飲食店

 今回の取り引きは合計で大金貨十五枚になった。


 電卓が大きく稼いでくれたことに加えて、砂糖とチョコレートも安定して捌くことができた。一方でテフロン加工のフライパンやピーラーはいまいちだった。やはりお貴族様が欲しがるようなアイテム、というのが大切なのだろう。


 あとは上流階級の間だと、狩猟がメジャーな趣味として発展していると、副店長さんからアドバイスを頂戴した。趣味という単語はお金のなる木に他ならない。高価で高性能なアウトドアグッズなど、かなりウケが良いのではなかろうか。


 とかなんとか、マルクさんの反応がいいものだから、色々と考えてしまう。


 勤め先での商いも、これくらいイージーだったら良かったのに。


「ところで、飲食店の件ですが……」


 一通り取り引きを終えたことで、副店長さんから話題が移った。


 それはこちらも気になっていたお話だ。


「いかがでしょうか?」


「店は大通りの一等地にご用意させて頂きました。あまり広い店舗ではないのですが、それなりに立地の良い場所となり、毎月の賃料が金貨二十枚ほど掛かります。それとは別に人件費や仕入れなど諸々合わせて、毎月三十枚ほどを見て頂けたらと」


「初期費用の方は足りましたでしょうか?」


 一等地とか、想像した以上にリッチな響きである。


 以前お伝えした、この辺り、という単語を、この町全体、として捉えて下さったのだろう。おかげでビックリしてしまった。既に用意をしてしまったとのことなので、やっぱり他所にして頂戴とは言えない。それもこれも丸投げした自分が悪い。


「ええ、そちらは問題ありません。うちの商品を利用して店を作りましたので、他所に任せるより幾分か安く仕上げることができました。向こう一ヶ月はお預かりした予算を利用して、運用させて頂きたいと思います」


 その物言いから察するに、少なからず持ち出していることだろう。


 彼が口にしたワード的に考えて、向こう一ヶ月分として見積もろう。


 どこかでそれとなくお返ししなければ。


「ご迷惑をすみません。色々とお手を回して下さり恐縮です」


「いえいえ、こちらも楽しみにしている仕事ですから」


「そのように仰ってもらえて助かります」


「早速ではありますが、店の様子を見に行かれますか?」


「あ、はい。是非お願いします」


 本当は会社の昼休み、途中で様子を見に向かおうと考えていた次第である。しかし、どうしてもピーちゃんと一緒に出社する手立てが見つからず、この場に至ってしまった。文鳥と同伴での出社は難易度が高かった。


 会社の近くにアパートを借りられればいいのだけれど、都心部は賃料がやたらと高いから、今のお給料ではそれも難しい。緩和する方法は幾らでもあるだろうに、それが敵わない時点で、本国における土地利権の根の深さを感じさせる。


「それでは馬車を用意しましょう。少々お待ち下さい」


「ありがとうございます」


 わざわざ馬車を用意してくれるなんて、太っ腹だよ副店長さん。


 おかげで持ってきちゃったスーパーの手押しカート、どうしよう。こういうことをするヤツがいるから、スーパーの人たちはカートの扱いに対して、とても敏感になってしまうのだと思う。申し訳ないばかりだ。




◇ ◆ ◇




 馬車に揺られることしばらく、目当ての店舗に到着した。


 どうやら既に内装の手入れは終わっているようで、通りから眺める様子は小奇麗なものであった。外資のお洒落なコーヒーショップ、みたいな感じ。しかも総石造りでレトロな雰囲気がとても格好いい。


 副店長と共に店に入ると、厨房にはシェフの人の姿があった。


「あっ、だ、旦那っ!」


 彼はこちらに気付くと、駆け足でやってきた。


 お互いにホールの中程で顔合わせだ。


 彼の他にも店内には調理スタッフと思しき人たちの姿が見受けられる。こちらの世界でも料理人は白いエプロンを着用するのがルールのようで、厨房に立つ方々は例外なく同じ制服を着用していた。


「長らく留守にしてしまいすみませんでした」


「いや、滅相もないです! こんな立派な店を任せて下さってっ……」


「オープンの日は決まっていますか?」


「それは旦那と相談して決めようかと、そちらの副店長さんとお話をしておりました。料理についてはこっちで勝手に決めさせてもらっているんですけど、それでも旦那には一度ご相談した方がいいかなと」


「なるほど」


 とはいえ、これといって要望はない。


 お願いしたいのは一つだけ。


「メニューに関しては自由にして下さって結構です。お客様に失礼がないよう考慮して頂けるのであれば、これといって制限を設ける必要はないかなと考えています。ただ、それ以外の部分で一つだけお願いがあります」


「な、なんでしょうか?」


「いくつか私が持ち込んだレシピを再現して欲しいのです」


「旦那は料理もされるんですか?」


「母国の郷土料理のようなものだと思って下さい」


「おぉ、それは楽しみですな!」


「こちらの店舗ですが、開店にはどれくらいかかりそうですか?」


「食材は商会の方々が面倒を見て下さっているんで、旦那が一言掛けてくれれば、翌々日には開けられると思います。ハーマン商会さんの力は凄いですよ。まさか直に卸して頂けるとは夢のようです」


「なるほど」


 そういうことなら、次に来る時までにレシピを用意しておこう。


 もしも上手いこと再現してもらえたのなら、日本円を消費することなく、ピーちゃんに美味しい食事を楽しんでもらえる。神戸牛のシャトーブリアンは無理かも知れないけれど、それに似たような食材がこちらにあれば、近しい味わいを得ることは可能だ。


「あ、ただその、自分は碌に字が読めなくて……」


「そこはどうにかするので安心して下さい」


「すみません」


 自分もこちらの世界の文字は書けない。


 副店長さんにお願いして、人を貸して頂くという手もある。


「あぁ、それとこちらが先月分のお給料となります」


 懐から金貨を五枚取り出して店長さんに渡す。


 こちらの世界では、特別な技術や技能を持たない人が朝から晩まで働いて稼ぐ金額が、銀貨一、二枚だという。飲食店の店長という立場を考えて、これを五倍。そして、自身が留守にしていた期間を三十日だとすると、銀貨三百枚。色を付けて金貨五枚。


 恐らく無難な額ではなかろうか。


 ただ、世界間貿易の利益と比較すると、とても小さく映る。おかげで申し訳ない気分である。異世界一年生ということも手伝い、どうしても現地通貨の感覚を掴めていない。この辺りは追々解決していこう。


「え、そ、そんなにもらっちゃっていいんですか?」


「代わりと言ってはなんですが、今後もこちらのお店については、丸っとお任せできたらなと思います。その条件で差し支えなければ、受け取ってはもらえませんか? 来月からも同じ額をお約束しますので」


「本当にいいんですか? 自分なんかが……」


「是非お願いします」


「……旦那」


 どうやら以前のお店では、あまり多くはもらっていなかったようだ。丁稚からの叩き上げという話だし、軽く見られていたのかも知れない。個人営業の飲食店とか、なんだかんだでブラック経営が常だろう。


「一生懸命頑張らせてもらいます!」


「……ありがとうございます」


 頭を下げるフレンチさんの姿が、社畜業に勤しむ誰かの姿に重なる。


 他人事ではない。


 労働ってなんだろう。


 ピーちゃんに訪ねたら、どんなお返事が戻ってくるだろうか。

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