相談 一
つい先週にも己が生死を賭けて争った相手から、予期せぬ転職のご相談。
おかげで驚いた。
一瞬、言葉に詰まってしまったほどだ。
「鞍替えというのは、私どもの局に興味がある、ということですか?」
「うむ、そういうことじゃ。前にどこぞで争ったとき、お主が口にしていた言葉を思い出してのぅ。儂も久方ぶりに長いものに巻かれてみたくなった。語源はたしか、中国のおとぎ話であったかの」
「…………」
当然、承諾などできる筈もなく、続く言葉に躊躇する。
詐欺だとか、トラップだとか、美人局だとか、その手の単語がぐるぐると脳裏を巡り始めた。もしも承諾したのなら、次の瞬間にでも部屋のドアが勢いよく開いて、怖い顔をしたヤクザっぽい男性が、おうおう、なんてことしてくれたんだ、みたいな。
せっかくこれまでの人生、平穏に過ごしてきたのに。
不倫の慰謝料って普通に百万とか求められるらしいじゃない。
「すみませんが、私にはその提案を判断する権限がありません」
「ならば上に話を繋いではもらえんかのぅ?」
「…………」
さて、どうしたものか。
これまでの関係を思えば、メリットよりもデメリットの方が大きい。
何よりも彼女がこちらの軍門に降る、という状況が想像できない。
「先の件で人員を減らしている局の立場を思えば、有力な異能力者は喉から手が出るほどに欲しいのではないのぅ? そして、権限がないとは言っても、こうして相談を受けて、それを繋いだという実績は評価されるのではないかぇ?」
「どれだけ優れた能力者であっても、信用できなければ意味がありません」
「儂は強いぞ?」
「だからこそ、その手にかかって命を落とした局員も多いことでしょう」
「そう言われると、たしかに厳しいかもしれんのぅ……」
以前の勤め先では、社員の採用面接の手伝いをした経験も何度かある。いわゆる現場の担当者からの一次面接というやつだ。課長以上の役職担当者が人柄や人格を確認する一方で、実務能力をチェックする為に駆り出されていた。
しかし、ここまで攻撃力の高い応募者は初めてだ。
長所をお尋ねしたら、かなりエグい自己アピールが返ってきそう。
下手をしたら次の瞬間にでも殺されされかねない。正直に言って、こうして話しているだけでも緊張する。ただ触れただけで、相手の生体エネルギー的な何かを吸い取ってしまう異能力だ。言い方を変えれば、即死能力と称しても過言ではない代物である。
あなたの強みはなんですか?
エナジードレインです。
個人的には即採用して、課長に押し付けたい逸材である。
彼のイケにイケているナイスミドルの引き攣る様子が見てみたい。
「決してお主に損はさせん。どうか頼めないか?」
「そうですね……」
面接希望者の意志は頑なである。是が非でも雇ってくれと言わんばかり。
彼女の所属する組織の待遇は、意外と悪かったりするのだろうか。いやしかし、現場での宿泊施設のチョイスについては、局よりも贅沢であると耳にしたばかりである。過去には逆に誘われた覚えもある。どうなんだろう。
「理由を伺ってもよろしいですか?」
「お主に興味が湧いた」
おっと、これまた変化球。
採用担当者の気を引こうという作戦か。
なかなか面接慣れしていらっしゃる。
実年齢が三桁超えという話も、決して伊達ではないのだろう。その堂々としたやり取りを思えば、雇ってしまってもいいんじゃなかろうか? なんて思わないでもない。まず間違いなく即戦力となって下さることだろう。
ただし、長期的に見ると不安しかない。
「私のような人間の何に興味が? どこにでもいる中年男ですよ」
「よく言う。ああまでも圧倒されたのは、久方ぶりのことじゃった」
「そうですか」
それがボウリング場での一件を指していることは間違いない。
どうやら同所での出来事は彼女にとって、こちらが考えていた以上に刺激的なものであったようである。異能力者としてのランクも上の方にあるとのことで、これでなかなか、負け越したことを根に持っているのかもしれない。
そう考えると、個人的にはなるべく距離を置きたい。
寝首を掻かれそうで怖いもの。
「もしやお主、その力を局の人間に隠しているのではないかぇ?」
「…………」
どうしよう、痛いところを突かれてしまった。
ご指摘の通りである。
もしや、などとは語っているけれど、確信を得ているに違いない。
だからこそ、こうして交渉の場は訪れてしまった。
「何故そう考えたのですか?」
「そうでなければ、他の能力者のサポートに回るようなこともあるまい」
過去に星崎さんから伺った二人静氏の身の上を思い起こす。保有する異能力と併せて、他者より長らく生きてきた経験や知識、背景が評価された結果、異能力者としてランクAの評価を受けているのだそうな。
いざこうして語ってみると、それも納得である。
「水を生み出す能力に加えて、雷撃を放つ能力、更には空に浮かび上がる能力。果たしてどういった異能力が根幹に存在しているのか、まるで想像ができぬ。魔法少女のマジカルビームを防いでみせた力も、お主によるものではないか?」
「さて、どうでしょうか」
こういうちょっと真面目なやり取りの途中で、唐突にマジカルビームとかファンシーな響きを耳にすると、会話のテンポが崩れるのを感じる。色々な意味で彼のマジカル家なき子の存在は、イレギュラーな立場に感じられる。
それもこれも実はドッキリなんじゃ、なんて考えてしまうよ。
「上に紹介してくれたのなら、お主のことは黙っていよう」
「もしかして、こちらを脅していたりしますか?」
「こうしてお主の身内まで助けておいて、そんなことをすると思うかのぅ?」
「…………」
なんて露骨な恐喝だろうか。
ただ、そう言われると弱い。
彼女が乱入してこなかったら、今まさに指摘されたあれやこれやが、星崎さんにもバレていたことだろう。彼女からは既に十分なモノを受け取っている。そのお礼が課長への口利きで済むのであれば、かなり上等な取引だ。
多分、そうした辺りも含めての乱入なのだろう。
ピーちゃんとの交流を極力屋内に留めていて良かった。異世界用の端末の買い出しやら何やら、自分一人で済ませていた事実に、今更ながら安堵を覚えた。ここ数日、自宅を見張られていたのは間違いない。
「上司に話を通す前に一つ、改めて確認させて下さい」
「なんじゃ?」
「どうして以前の勤め先から転職しようと考えたのですか?」
「気になるかぇ?」
「当然じゃないですか」
「……職場の雰囲気が良くなくてのぅ」
「はい?」
「それにほれ、軽く苛めを受けてもおったし」
「……そうですか」
「まあ、お主との一件を受けて、一気に顕在化した訳じゃが」
「…………」
どうやら先の騒動から、組織内での立場が危うくなったようだ。
改めて当時の光景を思い起こしてみると、大活躍を見せたハリケーンの人に対して、彼女はそこまで活躍していない。一方で被害の度合いを見ると、下半身を失った前者に対して、後者はこうしてピンピンとしている。
「以前、現場で出会った念動力の彼ですが……」
「お主のおかげで当面は車椅子生活じゃ。組織の者たちは、あやつを現場に復帰させる為に、高ランクの回復能力者から協力を得ようと、今も四苦八苦しておる。その一方でこうして、勝手気ままにしている儂が気に入らないのじゃろうなぁ」
「なるほど」
「まあ、そうなる以前からも度々、意見は食い違っていたのじゃが」
二人静氏から語られたのは、想像したとおりの背景だった。
どうやらグループ内で立場が悪くなっての離職らしい。
転職あるあるだ。
「だから、のぅ? 迎え入れてくれると嬉しいなぁ」
「繰り返しますが、私にはその権限がありませんので」
「もしも儂でよければ、いくらでもいい目を見させてやれる。幼い身体は嫌いかのぅ? 小さいだけあって締りは抜群じゃ。どれだけ貧相な肉棒であっても、キツキツに締め上げてやろう。キツキツ、キツキツじゃ」
「…………」
これまた刺激的なご提案である。
しかし、賢い素人童貞はその程度の誘惑ではぐらついたりしないのだ。
童貞とは違うのだよ、童貞とは。
それに二人静氏の場合、ヤバそうな病気とか持ってそうだし。
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