女子高生 一
メガネ少年が教室に戻る様子を確認して、我々は彼が通う学校から引き上げる運びとなった。その足で向かった先は、局の職員が抑えたホテルだ。一日で仕事を終えられなかった場合の宿泊施設、もしくは拠点としての利用を考えて用意されたそうな。
当然、星崎さんとは別室で二部屋のご予約。
なんでも彼女は、メガネ少年を局へ勧誘するに差し当たり、同所で準備を行うのだと言う。何かあったら端末に連絡を入れるから、とは部屋に消えていく彼女が残した言葉だ。そんなこんなで以降はお互いに別行動と相成った。
おかげで仕事を終えた我が身は、早々に自由時間である。
近場にいるなら、彼女から連絡が入るまで好きにしていていいそうだ。
なんて気の利いた先輩だろう。
パチンコでも風俗でも、好きに過ごしてくれていて構わないわ、とは本人の談である。なんとなく家庭環境で苦労していそうな台詞だった。彼女の中にある中年オヤジ観を理解した気がする。
「……どうしよう」
そうした経緯も手伝い、とても暇だ。
彼女とは別に用意された居室、そのベッドに腰を落ち着けて呟く。
これといってやることが無くなってしまったから。
「…………」
ピーちゃんが一緒だったら、お喋りをしたり、水浴びを手伝ったり、異世界へショートステイに出掛けたりと、やれることは幾らでもあった。しかし、彼を仕事に連れて回ることはできなかった。鳥かごを持参して出社とか、いくら何でも怪しすぎる。
「…………」
しばらくぼうっとして過ごす。
まだ日も高い時間帯、同僚が働いている一方で、他にやることがなく手持ち無沙汰というのが、如何せん落ち着かない。ペアの相手が年下の女性ともあれば尚更に。けれど、星崎さんの言う通り遊び回るのも気が引ける。
そうして考えることしばらく。
「……よし」
ピーちゃんへのお土産を買いに行くことに決めた。
◇ ◆ ◇
歩みが向かった先は、宿泊先からほど近い総合スーパーだ。
都内のそれとは違い、郊外のこうしたスーパーは規模が大きくてワクワクする。広々とした駐車場を抜けて、人で賑わう店内を歩いていると、隣に誰もいなくても、なんだか楽しい気分になってくる。
キャベツ一玉、九十八円。安い。
トマト一つ、六十九円。最高。
エントランスにほど近い生鮮食品売り場を脇目に、歩みは二階フロアへ。
そこでは家具や雑貨、オモチャなどが扱われている。ずらりと並んだ寝具や、ピカピカの調理器具など、所狭しと並んだ商品を眺めているだけでも飽きない。新居に引っ越した自分を想像して、まだ見ぬ新生活に思いを馳せる。
これまでの安月給生活では、遠い夢物語であった脱1K。しかし、国家公務員なる肩書を手にした昨今であれば、それも手が届きそうである。きっと高額なローンだって組むことができる筈だ。
異世界での恵まれた生活と比較したら、敢えて手を伸ばす必要はないかも知れない。世界間貿易の利益は圧倒的だ。一方で異世界の金銀財宝を円に変える手立てがない現状、こちらの世界で住まいの改善を試みることは、コスパが悪いにも程がある。
しかし、それでも日本男児として生まれたからには、やはり本国で持ち家を手に入れたい。一国一城の主になってみたい。広々とした一軒家で、人懐っこいゴールデンレトリバーと共に過ごす生活、めっちゃ憧れる。
「…………」
しばらく二階フロアを歩いていると、ゲームセンターを見つけた。
放課後という時間帯も手伝って、子供たちが大勢見受けられる。お客さんの大半は小中学生だ。これに混じって主婦と思しき女性や、年金生活者と思しき老齢たちがメダルコーナーにチラホラと窺える。
暇つぶしにはもってこいだ。
ゲーセンとか何年ぶりだろう。
そんなふうに考えて、自然と歩みはセンター内に設置されたビデオゲームに向かう。自宅にもゲーム機を持っていない手前、ゲーム文化から離れて久しい身の上だ。自然と歩みが向かったのは、自分が子供の頃から続いているご長寿シリーズの現行版。
椅子に腰を落ち着けて財布を探す。
そうこうしていると、ふと視界の隅に覚えのある姿がチラっと映った。
「あ……」
本日の午前中、星崎さんと共に訪問した高校で確認した、火炎能力者の少年である。黒縁の丸メガネを掛けたお坊ちゃまカットは未だ記憶に新しい。同校の制服姿と相まっては、まさか間違えることもない。
そして、彼の隣には同じく制服姿の女子高生が。
制服のデザインは他校のものと思われる。
おかっぱの髪を後ろで二つ、三つ編みに結ったおさげが印象的だ。少年と同じくまるっこい眼鏡を掛けており、少し地味な雰囲気の感じられる女の子である。手には鞄を下げており、共に学校帰りのようだ。
「…………」
もしかして、メガネ少年の彼女だろうか。
総合スーパーのゲームコーナーで、デートなのだろうか。
「…………」
若々しい二人の並び立つ姿を目の当たりにして、中年のメンタルが少しだけダメージを受けた気がする。自然と視線を逸しそうになったところで、いやいや、それは駄目でしょうと意識を正す。
ゲームセンターから逃げ去りたい気持ちをこらえて、対象の動向に注目だ。星崎さんは任せてくれと言っていたけれど、どこで何をしているのだろう。もしかして、自分と同じように遠くから監視していたりするのだろうか。
あぁ、その可能性は高そうだ。
そこで自身もまた、対象の後を付けることにした。
今後の状況次第では、彼女の役に立てるシーンが訪れるかもしれない。
◇ ◆ ◇
ゲームセンターでゲームを何度かプレイした二人は、それから一つ上のフロアに設けられたフードコードに向かった。そちらで一つのテーブルを囲い、美味しそうにクレープなど食していらっしゃる。
「…………」
そんな彼らを遠目に眺めて、こちらの中年はパッフェを頂く。
イチゴとチョコがたっぷりと入ったそれは、甘くて美味しい筈なのに、何故なのかあまり味が感じられない。せめてピーちゃんが一緒だったら、とは切なる思いである。ここ最近の癖で、ついつい二つ買ってしまいそうになった。
「……は……だよ。たぶん、それは……だから」
「……だから? ……なの?」
「そう……、やっぱり、……は……かな」
それなりに離れて監視している為、二人の間で交わされる会話はこちらまで届かない。周囲には他に客の姿も多く、とても賑わっている。その喧騒に隠れて、彼と彼女のやり取りは不明である。これはゲームセンターでもそうだった。
ただ、少年の顔には絶えず笑みが浮かんでいる。そうした点から、自身の視界の隅で行われている交流は、彼にとっては決して悪いものではないと窺えた。彼女に語り掛ける様子も、とても楽しそうである。
それでも少し気になるのが、お相手の反応だ。
ニコニコと笑みの絶え間ない少年とは一変して、どことなく表情が硬い。決して嫌がっているようには見えないが、なんとなく強張りのようなものが見て取れる。彼とのデートに緊張していたりするのだろうか。
「…………」
あれこれと考えたところで、切ない気持ちになった。
仕事とは言え、これはなかなか惨めだ。
若い二人のデートを覗き見る中年、という構図がよろしくない。
しかも、相手はこちらの都合など待ってくれない。クレープを食べ終えた二人は、席を立って歩きだした。君たちをストーキングしている中年は、まだパフェが半分ほど残っているというのに。大切に残しておいたイチゴたっぷり層にさよならバイバイ。
食べかけのパフェを大急ぎで返却棚に戻す。
そして、駆け足で少年と少女の背を追いかけた。
◇ ◆ ◇
フードコートを後にした二人は、お店の外に向かっていった。
どうやら場所を移すようだ。
できれば同所でピーちゃんにお土産を買って行きたかったのだけれど、こうなると後回しにせざるを得ない。後ろ髪を引かれる思いながら、パフェで膨らんだお腹を揺らしつつ、店を出た少年と少女を追いかける。
傍目、とても危ないやつである。
懐に控えた警察手帳だけが心の支えだ。
局から現場へ向かうに当たり、移動中の車内で事前に確認した地図と、二人の足取りとを照らし合わせる。この辺りには幾つか公園があった筈だ。金銭的に乏しい学生デートの定番、公園のベンチなど求めての移動ではないかと思われる。
もしもホテルが目的地だったら泣きそう。
どうかホテルだけは勘弁して欲しいと願いつつ、対象を尾行する。
すると、彼らの背中を追いかけることしばらく。
向かう正面から、少年と同じ制服を来た子供たちがやってきた。
本日の休み時間、彼のことをイジメていた不良グループだ。人数も変わらず、仲良く歩道を歩いている。おかげで早々、彼らは自分たちの行く先に見知った少年の姿を確認して、賑やかにも反応を示し始めた。。
メガネ少年、これまたピンチの予感である。
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