王宮 二

 お城を訪れた直後、マルクス王子の姿を目の当たりにした人たちの反応は顕著であった。どうやら彼の戦死はご実家まで伝わっていたようである。おかげでその存命を受けては、てんやわんやの大騒ぎとなった。


 ミュラー子爵のところでも似たような騒動となったが、その比ではなかった。


 まさか得体の知れない平民には構っていられる筈もなく、我々は殿下に促されるがまま、お城の客間に案内されて、しばしの自由時間と相成った。何か困ったことがあったら、部屋に控えているメイドに言ってくれ、とのこと。


 殿下は子爵様を連れて、忙しそうにどこへとも去っていった。


 おかげで暇になってしまった我々だ。


「ピーちゃん、これからどうしよう」


『一つ助言するなら、城内を歩きまわる避けたほうがいい』


 そして、これが宮仕えで暗殺された人物の言葉である。


 絶対に一人では部屋の外に出ないようにしよう。


 ミュラー子爵のお城であっても、そこかしこで警備に当たる騎士の人に睨まれていた。城主である彼と一緒であっても、その視線が緩むことはなかった。これが王城ともなれば、どうなってしまうのか、想像しただけで恐ろしい。


 感覚的には難易度ハードのアクションゲーム。


 小さな操作ミス一つで、残機ゼロの機体はゲームオーバー必至である。


「そうなると部屋の中で暇を潰すことになるね」


『うむ、それがいい』


 幸い通された客間は、非常に豪勢な作りの一室である。


 これまでエイトリアムの町で寝泊まりしていたセレブお宿も豪華ではあったけれど、ここはそれ以上にお金が掛かっている。まず広さからして、倍以上あるから驚きだ。並べられている調度品も、高価そうなものばかりである。


 腰掛けているソファーも大変柔らかくて、お尻に吸い付くかのようだ。ルームサービスについては、ピーちゃんの為にわざわざ止まり木まで用意して下さる気遣いっぷり。おかげで彼のポジションは、ソファーテーブルの上に設けられた特設ステージ。


 どうせ泊まっても一晩の宿である。それならこちらの部屋を満喫するのも悪くない気がする。トイレやお風呂もちゃんと併設されており、ピーちゃんの助言どおり、部屋から出ることなく快適に過ごすことができる。


 そうこうしていると部屋のドアがノックされた。


 声を上げて頷いて応じると、姿を現したのは一人のメイドさん。十代中頃ほどと思しき容姿端麗な女性である。青い瞳とブロンドのショートヘアが印象的な女性だ。丈の短いスカートを着用しており、太ももが丸見えだ。おっぱいも大きい。


「失礼いたします。お飲み物をお持ちしました」


 彼女は手にしたお盆から、飲み物の入ったグラスを我々の下に用意してくれた。際しては文鳥でも飲みやすいように工夫された、縦長の水飲みまで添えてのこと。望めば何でも出てきそうな雰囲気を感じるぞ。


「ありがとうございます」


「他に何かございましたら、なんでも仰って下さい」


「そうですね……」


 せっかくだし何か頼んでみようか。


 暇つぶしの道具とか欲しい。


「ボードゲームなどあると嬉しいのですが」


「承知しました。すぐにお持ちさせて頂きます」


「よろしくお願いします」


 ミュラー子爵やマルクス王子がいつ戻ってくるとも知れない。


 半日くらいはどっしりと構えて、異世界のゲームに浸かろうと思う。




◇ ◆ ◇




 しばらく待っていると、部屋にメイドさんが戻ってきた。


 出て行った時とは異なり、他に人が一緒である。同じくメイド服に身を包んだ女性だ。ただし、彼女と比較して一回りほど歳を重ねており、三十代も中頃ほどと思われる。自分と大差ない年頃の人物だ。


 腰下まで伸びた艷やかなブロンドの髪が印象的な、おっとりとした面持ちの方である。身に付けているメイド服も、年齢を加味した上でなのか、膝下までを覆うロングスカートの上、胸元の露出も控えめとなっている。


「ゲームを幾つかお持ちしました」


 若い方のメイドさんの言葉通り、彼女たちの手には木箱のようなものが幾つか見受けられる。一人では持てない分を一緒になって持ってきてくれたのだろう。他にも仕事はあるだろうに、忙しいところありがたい限りだ。


「お手数をすみません」


 ピーちゃんの止まり木の傍ら、卓上にゲームが収まっていると思しき木箱が積み上げられる。現代のそれと比較して装飾に乏しいパッケージは、ひと目見ただけではどういったゲームか判断がつかない。


 そうしたこちらの心中を理解してか、若いメイドさんから言葉が続けられた。


「もしよろしければ、ご説明とお相手を勤めさせて頂けませんか?」


「よろしいのでしょうか?」


「その為に人数を揃えてまいりました」


「なるほど、そういうことであれば是非お願いします」


 一人増えたのはゲームの都合もあってのことらしい。なんて行き届いたルームサービスだろう。一人より二人、二人より三人。人数が多い方がゲームの幅が広がるというのは、アナログゲーム経験者としても納得の行くものだ。


 それに当面、こちらはルールを覚えながらのプレイとなる。


 二人用のゲームであっても、サポート役が一緒だと非常に心強い。


「失礼してもよろしいでしょうか?」


「ぜひお願いします」


 年配のメイドさんが自分の隣に座った。対面には当初から部屋付きとして顔を合わせている年若い彼女が腰を下ろす。個人的には逆だと嬉しかったのだけれど、こればかりは仕方があるまい。


『ピー! ピー! ピー!』


 なんだろう、急にピーちゃんが鳴き始めた。


 こちらを見て、何かを訴えかけるように鳴いている。


 もしかして混ざりたいのだろうか。


 そういうことなら彼女たちが部屋を去った後、二人で楽しむことにしよう。星の賢者様などという大層な名前で呼ばれている彼のことだ、きっとこの手のゲームも上手であるに違いあるまい。


「それでは私が一緒に遊んでご説明をさせて頂きます」


「どうぞよろしくお願いします」


 お年を召したメイドさんからお声掛けを頂戴した。


 そうこうしているうちに、もう一人のお若いメイドさんの手により、ゲームの盤面が用意される。この手の遊びには慣れているのか、ローテーブルの上にはあっという間に、板やら駒やらが並べられていった。


 ピーちゃんと止まり木はその脇に移動である。


「それでは始めさせて頂きます」


 若い方のメイドさんが挨拶と共に、手元の駒を動かし始める。


 二人で対戦する将棋のようなゲームらしい。


 隣に付いたお年を召したメイドさんが、逐一遊び方を解説をしてくれる。この場合はどういった規則があるだとか、どのように動くと得をするだとか。ビデオゲームのチュートリアル的な流れである。


 一通り説明が終えられたのなら、以降は繰り返しゲームを遊んだ。


「ところでお客様は、この国の方ではないとお聞きしましたが……」


「ええまあ、他所の大陸からやってまいりました」


「失礼ですが、そのお顔立ちも他所の大陸由来となるのでしょうか?」


「そうなります。やっぱり変でしょうか?」


「滅相もない、決してそのようなことはありません」


 ボードゲームを楽しんでいる最中、隣に付いたお年を召した方のメイドさんからは、色々と質問を受けた。こちらの姿格好が珍しいのだろう。肌は黄色いし、顔も皆さんと比べて平坦だしと、造形が違うから気になったに違いあるまい。


「こちらの国を訪れてからは長いのでしょうか?」


「いいえ、まだ一年と経っておりません。こちらの大陸には船の難破が原因で流れ着きました。最初に訪れたのがミュラー子爵の治める町になります。おかげで身の回りには分からないことばかりです。こちらのゲームも初めて目にしました」


「そうなのですね。あ、そこは駒が動かせませんよ」


「おっと、これは失礼しました」


 それからしばらく、我々は異世界のアナログゲームを楽しんだ。


 時間にして二、三時間ほどだろうか。高級感溢れるお城の客間で、メイドさんたちと他愛ない会話をしながら過ごす穏やかな時間は、なかなか悪くないものであった。遊戯の最中に頂いたお菓子やお茶も、とても美味しかった。


 もしも同じようなことを現代日本で楽しもうとしたら、最低でも数万円は掛かるに違いない。女性の人件費代だけで結構な額になりそうだ。だからだろうか、根拠は定かでないけれど、こうしてお城にお招きを受けた上での元を取った感じがする。


 やがて、メイドさんたちが撤収するのに合わせて、部屋には晩ご飯が運び込まれた。エイトリアムの町のセレブお宿や、シェフの人のところで食べる料理にも増して、非常に豪華な献立であった。ピーちゃんにも専用のお肉たっぷりメニューが用意されていた。


 きっとミュラー子爵やマルクス王子が言伝して下さったのだろう。


 おかげで食事はとても楽しいものになった。


 しかし同日、彼らとは一度も顔を合わせることがないまま、時間は過ぎていった。これといって話すこともないので、問題ないと言えば問題ないのだけれど、一方的に誘われて宿泊している手前、なんとも手持ち無沙汰なものである。


 きっと事後処理的な仕事で忙しいのだろう。


 そうして気付けば夜も更けて、そろそろ床に就こうかという頃合い。


 就寝前のピーちゃんとのトークタイムでのこと。


「そういえば部屋でゲームを始めた時、ピーちゃん妙に鳴いてたよね」


『……そうだな』


「もしかして一緒にやりたかったとか?」


『いいや、今となっては気にしても仕方がないことだ』


「そうなの?」


『ああ、貴様が気にすることはない。それよりもそろそろ寝よう』


「まあ、ピーちゃんがそういうのなら、こっちは構わないけれど……」


 なんとも歯切れの悪いお返事である。


 ただ、彼が気にするなというのであれば、素直に受け入れておこう。これでお城の事情については人一倍詳しいだろう星の賢者様である。わざわざ要らぬ情報を耳に入れて、不安を抱えることもない。

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