物資調達 三

 ピーちゃんと臨んだルンゲ共和国はニューモニアでの物資調達。


 できれば秘密裏に調達したいなと考えていたのだけれど、やはりそれは難しそうだ。求めている物資の量から、市場や業界のキーマンに影響を与えることなく、お買い求めすることは無理っぽい。


 目の前の彼がどこまで事情を知っているのか気になるけれど、こちらから訪ねても素直に教えてもらえるとは思えない。なのでこの場はグイグイとお話を進めさせて頂こう。こういった取り引きでは、勢いが大切だと思うんだ。


「おっしゃる通り、どこぞの国の衰退は目に見張るものがあります」


「…………」


 トランシーバーがありがたられる時点で、魔法も含めて、高速な情報伝達の手段は普及していないと考えられる。ただし、ピーちゃんの言っていたドラゴン便が運行していたら、それでも数日ほどで伝わることだろう。


 子爵様は十日ほど前に隣国からの侵攻が確認されたと言っていた。


 ヘルツ王国とマーゲン帝国の開戦は伝わっているものと考えて、交渉に臨んだほうが良さそうだ。仮に伝わっていなかったとしても、一触即発の状況にあることは、彼らも既に掴んでいることだろう。


「ヨーゼフさんの仰る通りです。これは戦の為の仕入れとなります」


「それはまた遠方からよくいらして下さいました。ですがそうなると、こちらでお買い求め頂いたところで、積み荷を持ち帰るまで大変ではありませんか? その間に戦局が動いていたら大変な損失ですよ」


「いいえ、それはありません。必ずや役に立つことでしょう」


「それまた力強いご判断ですね」


 語るヨーゼフさんの顔には、自信が満ち溢れている。


 その姿を眺めていると、元の勤め先の上お得意様であった、大手商社の担当者の顔が思い起こされる。常に堂々と胸を張っており、意気揚々と語る姿が印象的だった。彼には何度苦労させられたことか。


「運搬の為の手立ても既に用意しております」


「なんとまあ、足が早い。かなり以前から動かれていなければ、そのような支度は行えなかったことでしょう。そうなると今回の一件については、やはり本格的にやり合うことになるのでしょうか?」


「ええまあ、そういうことになりますでしょうか」


「なるほど……」


「そこでどうか、ケプラー商会さんから仕入れたく考えているのですが」


 まさか素直にヘルツ王国の名を出して、お買い求めできるとは思わない。ミュラー子爵からお聞きした同国の腐敗具合を鑑みるに、周辺国から総スカンを喰らっていても不思議ではない。ピーちゃんほどの人物を嫉妬から闇討ちするような国だ。


「失礼ですがササキ様は、この大陸の方とは違うように見受けられますが……」


「私のような者の方が動きやすい局面もまたございます。そして、商人の方々に対して誠実でありたいと願うのであれば、必要となるのは地位や名誉ではなく、ひとえに利益だと我々は考えております」


「我々以外、どこか他所の商会にお声掛けを?」


「いいえ、是非ケプラー商会さんにと考えておりまして」


「お支払いはどのように考えておりますか?」


「発注書の注釈にも記載の通り、ヘルツ大金貨をご用意しております」


「……さようですか」


 あれこれ言葉を交わしたところで、ヨーゼフさんは何やら考え始めた。


 時間にして数分ほどだろうか。


 ソファーに腰を落ち着けて、ドキドキと胸を高鳴らせて待つことしばらく。


 ややあって彼は口を開いた。


「承知しました。今回のお取り引き、受けさせて頂きます」


「ありがとうございます」


 無事に承諾を頂戴することができた。


 ホッとひと息である。


 断られた場合の流れを考えて、あれこれ悩んでいたけれど、それもふっと脳裏から消えてなくなる。ピーちゃんから紹介された手前、改めて他の商会さんにお声掛けするというのも、やっぱり抵抗があった。


「ですが代わりと言ってはなんですが、今後とも貴国とは格別のお付き合いをお願い頂けたらと存じます。戦は終わってからも何かと入り用となりましょう。そうなった際には、是非お声掛けを頂けたらと」


「それはもう是非お願い致します。ですが今回の買い付けについては、しばらく内密にして頂けたらと存じます。我々も決して小さくない投資を行っておりますが故、その利用は商会内だけに留めて頂けたらと」


「もちろん承知しております」


 ハーマン商会で副店長さんとお話をしていたときにも感じたけれど、商人さんとのやり取りはサクッと終わるから好きだ。貴族様との交流とは異なり、儀礼的なものがないし、挨拶に時間を掛けることもない。


 おかげで今回のお取り引きも、淡々と過ぎていった。




◇ ◆ ◇




 問題は買い付けた商品の引き取り作業だ。


 こちらについてはニューモニアの町の倉庫を一時的に借り受けた上、そこに運び込んでもらうことで対処した。買い付けた商品が全て揃った時点で、ミュラー子爵の倉庫まで、ピーちゃんの魔法によって運搬である。


 結果的に品々の運び出しは、数日ほどで完了した。


 量が量なので、それなりに時間が掛かってしまった。


『あの男、最後まで我々をマーゲン帝国の使いと勘違いしていたな』


「そうみたいだね」


 空になったルンゲ共和国はニューモニアの町の倉庫。


 その様子を眺めて、ピーちゃんと言葉を交わす


『というか貴様、そのように狙ったのだろう?』


「いや、そこまで考えていた訳じゃないんだけど……」


 漁夫の利を狙う第三国としてでも受け取ってもらえたら、などと考えていたのだけれど、存外のことテンポよく話は進んだ。現金で大量に持ち込んだ大金貨の存在も、信憑性を与えるのに一役買ってくれたに違いあるまい。


『素直にヘルツ王国の名前を伝えていたら、こうまでも容易に話は運ばなかったことだろう。かの国の衰退はルンゲ共和国であっても周知の事実。そのような国に投資をしたいと考える商人はおるまい』


「取り引きに利用したのが、ヘルツ王国の金貨だったから良かったのかな?」


『どうしてそう考えた?』


「ヘルツ王国に侵攻を決めたマーゲン帝国が、自国内に蓄えていた相手国の貨幣を開戦に先んじて処分しようと考えたんじゃないかな。こっちの勝手な想像だけれど、そんな風にケプラー商会さんには映ったものだと」


 周辺各国の嫌われ者であるヘルツ王国の人間が、まさか自国の貨幣を片手に、第三国へ兵糧の買い付けに訪れるとは思うまい。物流に劣るこちらの世界の文化文明だからこそ、その手の扱いは顕著なものになると考えていた。


 そうした背景もあって、これといって両替もせずに臨んだ次第である。


 しかし、ピーちゃんからの返事は少し違っていた。


『危なかった。それは貴様の世界でいう銀行券や国債の価値観だ』


「え、それじゃあピーちゃん的にはどうなの?」


 ピーちゃんの口から銀行券や国債なる単語が漏れたことにドキッとする。


 インターネットを提供して数日、果たしてこちらの文鳥は、どれほどの知識を仕入れているのだろうか。背筋にゾクリと寒いものが走った。もしかして自分は、とんでもない相手に与してしまったのではなかろうかと。


『ヘルツ王国の金貨は純度が高い。他国の金貨と比べて単純に価値がある』


「それはまた、衰退が噂されている国にあるまじき話だね」


『我がそのように命じて作らせてきた。まさか数年では変わるまい。銀貨や銅貨ならいざしらず、金貨や大金貨であれば溶かして再利用することが可能だ。だからこそヘルツ王国は、今でも他国との取引を対等に続けられている』


「……なるほど」


 げに恐ろしきはピーちゃんだ。


 こんなところでまで助けられるとは思わなかった。どおりで今回の取引について、ヘルツ金貨のまま資金を持ち込むことに、これといって警告を受けなかった訳である。すべては肩に止まったスーパー文鳥の管理監督下にあったのだ。


 ちょっと悔しい。次はもっと頑張ろう。


『あとは買い付けた商品を自前で持ち帰る算段の有無も大きい』


「それは担当者の人も感心してたね」


『この世界の物流は貴様の世界のそれと比較して未熟だ。ルンゲ共和国とヘルツ王国、ないしはマーゲン帝国との間には結構な距離がある。これを事前に用意してきたということは、決して無視できない投資として扱われる』


「おかげで事情がバレたときが怖いんだけれど」


『嘘はついていない。これと言って問題はないだろう』


「そういうものなの?」


『気にしたところで仕方ない。騙される方が悪いのだ』


 なんて肝が座った文鳥だろう。


 堂々とした語りっぷりは、小心者の自分からすると羨ましく映る。ただ、その結果として闇討ちされてしまったのだから、物事は少し引き気味くらいが良いのではなかろうか。度量に劣る自分は、今後とも謙虚に生きていこうと思う。


『もう少し時間的な猶予があれば、仕入先を分散させることもできたのだが』


「今回は期間的にカツカツだから仕方がないよ、ピーちゃん」


『うむ……』


「さて、それじゃあ子爵様のところに戻ろうか」


『そうだな。これで少しでも、あの者が楽をできればいいのだが』


 長居してケプラー商会さんに事実が露呈したら大変だ。


 このままルンゲ共和国からはドロップアウトさせて頂こう。

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