女子高生 三
モクモクと煙を上げつつ、空から航空機が落ちてくる。
それもこちらに向かって。
墜落地点はどの辺りだろうか。このまま推移すると、ちょうどメガネ少年たちが集まっているところに落ちてきそうな気配を感じる。十数メートルを離れて、通りの角から様子を窺う自身も十分に影響範囲である。絶対に破片とか飛んでくるもの。
地上に落ちた航空機と、その直後に燃料に引火して炎が吹き荒れる様子は、テレビ映像などで幾度となく目の当たりにした覚えがある。そこに居合わせたのなら、どういった体験が待っているのか、否応にも意識させられた。
逃げるのが正しい選択だ。
自分はこの場にいなかった。
そう主張すれば全ては丸く収まる。
野良の異能力者の暴走として、それもこれも片付けられることだろう。
しかし、これを見ていた局の職員がいたとなると、話は変わってくる。どうして止められなかったのか。事前の検討に誤りがあったのではないか。とかなんとか、あれこれと面倒な問題となって、きっと我が身は追求を受けることだろう。
それはとても大変なことだ。
今の立場を失いかねない大失態である。
具体的には墜落した航空機一台、二桁億円から。
メガネ少年を筆頭とした少年少女の生命を諦めれば、そうした失態を回避可能である。何気ない顔で総合スーパーのフードコートに戻り、完食を損ねたパフェをもう一度注文して、悠々と宿泊先のホテルに戻ればいいのだ。
対象の死傷を受けて、今回のお仕事は終了である。
異能力者の世間への露見もなかったことになる。
航空機の墜落は整備不良か何か、適当な理由をでっち上げて対応することが可能だ。少なくとも局の人たちはそのように動くことだろう。自身はお偉い人たちが求めるがままに始末書を仕上げればいい。
なんて美味しい展開だろう。
阿久津課長がここに居たら、きっとそう指示すると思う。
「…………」
ただ、躊躇する。
それを行った後の自分は、普段と同じようにピーちゃんと言葉を交わすことができるだろうか。手にした出張先のお土産を気兼ねなく彼にプレゼントして、これまでどおり異世界へショートステイに向かえるだろうか。
「…………」
その答えはと言うと、ちょっと難しい感じ。
こちらの中年のメンタルは、そこまでタフに出来ていない。
なによりも、そうして生まれた人格は、星の賢者様の相棒にふさわしくない。
ありがとう、ピーちゃん。
ピーちゃんのおかげで、自分は今後も胸を張って生きていけそうだ。
「ごめんよ、ピーちゃん。当面は異世界で過ごすことになりそうだ」
さようなら、社会生命。
こんにちは、異世界人生。
南無三の掛け声と共に地を蹴って飛び出す。
気付けばすぐ目前まで迫っている墜落間際の航空機。これを正面に捉えて、新米魔法使いは障壁魔法を行使である。恐怖から震える少年少女を背後に、掛け値なしの中級魔法をえいやっと展開だ。呪文が間に合ったのは幸い。
しかし、果たして防ぎ切ることができるのか。
不安は大きい。
どうしても誰かに縋りたくなる。
自ずと思い浮かんだのは、つい数日前、異世界での出来事である。
高高度で魔族なる紫肌の人物と争い戦うピーちゃんの姿。
これを脳裏に描いては、自分も負けてはいられないと踏ん張る意気込み。
魔法の行使に意識を向けて集中する。
根性を込める。
直後に衝撃が視界を覆った。
ズドンと来た。
自身を含めて、居合わせた皆々の周りをドーム状に包むよう展開した障壁。その一端に航空機が直撃したようだ。炎上するコクピットが視界に飛び込んでくる。どうやらパイロットは脱出したようで無人。
その事実を幸いに思いつつの正面衝突だった。
間髪を容れずに爆風と炎が吹き荒れる。
視界の一切合財を奪う強烈な輝きや、同時に発生した爆風とで、周囲は砂嵐にでも巻き込まれたかのように煩雑としている。音や衝撃も大したもので、まさか怯まずにはいられない。咄嗟に目を閉じて身を強張らせることになる。
それでも何かが飛んできたり、炎に炙られたりすることはなかった。
痛みもなかった。
どうやら中級の障壁魔法は、十分な効果を発揮してくれたようである。
そうして耳を劈くような轟音に耐えることしばらく。
恐る恐る閉じてしまった目を開く。
すると視界に入って来たのは、地に墜ちて炎にまみれた航空機と、その只中にあって無事な姿を晒す我々だ。ピーちゃん印の障壁魔法は、墜落する航空機からの直撃と、その直後に発生した爆発を受けて尚も、居合わせた皆々を救っていた。
ただし、障壁より外は炎まみれである。墜落した機体はどうやら、離陸から間もなかったようで、たっぷりと燃料を搭載していた。これが周囲に四散して、めらめらと激しく燃え上がっている。
「さ、佐々木っ!?」
そうかと思えば、予期せず名前を呼ばれた。
よくある名字なので、別人を呼ぶ声だとも考えた。
ただ、その声色は自身もまた覚えのあるものだった。
「……星崎さん、ですか?」
「どうして佐々木がここにいるのよ!」
声の出処は、おさげJKだった。
今の今までメガネ少年とデートしていた彼女である。事実、つい今し方までの彼女は、もう少しお淑やかな声であった。それに少年との会話も、年相応の女子高生然としたものであった。それは例えば、図書館がよく似合う文学少女、みたいな。
それが何故か眉を吊り上げて、年上の中年オヤジを呼び捨てである。
おかげで一発で判断できた。
こちらのJKは星崎さんで間違いないと。
「いえ、それはむしろこちらの台詞というか……」
「しかもこれは……」
彼女の視線は我々を覆う目に見えない壁を見つめていた。
中級の障壁魔法である。
これが墜落した旅客機の炎上から、我々を隔離している。そうでなければ今頃は、激突の衝撃によってぺちゃんこ。更にはメラメラと音を立てて燃え盛る炎に炙られて、まっ黒焦げになっていたことだろう。
特に直撃の瞬間などは凄かった。
視界が炎で一杯に埋め尽くされていたもの。
そして今も、航空機の残骸はメラメラと音を立てて、激しく燃え上がっている。それでも我々は目に見えない壁に阻まれて、熱に肌を晒すことなく無事だ。お椀状に生まれた障壁が、まるでそこだけ切り取ったかの如く、安全地帯を生み出していた。
「……これってまさか、佐々木の能力なの?」
「いえ、わ、私にも何がなにやら……」
どうして答えるのが正解だろう。
上手い返事が浮かばない。
とりあえず驚いた振りをしておく。
当然、星崎さんからは疑念の眼差しが。
「…………」
まさか職場の先輩が、わざわざ制服を着用してまで、女子高生のふりをして対象に近づいているとは思わない。いや、そう言うと語弊がある。職場の先輩は現役の女子高生に違いない。ただ、こうまでも装いを変えられると、ちょっと戸惑ってしまう。
あまりにも普通に女子高生しているから。
化粧の恐ろしさを真に理解した瞬間だ。
「星崎さんには待機を指示されましたが、私も彼を監視しておりました。しばらくして対象による異能力の行使と、航空機の墜落を確認しました。まさか放ってはおけず、咄嗟に近づいたところ、ご覧の状況です」
「我々を付けていたの?」
「ええまあ、結果的にはそうなりますね。ですがまさか、少年の隣にいる学生が星崎さんだとは思いませんでした。策があるとは事前に聞いていましたが、ここまで可愛らしく化けられるとは……」
「だ、黙りなさい。これが確実だと考えたのよっ」
どうしよう、どうして伝えたらいいのだろう。
我々を包み込んだ半透明のお椀の秘密。
やっぱり社会生命を失うのは恐ろしいよ、ピーちゃん。
「まあいいわ、今は事態の隠蔽を優先しましょう」
「隠蔽とは言っても、どうするんですか?」
我々のすぐ近くでは、地面に座り込んで腰を抜かしたメガネ少年と、同じく座り込んで怯える苛めっ子たちの姿がある。これほどの大惨事、まさか無かったことにはできない。しかも前者に至っては当事者だ。
「水を出してちょうだい。なるべく沢山よ」
「承知しました」
促されるがままに氷柱を生み出す。
こうなると放水魔法で直接生み出した方が早いかも知れない。ただ、それでもこの場は堪えて、以前と変わらず氷柱でのご提供。障壁魔法がどういった扱いを受けるとも知れないし、他所の能力者のせいに責任転換できる可能性もゼロじゃない。
人間大の氷柱を数本ばかり生み出して、彼女の正面に並べる。
すると星崎さんはこれに触れて、状態を液状に変質させた。
「まさか消火するつもりですか? ジェット燃料は……」
「違うわよ。隠蔽だと言ったでしょう?」
空に浮かんだ水の塊は触手のように伸びて、居合わせた少年少女の下に向かっていった。そして、あろうことか彼らの肉体を包み込んだ。当然、呼吸ができなくなる。必死にもがくも身体を覆う水は決して離れない。
メガネ少年も含めて、一同は数分と掛からずに失神した。
「……こんなところかしら」
短く呟いて、少年少女を包んでいた水が身体から離れる。
意識を失った面々は地面に崩れ落ちて、ピクリとも動かなくなった。
これを顔色一つ変えずに行った星崎さん。
なんて恐ろしいJKだろう。
そのまま死んでしまったりしないのだろうか。いや、失神したあとに気道をすぐさま確保すれば、大丈夫だったりするのかも。ただ、それにしたって乱暴なやり方である。一歩間違えればどうなるか分からない。
「随分と手慣れていますね」
「悪い?」
「いえ、そんな滅相もない……」
「ところで、誰もこちらにやって来ないわね?」
「……というと?」
「このバリアのようなものが、他の能力者による行使であるとするなら、我々に対してアプローチがあってもいいと思うのだけれど。これだけ強固な守りを展開できる能力ともなると、ランクCは下らないのではないかしら?」
「そういった意味ですと、星崎さんに能力者のお知り合いなど……」
どうにかして誤魔化せないものかと言葉を重ねる。
救えるものなら救いたい、自身の社会生命。
しかし、そうした自らの口上は早々、彼女の声に遮られてしまった。
「……佐々木、まさか貴方、魔法少女だったりしないわよね?」
「はい?」
ツッコミどころ満載のお言葉である。
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