王宮 一
宴会の席から一晩が経って翌日、我々は子爵様のお城の応接室に集まっていた。
メンバーは自分とピーちゃんの他に、ミュラー子爵とマルクス王子の四名だ。部屋には他に人の姿も見受けられない。窓には分厚い遮光カーテンが掛けられており、室内は昼でありながら薄暗い。
その只中で我々はソファーから立ち、ローテーブルを囲んで立っている。
「星の賢者殿、すまないが頼む」
『うむ』
マルクス王子の言葉に応じて、ピーちゃんが魔法を行使する。
足元に魔法陣が浮かび上がり、暗がりの室内を照らし上げた。そうかと思えば目の前の風景が暗転する。一瞬、足元に浮遊感。過去に幾度となく経験している魔法だけれど、この瞬間は未だに慣れそうにない。
目の前が真っ暗になっていたのは数秒ほど。
やがて再び視界に光が戻ったとき、頭上には青空が広がっていた。
「昨日にも感じたが、やはりこの魔法は素晴らしいな」
遥か高く天上を眺めて殿下が仰った。
室内から一変して屋外である。
周囲を石製の建造物に囲まれた一角だ。道幅は二、三メートルほどだろうか。大きな通りの間を結ぶ細路地のようで、周囲に人の気配は見受けられない。数メートル先に人の行き来する賑やかな通りが窺えた。
「城までの距離からすると、ここは貴族街の西の端ですかね」
遠くに臨む巨大なお城。
そこに高く聳える塔を眺めてミュラー子爵が言った。
『うむ、そのとおりだ。あまり城に近い場所に出て、人に見られては面倒だからな。悪いがここからは馬車を取るなり、歩いていくなり、そちらでどうにかして欲しい。我々はこのまま貴様の町に戻ろうと思う』
「ちょっと待って欲しい、流石にそれは申し訳ない」
ピーちゃんの言葉を受けて、直後にマルクス王子が声を上げた。
彼はこちらの肩に止まった賢者様を見つめて、矢継ぎ早に続ける。
「せめて一晩でも王城に泊まっていって欲しい。私は二人にお礼がしたいのだ。こうして再び首都まで戻ってこれたのも、二人の助力があったからこそ。それをただ我々の足にして帰したとあっては、私は無礼者になってしまう」
『我々のような得体の知れない人間を上げられるのか?』
「私の大切な客人だ。誰が相手であろうとも、決して声は上げさせない」
そうして語る殿下はとても真剣な面持ちであった。
だからだろうか、ピーちゃんの意識がこちらに向かう。
『だそうだが、貴様はどうだ?』
「え? 僕なの?」
『我はどちらでも構わない。貴様の意向に従おう』
どうやら選ばせてくれるそうだ。
そうなると、まさかノーとは言えない。ピーちゃんは純粋に好意から訪ねているのだろうけれど、尋ねられた側からすれば、選択肢などあってないようなものだ。マルクス王子を相手に喧嘩を売るような真似はしたくない。
偉い人から誘われたら、なかなかどうして断れないのが社畜の性である。
「そういうことであれば、是非お願いいたします」
「うむ、任された!」
こちらが素直に頷くと、殿下は満面の笑みで答えてみせた。
◇ ◆ ◇
細路地を後にした我々は、その足で王城を目指すことにした。
その行き掛けに歩きながら、ミュラー子爵やマルクス王子からヘルツ王国の首都、アレストの説明を受けている。本来であれば平民である自分が、王侯貴族である彼らから町の案内を受けるなど、あってはならないことだろう。
というか殿下など否応にも目立つ。まず間違いなく憲兵が集まってきてしまう。そこで彼らはわざわざ、衣料店でフードを調達してまで、こちらの異邦人にあれこれ観光案内をしてくれていた。
「とても栄えておりますね。活気に満ち溢れて思えます」
「一説によれば、人口は百万を越えるとも言われている」
「それは凄い」
そうして語る殿下は自慢げだった。腐敗しているだとか、傾いているだとか、色々と悲しい話は聞くけれど、それでも代々続くの自らの家柄と、これが支える祖国とを誇りに思っているのだろう。
ただ、そんな彼の素敵な案内に、ちゃちゃを入れるヤツがいる。
ピーちゃんだ。
『王子よ、この者が暮らしていた町は一千万近い人口を抱えているぞ』
「なっ……そ、そうなのか?」
「ピーちゃん、せっかく殿下が色々と教えて下さっているのに、そういうことを言うのはどうかと思うんだけど。そもそもこちらとあちらじゃあ、総人口が異なっているんだから、都市ごとの人口を比べることに意味はないよ」
『なるほど、たしかに貴様の言葉は一理あるな』
まず間違いなくネットサーフィンで得た知識だろう。知り合いに披露したかったものと思われる。その感覚は分からないでもない。最近のピーちゃんは暇さえあれば、インターネットで調べ物をしている。飼い主としてはちょっと不安を覚える光景だ。
「いつかササキの国のことを教えて欲しい」
「ええまあ、いつか機会がありましたら」
そんな感じで和気藹々と通りを歩いていく。
こちらの町はヘルツ王国の首都ということで、同国でも随一の規模を誇るらしい。中央に所在するのが王族の住まうお城となり、殿下も普段はそちらで生活しているのだとか。かなりの規模の建造物で、遠くから眺めた限りであっても圧倒される。
また、お城お周囲には貴族の屋敷が軒を連ねており、偉い貴族ほどお城に近しい場所に屋敷を構えているのだとか。ただし、多くの貴族はそれとは別に、自身が所有する領地に家を所有しており、そちらが本宅となるらしい。
要は江戸藩邸のようなものだろう。
その町並みは、ミュラー子爵の治めている町、エイトリアムとは規模が段違いである。片側三車線の国道ほどの幅で、幾つも通りが設けられており、そこを休日の渋谷や秋葉原さながら、大勢の人が行き来している。
我々の訪れた場所が、主に貴族たちの生活する貴族街ということも手伝って、その様相は豪勢なものだ。道は綺麗に舗装されており、立ち並ぶ家屋も汐留のイタリア街を彷彿とさせる小奇麗なものばかり。
「あそこに見えるのがハーマン商会のアレスト支店だ」
「ハーマン商会は首都にも店があるのですね」
ミュラー子爵から耳に覚えのある単語を頂戴した。
彼が指し示す先には、比較的大きな建物が見受けられる。店舗正面には現地の文字で看板が掲げられている。会話こそ不都合なく行えているけれど、読み書きについては絶望的な身の上、それを判断することはできなかった。
「近い内に首都へ本店を移動させると言っていたな」
「ハーマン商会の店長さんが、長らくエイトリアムの町を留守にしているのは、その関係でしょうか?」
「ああ、恐らくはそうだろう」
そう言えば、副店長のマルクさんから手紙を預かっている。
このついでに渡してきてしまおうか。
「すみませんが、少しだけお時間をよろしいでしょうか?」
「それは構わないが、ササキ殿はこちらの店に用事がおありか?」
「副店長さんから手紙を預かっておりまして」
「なるほど」
二人に断りを入れて店に足を運ぶ。
店舗の造りはエイトリアムのそれと比較して、かなり豪華なものであった。本店をこちらに移すということもあって、気合が入っているのだろう。これといって買い物に来た訳ではないメッセンジャー風情としては、些か気後れしてしまう。
しかし、怯んでばかりもいられない。
子爵と殿下が同伴していることもあり、手早く仕事を済ませた。
店内を歩いていた店員さんに声を掛けて、副店長さんから預かった手紙をお渡しする。彼の知り合いである旨を伝えて、こちらのお店の店長さんに届けて欲しいとお願いした。際してはミュラー子爵がフードを取って、軽く声を掛けて下さった。
おかげで話はサクサクと進んだ。
店員さんは萎縮した様子で手紙を受け取って下さった。
際しては是非お茶の一杯でもと、おもてなしのお声を掛けられた。これをやんわりと断って、我々は同店を後にした。時間にして三十分と経っていない早業である。あまり長居をしてマルクス王子の存在に気付かれたら大変だ。
それから小一時間ほどを歩いて、一同は王城まで辿り着いた。
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