魔法少女 二

 果たしてどう答えるのが正しいのだろう。


 依然として周りには障壁魔法を張ったままである。ビームを防がれた魔法少女からすれば、異能力的な何かが顕現しているように見えることだろう。一方で星崎さんは彼女が自分を助けにきたのではないかと勘違い気味。


 また、遠くには野次馬の姿もあり、下手に異能力だの魔法少女だのを扱う訳にはいかない。おかげで非常にやりにくい状況である。ただし、マジカルビームのおかげで障壁魔法の存在は、ひとまず世間から隠蔽された。


 障壁の魔法は無色透明だ。


 周囲で炎が揺れていなければ、その存在に気付くことは難しい。


 飛行機の残骸や煙が失われれば、これを遠目に感知されることもない。そう考えると今しがたの一撃は不幸中の幸い。少なくとも阿久津課長からお叱りを受ける理由が一つ減ったことは間違いない。


「あの、君は……」


 思い切って魔法少女に語りかけてみる。


 すると、こちらの口上を遮るように、先方からお言葉が。


「空に火球が登っていくのが見えたから」


「君の見間違えじゃないかな?」


 怯える星崎さんに代わり、魔法少女と会話に当たる。


 戦闘狂の彼女に任せたら、そのまま争いに発展しかねない。


「ビームも防がれた。最低でも二人、異能力者がいる」


「……異能力者に何か用事なのかな?」


「異能力者は殺す。絶対に逃さない」


「…………」


 先輩の言葉通りである。


 本当に我々の首を取りに来ているじゃないか。歳幼い少女が淡々と語ってみせる姿に、ホラー映画のような恐ろしさを感じる。先程のビームも障壁魔法を張っていなければ、どうなっていたことか。


「君はもしかして、この辺りに住んでいたりするのかな?」


「近くに大きなスーパーがある。そこでは沢山食べるものが捨てられるから、たまに来る。でも、今日は食べるものを探してたら、炎が空に撃ち出されて、それに当たって飛行機が落ちるのを見たの」


「なるほど」


 どうやらこの辺りは彼女のテリトリーであったようだ。


 星崎さんの言葉に従えば、普段はマジカルフィールドという謎空間に潜んでいるという。局の人たちも彼女の動向は掴めていないのだろう。津々浦々、全国各地のスーパーやコンビニに足を運んでいたりするのかも知れない。


 他に六人いるという魔法少女も、彼女と同じような感じなのだろうか。


「お巡りさん、異能力者なの?」


「…………」


 異能力者絶対殺すマンから、同じ質問が繰り返された。


 そのとおりだと答えたら、きっとまたマジカルビームが飛んでくるのだろう。先程の一撃には躊躇がなかった。彼女がどういった理由から異能力者を狙っているのかは知らない。ただ、その殺意は本物と思われる。


 しかも困ったことに、ひと目を気にされていないご様子。


「ケーキをくれたの、私を騙すためだったの?」


「いいや、決してそんなことはないよ」


「だったらどうして、お巡りさんはここにいるの?」


 魔法のステッキを構えて、魔法少女は語ってみせる。


 パット見た感じ、おもちゃ屋さんで扱っていそうな品だ。出来栄えは悪くない。細部にまでこだわりが感じられる。ただし、衣服と同様、そこかしこに汚れが見て取れる。所々が欠けている。


 そして、そこから放たれる魔法は致死性の代物。


 これを我々は正しく理解している。


 自分が彼女と真正面から勝負したらどうなるだろう。


 マジカルフライには、先日覚えた飛行魔法で対応可能だ。マジカルビームには障壁魔法が有効であった。一方で未だ見ぬマジカルバリアに対しては、恐らく雷撃魔法で応戦することになるだろう。


 雷撃魔法がマジカルバリアを貫けるか否かで勝敗が決まりそうだ。もしも貫けなかったら、お互いに決定打を放てずにジリ貧である。一方でマジカルビームが出力を上げて障壁魔法を貫いてきたら、こちらは敗北必至だ。


 飛行魔法でマジカルビームを回避するような真似は絶対にしたくない。


 だってあれ、めっちゃ酔うもの。


 ヘッドマウントディスプレイなんて目じゃない。


 ミュラー子爵やマルクス殿下の自身に対する評価を思えば、眼の前の彼女は異世界に移っても、優秀な魔法使いとして活動可能なスペックを誇っている。そう考えると、星崎さんが魔法少女という存在を恐れるのも納得だ。


 しかも更にもう一つ、まだ見ぬ固有のマジカルをお持ちだという。


 異能力者としてランクBからランクA相当とのお話にも合点がいく。


 こんな子がいるなら、ちゃんと事前に研修で教えておいて欲しかった。


「お巡りさん?」


「こうした騒動に駆けつけるのは、お巡りさんの仕事だよ」


「お巡りさんは、異能力者って知ってる?」


 どうやら彼女は一人として異能力者を見逃すつもりはなさそうだ。


 執拗に訪ねてくる様子からも窺える。


 もしも素直に伝えたのなら、メガネ少年や星崎さんの生存は絶望的だ。二人の能力では恐らく、彼女に太刀打ちできない。顔や所属を知られた時点で近い将来、マジカルフィールドにより待ち伏せされた上、マジカルビームで討ち取られてしまうことだろう。


 こうして考えると、なんて恐ろしいのだろう魔法少女。その可愛らしい字面に対して、実態にはアサシンだとか、殺し屋だとか、その手のダーティーなお仕事に高い適正を感じる。だからこそ、どうにかしてこの場をやり過ごしたい。


「異能力者? それは今さっき君が口にしていたのを聞いたけれど……」


 どうして対処したものかと、考える時間を稼ぐべく当たり障りのないことを喋る。メガネ少年や星崎さんと別れて、彼女と二人きりになることができたのなら、まだ可能性はあるのではなかろうか。


 とかなんとか。


 ただ、そうして一歩を踏み出した直後の出来事である。


「なんとまあ、魔法少女が出てくるとはのぅ」


「っ……」


 魔法少女の背後、我々に対して声を掛ける人物がいた。


 ツカツカと歩み寄ってくる姿には覚えがある。


 まず目についたのは、深い紅紫色の生地に作られた着物。腰下まで伸びた艷やかな黒髪を揺らしながら、カランカランと下駄を鳴らして歩みを進める。その堂々とした立ち振る舞いは、郊外のボウリング場で出会ったときと変わらない。


 和服の少女だ。


 そう言えば彼女は、なんという名前なのだろう。


 未だに知らないその名を疑問に思っていると、星崎さんが吠えた。


「二人静っ!」


 和服の少女は、どうやら二人静という名前らしい。たぶん。


 非正規の能力者グループに所属するランクA相当の能力者である。触れた相手のエナジー的な何かを吸い取って、自分のモノにする力があると説明を受けた。小学生ほどと思しき外見の割に、人間離れした身体能力を備えている。


「彼女は二人静というのですか?」


「ええ、そうよ」


「それはまた妙な名前ですね……」


「本名ではないわ」


「そうなのですか?」


「同色の着物を好んで着ていることから、そう呼ばれているのよ」


「なるほど」


 どうやら衣服の趣味から付けられた名前らしい。


 もしも萩色の着物を好んで着ていたのなら、ハギーちゃんなどと呼ばれていたのだろうか。本名ではなく俗称が現場で横行しているあたりに、異能力業界っぽさを感じる。なんだかちょっとワクワクしてしまった。


 自分もお仕事を頑張ったら、二つ名とかもらえるのだろうか。


 その時に備えて、響きのいいカラーで衣服を上下揃えたくなる。


「事情があるのじゃろう? 儂が助けてやってもいいぞ」


 二人静さんから声を掛けられた。


 星崎さんではなく、こちらを見つめていらっしゃる。


 ニヤニヤと笑みを浮かべながら問うてくる。


 その言葉の先には、いつぞや披露した雷撃の魔法が関係しているのだろう。異能力者は本来、一つしか能力を使えない。そして、傍らには局の人間である星崎さんの目がある。こうした自身の立ち位置に対する当て付けなのではなかろうか。


 恐らく二人静と呼ばれた彼女は、こちらが星崎さんを筆頭とした局の面々に、後ろめたいものを隠していると把握している。だからこその笑みであり、こうして与えられた提案なのではないかと思われる。


 しかし、そうだとしても何故に助力なのか。


「……貴方は異能力者?」


 一方で顕著な反応を見せたのが魔法少女ホームレスだ。


 我々から踵を返すと共に、和服の彼女へ手にした杖を構えてみせる。


「そうじゃと言ったら、どうする?」


「殺す」


 間髪を容れずに魔法少女が動いた。


 掲げられた杖の正面から、マジカルビームが放たれる。


 なんら躊躇いのない一撃だ。


 我々の見つめる正面で、光の煌きが和服の少女を飲み込んだ。

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