女子高生 二

 彼女とデートの途中、路上でいじめっ子グループと遭遇。


 そんな不幸な事故に見舞われてしまったメガネ少年。


 彼の姿に気付いた不良グループは、すぐにその下まで歩み寄ってきた。わらわらと近づいて、対象を取り囲むように位置取る。その顔に浮かんだニヤニヤとした笑みから察するに、この後の展開が手に取るように分かる。


 流石にこれは可愛そうだ。


 今し方まで軽く嫉妬を感じていたのだけれど、こうなると哀れみが勝る。


 非モテ中年のメンタルとは移ろいやすいものだ。


「おいおいちょっと待てよ、オマエが女と二人とかどういうこと?」


 不良グループのリーダー的存在、学内では恐喝の末に五千円をゲットしていた彼が、メガネ少年に意気揚々と語り掛ける。その視線はいじめの対象と、その隣に立ったおさげの女の子との間で行ったり来たり。


「っていうか、普通に可愛くね? 地味だけど」


「…………」


 不良リーダー、よく分かっていらっしゃる。


 地味だけど可愛いのだよ、メガネ少年の彼女は。


 だからこそ、こちらの中年も凹んでいたのだ。


 こういうのをナチュラルメイクというのだろうか。ほとんど化粧をした様子も見られないのに、顔立ちはかなり際立っている。ただ、地味な髪型や野暮ったい眼鏡の影響もあって、ひと目見た限りでは目立たない様相だ。


 ファンデーションを盛りに盛っている星崎さんとは対照的である。


 あの人、普段から長めの付けまつ毛をしているし、アイラインも凄いんだよ。


「君さ、俺らと一緒に遊ばない? 隣にいるヤツと同クラなんだよね。これからカラオケに行くんだけど、絶対に盛り上がるよ? っていうか、その制服ってどこの学校の? この辺りだと見ないよね? めっちゃ可愛いんだけど」


 不良リーダーの意識はメガネ少年からおさげJKに移っていた。


 居合わせたグループの面々も同様だ。


「こっちは女子も一緒だから安心できるよ? どう?」


 不良リーダーの腕が、おさげJKに向かい伸びる。


 その指先が相手の方に触れようとした直後の出来事であった。


「や、やめろよっ!」


 メガネ少年が声を上げた。


 大きな叫びだった。


 建物の影に隠れて様子を窺う自身の下まで、ハッキリと聞こえた。


 おかげで不良リーダーも顕著な反応を見せる。


「はぁ? なに大きな声出してるの? ビックリするじゃん」


「この子は、そういうのが苦手って聞いたから、だ、だからっ……」

 

 プルプルと震えながら、自己主張してみせるメガネ少年。


 ちょっと格好良いシーンだ。


 とかなんとか、一連のやり取りを物陰から窺う自身を客観的に評価すると、とても情けない気持ちになる。完全に変質者ではなかろうか。これも仕事だと、言い訳を並べることはできるけれど、それでも切ない。


 苛めの現場を警察に連絡して、そのまま回れ右したくなる。


「行きつけの店があるんだよ。一緒に行こう?」


 不良リーダーの手がおさげJKの手を取った。


 その直後の出来事である。


 手を取られた彼女の、もう一方の腕が動いた。


 パァンと乾いた音が響く。


「っ……」


「勝手に触らないで欲しいのだけれど」


 おさげJKの手の平が、不良リーダーの頬を捉えていた。


 居合わせた誰もが驚いた様子で彼女のことを見つめる。まさか暴力に訴えるとは思わなかったようだ。ただ、そうした驚愕も一時的なものである。間髪を容れずに不良リーダーが動いた。


「この女、何すんだよっ」


 どうやらドメスティック・バイオレンスの才能がありそうだ。


 反射的に彼の腕は動いていた。


 おさげJKを殴るべく、その右腕が振り上げられる。


 高校生ともなれば、男女間の肉体差は圧倒的だ。しかもその拳は顔を捉えていた。勢いの乗った一撃を受けては、まさか無事ではいられない。場合によっては歯が欠けたり、鼻の骨が折れたりするかも知れない。


 これはよくない。


 物陰から様子を窺う中年エージェントも緊張の瞬間である。


 だが、彼の一撃は不発に終わった。


「や、やめろぉおおおおっ!」


 メガネ少年が吠えた。


 直後に異能力注意報が発令。


 その正面に巨大な火球が生み出された。


 十中八九、おさげJKを守ろうとしての行いだろう。これまた格好いいシーンである。金銭を奪われても、自尊心を砕かれても、それで尚も抵抗しなかった少年が、他者の為に力を使ってみせた、という展開が熱い。


 ただ、それはそれで困るのが超常現象対策局なる組織に属した身の上だ。


 咄嗟に声を上げそうになった。


「っ……」


 火球は拳を振り上げた不良リーダーの下に向い飛んでいく。


 彼は拳を引くと共に、大慌てで身を反らしてこれをやり過ごす。


 いいや、そう言うと少し語弊があるかも知れない。


 火球はもとより、彼の上半身を煽るように、下から上に向い打ち出されていた。恐らくメガネ少年は、もとより直撃させるつもりは無かったのだろう。轟々と火の粉を上げる火球は、仮に相手が反応を示さなかったとしても、何を焼くこともなかったに違いない。


 ただ、それでも黙って見ていられないのが、局勤めの悲しいところだ。


 異能力を世間に秘匿とすることは、自身に与えられた大切な仕事である。


 蔑ろにすると課長から怒られることだろう。


 おかげでどうしたものか、これは困ったことになった。


 あれこれと目まぐるしい勢いで意識は巡る。


 しかし、そうした苦悩はこれから始まる厄災の始まりに過ぎなかった。


 少年が撃ち放った火球は不良リーダーの脇を過ぎて、瞬く間に空に昇っていく。高度を上げていく。あっという間に幾十メートルと過ぎて、空に浮かんだ小さな点になる。


 そのまま消えて、どこへとも失われたら最高だった。


 しかし、これが運のないことに、空を飛んでいた航空機を直撃した。


 ズドンと大きな音が辺り一帯に鳴り響く。


 それは火球の直撃と炸裂を受けて、機体が翼を欠損させる音であった。


「うそっ……」


 果たしてその悲鳴は誰のものか。


 皆々の見つめる先、自衛隊の入間基地を発って間もない貨物機が、メガネ少年の火球によって撃墜されていた。驚愕に目を見開く皆々の面前、巨大な機影が段々と地上に向い近づいてくる。


 しかもそれは、今まさにメガネ少年たちが集う場所に向けて。

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