上位個体 三
人が鳥に変化した、なんて話は現代人であれば到底考えられない。
だがしかし、魔法なる現象が存在しているこちらの世界においては、ふと脳裏に湧いて浮かぶ想像であったりするのかも知れない。ミュラー子爵は至って真面目な表情で、弟子の肩に止まった文鳥を見つめている。
おかげで冗談を言ってやり過ごせるような状況でもない。
彼の娘さんに偶然からツッコミを受けた時とは状況が異なる。今回ばかりはピーちゃんも、ピーピーして誤魔化すことは難しそうだ。個人的な意見としては、是非とも見てみたい光景なのだけれど。
そうした雰囲気を察してか、ピーちゃんは厳かにも頷いて見せた。
『何故そのように考えた?』
「その語り草、私は覚えがございます」
めっちゃダンディーな語り草である。
直前にピッ……、と一瞬ばかり、彼の声が聞こえたのは気のせいだ。
彼の尊厳の為にも、聞かなかったことにしておこう。
『…………』
「私が他の誰よりも尊敬するお方の口調にそっくりなのです」
すがるような眼差しを見せるミュラー子爵。
彼と出会ってからこの方、初めて目撃する表情だった。
「いかがでしょうか?」
登場からしばらく、あれこれと語ってみせたピーちゃんの姿に、ミュラー子爵は星の賢者様の姿を重ねたのだろう。そう考えると、二人の間には相応の交流があったのではなかろうか、なんて考えてしまうよ。
そして、彼からの懇願にも似た物言いを受けて、ピーちゃんは応じた。
『久しいな、ユリウスよ』
「っ……」
途端に子爵様のお顔がクシャッとなった。
今にも泣き出してしまいそうなお顔だ。端正な顔立ちの彼が行うと、まるで映画のワンシーンのようである。中分けで整えられたブロンドの長髪、その僅かに揺れる動きまでつぶさに映える。
ちなみにユリウスというのは、ミュラー子爵のお名前である。
どうやら自分が想像していた以上に、子爵様は星の賢者様との間に交友を感じていたようである。その感極まった様子を眺めていると、これまで使い魔だと黙っていたことに対して、罪悪感のようなものを感じてしまうよ。
『連絡が遅くなったことは申し訳なく思う』
「いえ、星の賢者様がそのように思われる必要はございません。全ては我々ヘルツ王国の貴族が悪いのです。ただ見ていることしかできなかった私も同罪です。お優しい言葉を掛けて頂く資格はございません」
『そう畏まることはない。こうして無事だったのだからな』
「……ありがたきお言葉にございます」
眦に涙を浮かべながら、地面に膝をついて頭を垂れてみせる。
ミュラー子爵の星の賢者様に対する態度は、マルクス王子に対するそれと比べても、殊更に畏まって思われる。放っておいたら一晩でも二晩でも、お辞儀をしていそうな気迫を感じる。
中小企業に務める冴えないアラフォーのリーマンに、異世界での活動の第一歩として、ミュラー子爵が治める町を勧めてみせたのも、決して伊達や酔狂ではないのだろう。そこには確たる思いがあったのだと理解した。
『それに今の私は、この者のペットに過ぎないのでな』
「……ペット、ですか?」
『星の賢者は死んだのだ。当面はゆっくり生きていこうと思う』
「…………」
『畏まることなどない。立つといい、ユリウスよ』
ピーちゃんの言いたいことを理解したのだろう、彼を見上げる子爵様の顔が、どことなく寂しそうなものになった。きっと自分が考えている以上に、現役の頃は凄かったのだろうな、なんて思わさせられた。
「ですが星の賢者殿、どうしてそのようなお身体に……」
そうこうしていると、マルクス王子からも質問が。
気になることはご尤もである。
『細かな説明は省くが、色々とあって異なる世界に渡る運びとなった。そのときの依代として、この肉体を選ばざるを得なかったのだ。幸い現地では志を同じくする協力者との出会いにも恵まれて、今では生活に苦労することもない』
「それはそちらのお弟子さんのことでしょうか?」
『まあ、そんなところだ』
殿下であっても、ピーちゃん相手には敬語である。
星の賢者様の影響力、凄い。
彼のことを殺そうとした貴族の思いも分からないでもない。味方であればこれほど心強い相手はいないと思える反面、利害が反している立場にあれば、身近に存在しているというだけで不安になる。
自分も敬語を使ったほうがいいだろうか。
出会いが出会いだったので、なし崩し的にタメ口を利いてしまっている。
「星の賢者様、我々の国には戻って頂けないのでしょうか?」
『しばらくゆっくり過ごそうかと思う。新たに世界を行き来する力を手に入れたのだ。当面はこれを用いて、他の世界について学んでみたいと考えている。世の中は我々が考えているより、余程のこと広いものだぞ、マルクスよ』
「そうですか……」
純粋にピーちゃんとの再会を喜んでいるミュラー子爵とは異なり、殿下は些か残念そうである。思い起こせば敵国の兵が消滅した件について、彼らには説明していなかった。祖国の行く先を憂いる王族としては、星の賢者様の助力が欲しいのだろう。
マルクス王子の発言を受けては、早々に子爵様から突っ込みが入った。
「殿下、恐れながら私どもが星の賢者様を頼るのは違うかと存じます」
「それは私も承知している。ただ、やはり民のことを思うとな……」
「その件については国に戻り次第、改めてご相談の場を頂けませんでしょうか? 私とて民を見捨てるつもりは毛頭ありません。殿下のご助力を賜ることができましたら、より多くの民を助けることができると思います」
「本当か? ミュラー子爵よ」
「はい、お約束致します」
「それは心強い。是非とも私の下を訪れて欲しい」
「ありがとうございます」
恐らく隣国への鞍替え云々、過去に副店長さんと共に耳に挟んだ件だろう。
第二王子である殿下を味方に付けることができたのなら、取れる選択の幅も広がる。最悪、マーゲン帝国の援助を受けて、クーデターからの傀儡政権という形に持っていくことも可能だ。一方的に制圧されて国土を奪われるよりは、まだ未来のある話である。
しかしながら、そうした行いは当面は必要ない。
「ミュラー子爵、そちらの件ですが、少しお待ち下さい」
「それは何故だ? ササキ殿」
せっかくピーちゃんが頑張ってくれたのだから、早まられては困る。
この場で最低限の情報はお伝えしておこう。
「ヘルツ王国とマーゲン帝国の関係ですが、しばらくしたら改善が見られることでしょう。詳しくは前線に出ている兵から連絡があると思われますので、それまではどうか、動きを控えて頂けるようお願い申し上げます」
「改善……?」
「はい、改善です」
「まさか、そ、それは星の賢者様が……」
ハッと何かに気付いた様子で、子爵様がピーちゃんを見つめる。
これに彼は何を答えることもない。
弟子の肩に止まったまま、静かに空を見上げている。
なんかちょっと格好いい感じ文鳥している。
ただ、この顔は今晩の夕飯、何をおねだりしようか考えている顔だ。
最近段々と彼の表情が読めるようになってきたから分かる。
「ミュラー子爵、マルクス王子、このようなことをお願いするのは申し訳ないのですが、星の賢者様の存命についてはどうか、口外しないで頂けませんか? 本人もまたそれを強く望んでおります」
「ああ、承知した。絶対に口外しないと誓う」
「賢者殿の受けた仕打ちを思えば、それも仕方がないことだろう……」
ミュラー子爵は快諾。
殿下も素直に頷いて下さった。
これで当面の平穏は守られたのではなかろうか。あとはこの二人を無事に町まで連れて戻れば、今回の戦争騒動は一段落である。政治屋である王侯貴族的には、これからが本番かも知れないが、それは自分やピーちゃんには関係のないことである。
『さて、それでは町に戻るとするか』
少し疲れた様子でピーちゃんが言った。
今晩はシェフの人に頼んで、豪華なご飯を用意してもらおうと思う。
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