魔法少女 三
ビリビリと大気を震わせるようなマジカルビームの発射風景。
航空機の墜落を受けて、その影響範囲に人の姿は見られない。遠巻きにこちらを眺めるばかり。おかげで居合わせた通行人が、巻き沿いを食らうようなことはなかった。しかし、その只中に飲まれていった和服の少女は例外である。
ドキドキと胸を高鳴らせながら様子を窺う。
マジカルビームが唸っていたのは時間にして数秒ほど。
すぐに輝きは収まりを見せた。
「…………」
魔法少女の見つめる先、路上には誰の姿もない。
延々とアスファルトが続くばかり。
交通規制が行われているのか、自動車がやってくる様子も見られない。
直後に自身のすぐ近くから声が聞こえてきた。
「ふんぐぉっ……」
「っ!?」
とっさに意識を向けると、そこには和服な少女の姿があった。
どうやら障壁魔法によって生まれた目に見えない壁に身体をぶつけたようだ。顔面を両手で押さえて地面に転がっている。その圧倒的な身体能力でマジカルビームを回避すると共に、我々の下に向かい回り込んでいたようだ。
ただし、完全に避けたとは言えないようで、服の裾が一部焦げている。
「……なんじゃ、これは。なんかあるぞぇ」
「くっ……」
予期せぬ接近を受けて星崎さんが動いた。
二人静氏の下に向かい駆け足で迫る。その手元にはメガネ少年たちを失神させるのに利用した水が、鋭い氷柱となって幾つも浮かんでいるぞ。彼女にとっては魔法少女ホームレスも、和服姿の彼女も、等しく敵対的存在のようである。
そして、障壁魔法は外から内への侵入が規制される一方、内から外に向けては素通りが可能だ。星崎さんはこちらが制止の声を上げる間もなく、和服姿の彼女に向かい、障壁の外側で対象と接近していた。
「わざわざそちらからやってくるとは好都合じゃ」
「っ……」
星崎さんから撃ち出された氷柱が、二人静氏の腹を撃ち抜く。
しかし、相手は止まることなく彼女に迫った。
驚異的な再生能力を保有しているからこその選択だろう。
「このっ……」
これに対して星崎さんは唾ペッペ。
唾液を飛ばしてみせた。
それは瞬く間に氷結して、目と鼻の先に迫った少女の眼球を貫く。
「ぐぬっ……」
「佐々木、貴方はさっさと逃げなさっ……」
類まれなる母性を発揮した星崎パイセンが、後輩に撤退を指示する。
直後に二人静氏の指先が彼女の額に触れた。
エナジードレインというやつだろう。こちらの名前を口にしてみせたのも束の間、星崎さんはその場に崩れ落ちてしまう。以前に目撃した光景と同様だ。あまりにも呆気ない反応から、見ていてとても不安になる。
「星崎さん!」
「安心せい、意識を失っただけじゃ」
アスファルトの上にグッタリと倒れた女子高生。その顔をチラリと一瞥して、和服の彼女は飄々と語ってみせる。注意深く観察してみると、たしかに呼吸から肉体の伸縮する様子が窺えた。
「そうでなければ、貴様も困るじゃろうて」
「……なるほど」
どうやらこちらの立場を気遣っての行いであったようだ。
もちろん、人目的な意味で。
ここまでお膳立てしてもらえるとは思わなかった。
「どうしてこのようなことを?」
「おヌシには頼みたいことがあってのぅ」
「頼みたいこと、ですか?」
「うむ」
「……まさか、我々を見張っていたのですか?」
「そういうことじゃ」
「…………」
これまたビックリだ。全然気づかなかったもの。
魔法少女にも感じたけれど、こちらの彼女もまた、アサシン属性の色が濃い。一体いつから見張られていたのだろう。万が一にも自宅内の様子を確認されていたのなら、ピーちゃんの存在すら把握されている可能性が考えられる。
一方で二人静氏と自分のやり取りを目の当たりにして、マジカルホームレスにも反応があった。魔法のステッキを構えた姿勢のまま、ぐるりとこちらに向き直る。その表情は心なしか先程よりも強張って思える。
「……お巡りさん、その能力者の知り合い?」
我々を見つめる眼差しは厳しいものだ。
どうやら敵対認定されてしまったようである。
こうなってくると、二人静氏と言い合っている余裕もない。彼女が言う頼みとやらは気になるけれど、それもこれも命あっての物種である。この生命を明日につなげる為、星崎さんやメガネ少年を助ける為、取れる選択肢は一つだ。
「承知しました。この場は協力して事に当たりましょう」
「うむ、承知した」
こちらが素直に応じると、二人静氏の顔には笑みが浮かんだ。
直後に放たれたのがマジカルビーム。
どういった理屈なのか、先程よりも細く絞られたそれが、我々を目掛けて撃ち放たれた。太さは変幻自在のようである。もしかして、周囲へ被害を与えない為だったりするのだろうか。
それも彼女の背景を知れば、多少は見えてくるかも知れない。
総合スーパーの廃棄置き場で山芋を漁る理由と共に。
「こちらで囮と援護を務めます。隙きを突いて接触してください」
「うむ、任された」
あまり嬉しいフォーメーションではないけれど、各々の備えた能力に鑑みれば、適切な役割分担ではなかろうか。通じるか否か定かではない雷撃魔法に頼るよりも、ただ触れるだけで一撃必殺な彼女に任せたほうが、確実に対処することができる。
それにこちらの攻撃手段はグロい。
年幼い少女の肉体が抉れた姿は、できれば拝みたくない。
何度か言葉を交わした限りとはいえ、相手が知り合いともなれば尚のこと。
「ただ、できれば殺傷するようなことは控えて欲しいんですけれど」
「まさかおぬし、あの魔法少女と知り合いかぇ?」
二人静氏も魔法少女なる単語を普通に利用している。どうやら異能力者界隈においては、割と常識的な知識のようである。きっと天敵的なポジションにあるのだろう。ネズミにとっての猫やイタチに相当するのではなかろうか。
「似たようなものです」
「……ふむ、まあ構わないか」
短く頷くと共に、彼女は地を蹴って駆け出していった。
これを確認して、自身もまた作戦開始である。
飛行魔法を利用してふわりと身体を浮かせる。ただし、周囲には人目も多いので、浮かせるとは言っても数センチほどだ。そして、あたかも地面を走っていますよと言わんばかりに、全身を動かしながら相手に向かう。
傍から見たら滑稽に映るかも。
「っ……」
想定外の接近を受けてだろう、魔法少女の目が見開かれた。
手にした杖の先端から、マジカルビームが放たれる
これに対して魔法中年は障壁魔法を発動だ。
一度は防いだ実績を意識しつつ、それでも身体は回避するよう動く。怖いものは怖い。すると問題のビームは障壁魔法の一端に当たって、そのままジワッと消失した。どうやら問題なく抗することができそうだ。
一方で飛行魔法や障壁魔法がなかったら、瞬殺されていただろう事実。
なんて恐ろしいのだろう。
これら二つの魔法を優先して覚えていたおかげで救われた。
ピーちゃん、ありがとう。
お土産に美味しいお肉を沢山買って帰ろうと思う。
「お巡りさん、異能力者だったんだね」
「いいや、違うんだよ」
「それじゃあ、今のは何?」
「これは魔法なんだ」
「……魔法?」
「僕は君たちと同じ魔法しょう……魔法中年なんだよ」
争いたくないという意志は本物だ。
字面的に美しくないが、それは胸の内に秘めた真心で相殺である。
そういうことにしておこう。
「…………」
ただ、ここで相手に黙られると辛い。
なんというか、心にくる。
スーツを着ていて良かった。ネクタイを締めていて幸いであった。革靴を履いていて助けられた。これでジーンズに襟なしのシャツ、スニーカーなど履いていようものなら、きっと目も当てられない光景になっていた。
スーツを着ているからこそ、中年は辛うじてマジカルミドルを名乗ることができる。
いいや、やっぱり無理か。
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