魔法少女 一
何がどうして魔法少女なのか。取り分け少女の二文字に疑問を感じざるを得ない。どこからどうみても草臥れた中年男性。そんな自身のアイデンティティに疑問を持つ日が訪れるとは思わなかった。
魔法中年かと問われていたのなら、きっと胸がドキッとしていた。
確信を突かれてしまったと。
自宅では魔法文鳥が、その帰りを待っている。
「星崎さん、酸欠で頭が朦朧としていたりしませんか?」
「けれど、世の中で知られている魔法少女はすべて少女のはず……」
「…………」
そりゃそうである。
っていうか、そうじゃなければ困る。
こちらの世界に存在する異能力という枠組みの中で、特定の能力を指してのことだろうか。たとえば『魔法少女』という能力が存在しているとか。そういうことなら、これまでの発言も分からないでもない。
こうなると、自分だけ知らないまま、というのは良くないだろう。
障壁魔法を誤魔化す意味でも、確認は重要だ。
「星崎さん、魔法少女について説明をお願いしたいのですが」
「改めて確認するけれど、本当に知らないのかしら?」
ジッと見つめて問われる。
普段の厚化粧とは打って変わって、今の星崎さんは碌にファンデーションもパフっていない。おかげで年相応、十代も中頃の少女らしさが窺える。まるで接点のない人種から注目を受けたことで、素人童貞は緊張を覚えた。
若い子に見つめられたら、そんなのドキドキしてしまう。
「子供向けのアニメ番組か何かですか?」
「……わかったわ」
しばらくを見つめ合ったところで、彼女は頷いてみせた。
ただし、この場で悠長に講義を受けている訳にはいかない。未だに近隣では炎が立ち上っているし、遠くからは緊急車両の発するサイレンが聞こえてきた。早急に障壁魔法を片付けなければ。
爆発当初は逃げるように散っていった通行人も、時間経過と共に野次馬として戻ってきている。炎の合間から様子を窺うと、数十メートルを離れて端末のカメラを構える姿もちらほらと窺えた。
距離がある上に機体の残骸や炎、煙に包まれている為、我々の姿が映っているということはないと思う。思いたい。だからこそ、なるべく早くこの場を脱して、どこへとも姿を隠す必要があった。
「魔法少女は世界に七人いる、世にも不思議な魔法の力を得た子供たち。異能力とはまた違った理屈で不思議な現象を起こすことができるわ。そのうちの一人が日本人で、あちらこちらで異能力者を殺して回っているの」
「え……」
これまた突拍子もない話だ。
ピーちゃん並に出自が気になる。
「色々と疑問はあるでしょうけれど、これ以上は後にしてもらっていい? それよりも今はこのバリアをどうにかしないと。画像や映像を撮影されてネットにでも上げられたら、とても面倒なことになるわ。まず間違いなく、減給は避けられないわね」
「なるほど」
それは由々しき事態である。
ボーナスが減らされた日には、労働意欲も激減だ。
しかし、どうやって解決したらいいのだろう。
何の対策もなく障壁魔法を解除しては、我々の生存は絶望的である。しかもすぐ近くには、気を失って倒れた少年少女の姿がある。これを運び出す手間を思うと、人目に触れずに活動できる気がしない。
などとあれこれ考えている只中の出来事である。
突然として、辺り一帯がまばゆい輝きに飲み込まれた。
障壁の外側でビリビリと大気の震える気配。この感じはつい数日前、異世界でピーちゃんが撃ってみせた魔法と似ている。マーゲン帝国の軍勢を一撃で屠ってみせたビームのような雰囲気を感じる。
「まさか、魔法少女!?」
「え?」
星崎さんがまた魔法少女って言った。
二人して大慌てで周り様子を窺う。
するとしばらくして、周囲が変化を見せ始めた。
轟音が収まると同時に、障壁の外側から輝きが失われていく。つい今し方まで燃え盛っていた炎は輝きに吹き飛ばされて鎮火。更にはどこへ消えてしまったのか、我々を囲うように存在していた航空機の残骸もまた、完全に消失していた。
後には障壁魔法に守られた我々の姿だけがある。
「くっ、やっぱり……」
忌々し気に星崎さんが言った。
彼女が見つめる先には、人が一人立っている。
しかもそれは、自身も見知った相手だった。
「あ……」
可愛らしいフリルが沢山付いたコスプレさながらの服は、しかし、そこかしこが汚れていたり、解れていたり、破けていたり。皮脂にまみれてベタついたピンク色のツインテールをまとめているのは、幾つか花弁を失った花の髪飾り。
片手にはどこで手に入れたのか、白いビニール袋が下げられており、内容物によって凸凹と膨らんでいる。なかには色々と入っているみたいだ。その口から垣間見えるのは、なんだろう、山芋? とろろにしてご飯にかけると美味しい。
つまるところ、非常に特徴的な出で立ちだ。
だからこそ、見間違える筈もない。
自称魔法少女のホームレスっ娘である。
そんな彼女が杖を片手に、こちらを見つめていた。
「星崎さん、あの、まさか彼女が魔法少女だなどと……」
「佐々木、逃げるわよ」
「え?」
「魔法少女は強いわ。撃退するには複数人のランクB能力者、あるいはランクA能力者の協力が必要なの。貴方のサポートを受けたとしても、今の私じゃあ手も足もでないわ。数分持てば御の字といったところ」
「いや、あの……」
勢いよく捲し立てられた。
そうして語る彼女の表情は、いつになく真剣だった。
先週、ボウリング場で垣間見た姿を彷彿とさせる。
おかげでこちらも、自宅の近所で遭遇した年若いホームレスが、決して伊達や酔狂で魔法少女の姿をしていたのではないと理解した。背景はさっぱり分からないけれど、魔法少女は異能力者と同じように、たしかに存在しているみたいだ。
「……お巡りさん?」
相手もこちらに気付いたようである。
ボソリとその口が動いた。
「佐々木、まさか知り合いか?」
「自宅の近所で残飯を漁っているところに遭遇しまして、少し話をしたことがあります。その時はまさか、異能力と関わり合いのある存在だとは気付かす、警察手帳を利用して交番へ誘ったのですが」
「するとこのマジカルバリアは、佐々木を助ける為のものになるのかしら?」
「あの、マジカルバリアというのは……」
「魔法少女が使う能力の一つよ。マジカルフライで空を飛び、マジカルビームで閃光を放ち、マジカルバリアで障壁を張る。並の能力者など足元にも及ばない、攻守ともに優れた存在、それが魔法少女なの」
「なるほど」
とってもマジカルだ。
もしかして、今し方に炎を払ってみせた魔法こそ、マジカルビームだったりするのだろうか。そうだとすれば、先方は明確な殺意を持ってこちらを攻撃してきたことになる。星崎さんは勘違いしているけれど、そう考えると非常に恐ろしい。
「またそれとは別に、七人いる魔法少女は各々が固有の力を持っているわ。これが各魔法少女の存在を特色づける要素になっていて、同時にランクA能力者の動員を要請するほどの要因とも判断されているわ」
「異能力者とは違うのですか?」
「ええ、違うわ。異能力者のそれとは異なる理屈で存在している超常的な存在、それが魔法少女なの。生い立ちについても、異能力者がそれなりの歴史を持っているのに対して、魔法少女はここ最近になって現れた経緯があるわ」
「そうだったのですね」
自身が考えていたより、世の中は多様性に富んでいるようだ。
社畜を辞めたのと前後して、急に世界観が広がったように感じる。
探したら他にも色々と出てきそうで恐ろしい。
「日本で活動している魔法少女は普段、マジカルフィールドに籠もっている為、こちらからは手も足も出ない。一方で相手は気が向いた時に姿を現して、縦横無尽に暴れまわる。そんな人物が異能力者を恨み、狩って回っているのよ」
「あの、先程にも耳にしましたが、なにやら不穏な響きが」
「他国はどうだか知らないけれど、日本の魔法少女は異能力者の敵よ」
「え?」
「異能力者を見つけたら、問答無用で襲ってく……」
星崎さんが語っている間にも、先方に動きがあった。
ふわりと身体を浮かせて、こちらに接近してきた。
ピーちゃんから学んだ飛行魔法と大差ないように思われる。一体どれくらいの勢いで飛び回ることができるのだろうか。いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。星崎さんの言葉に従えば、彼女は非常に優秀な異能力者キラーとのこと。
「お巡りさん、異能力者なの?」
感情の窺えない、能面のような表情でジッと見つめられる。
その可愛らしい顔立ちはやはり、自宅近くで出会った彼女であった。
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