ちゃんとメモリが沢山乗ってるのを買ってくるから」


『しーぴーゆー、というのが早いと、使い勝手がいいと……』


「安心して、ピーちゃん。早くて便利なの買ってくるから」


『……頼んだぞ』


 めちゃくちゃ付いていきたそうな顔をしている。


 でも、連れてはいけない。


 ごめんよ、ピーちゃん。


 そんなこんなで本日の予定が決定である。秋葉原界隈まで出向いて、異世界専用のマシンを購入だ。充電の度に世界を移動するのも面倒なので、大きめのモバイルバッテリーと太陽発電用のパネルも併せて買い込もう。


 当面はあちらのセレブお宿に設置して、我々のワークステーションにしたい。




◇ ◆ ◇




 現代日本に戻った翌日、新米公務員は一週間の休みを終えて登庁した。


 昨日、都内の電気街で買い込んだ端末一式については、今晩にでも異世界に運び込む予定である。昨晩はソフトウェアのセットアップに掛かりっきりで、設置まで作業を進めることができなかったのだ。


 MATLABのインストールとか、大学の研究室以来である。


 他にも色々と入れたし、きっとピーちゃんも満足してくれることだろう。


 あちらの世界にはインターネットが通じていないから、こればかりは自宅アパートで行う他にない。如何に星の賢者様であっても、世界を跨いでアクセスポイントを設置するような真似は不可能だと言っていた。


 そんなこんなで局を訪れると、早々に阿久津課長から声が掛かった。


 星崎さんと一緒に会議室まで呼び出された次第である。


 四角いテーブルの周りに椅子が六つほど配置された手狭い会議室でのこと。三者面談的な配置で一辺に課長、その対面に自分と星崎さんとが並んでいる。課長の手元にはノートパソコン。そこから映像が壁掛けのディスプレイに出力されている。


 画面に映し出されているのは、盗撮と思しき数枚の写真である。


 被写体は十代と思しき少年だ。


 写真の横にはテキストで、彼に関する諸情報が記載されている。なんでも埼玉県在住の高校生とのこと。ここ最近、こちらの少年の周りで異能力が原因と思しき怪奇現象が、度々発生しているというお話だった。


 調査の結果、異能力者であることは確定。同時にこれといって、他の能力者と関わりを持っている様子は見受けられず。そこで局としては、少年を野良の能力者と判定して、身柄の確保に乗り出した、という訳だそうな。


「発火能力とは、これまた危なっかしいですね」


「調査部隊から挙がってきた情報によれば、扱える炎の規模は小型の火炎放射器ほどという話だ。水を扱える星崎君との相性は、決して悪くないと言える。君が生み出した水で盾を作れば容易に防げるだろう」


 こちらの寸感に課長は淡々と答えてみせる。


 応じる星崎さんも慣れたものだ。


「たしかに私こそ適役のようね」


「サクッと勧誘してきてくれたまえ」


 相変わらず好戦的な姿勢である。


 同伴が確定している水源役としては、もう少しこう、なんというか、身の回りの安全について検討を重ねてからでも遅くないと思うのだけれど、そこのところどうだろう。火炎放射器ほどの炎とか、とんでもなく危険な代物だ。


「課長は随分と簡単におっしゃいますね」


「なんだね? 佐々木君」


 以前から伝えられていた能力者の勧誘のお仕事。その第一弾が、こちらのディスプレイに表示された発火少年。扱える能力的に考えて、星崎さんをチョイスしたことには異論もない。ただ、やっぱりどうしても不安だ。


「もう少しばかり、慎重に検討してもよろしいのではないかと」


「調査結果に従えば、能力者としてのランクはそう高くない」


「それはそうですが、星崎さんは若い女性ですよ? 万が一にも顔に火傷など負った日には大変なことじゃないですか。あぁ、そう言えば以前から気になっていたんですが、身体を癒す異能力とかあるんでしょうか?」


 少年の異能力者としてのランクはEと記載されている。


 自分と同じだ。


 どうやら炎を出す程度では、優秀な異能力者とは言えないようである。そう考えると先週の現場で出会った和服のロリっ娘は、何故にランクAなのだろう。たしかに圧倒的な身体能力を誇っていたけれど、それだけで要注意ランクになるとは思えない。


 個人的にはハリケーンの人のほうが、余程のこと脅威だと感じた。


「肉体を治癒する異能力は存在する。ただし、非常に貴重なものだ。ランクの上で言えば、実用的な能力者の大半はB以上となる。また、星崎君を庇うのは結構だが、その場合は君一人で行ってもらうことになる」


「課長の言う通り、チームで協力してこその局員ですね」


「佐々木って真面目そうに見えて、割と適当なところあるわよね」


 隣から星崎さんの視線を感じる。


 これといって気にした様子もない彼女は、当初から現場に向かう気も満々だ。これといって慌てた様子もなく、淡々とディスプレイに映し出された情報を確認していた。きっと真正面から争っても打倒する自信があるのだろう。


 気の強いJKである。


 化粧を重ねたスーツ姿だと、威厳も三割増し。


「最悪、拳銃一つで片がつく。大した仕事ではないだろう」


「え、それってもしかして、あの……」


「現場の判断は星崎君に一任する。佐々木君は彼女を支えて欲しい」


「……承知しました」


「それじゃあ行くわよ、佐々木」


 課長からゴーサインが出たところで、我先にと席を立つ星崎さん。


 これに促される形で、自身もまた会議室を後にした。

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