仕入れ
ランチを終えた我々は自宅アパートまで戻ってきた。
向こうの世界で半日ほど過ごしてから帰宅したところ、日本時間では三十分弱が経過していた。ピーちゃんが前に計測したとおり、こちらの一時間があちらの一日と考えて問題なさそうである。
同日はそのまま就寝と相成った。
そして翌日、社畜は前日に引き続き、勤め先に出社である。
隣の席に同僚の姿がなかったのが気になった。ただ、他にはこれといって変わり映えなく時間は過ぎていった。ちなみに昨日のボヤ騒ぎは、犯人を特定できないまま迷宮入りしたようである。総務担当の菊池さんがとても悔しがっていた。
そうして迎えたアフターファイブ。
いいや、正確にはアフターナイン。
少し早めに帰宅した社畜はピーちゃんと共に、自宅にほど近い総合スーパーに赴いた。夜の十一時まで営業している同店は、自分のような帰宅の遅いサラリーマンやオフィスレディに人気の店舗である。
その二階フロアで、今晩の取り引きに利用する仕入れを行う。
同所では食器類や電化製品、家具など、様々な品々が扱われている。
『これなど良さそうだな』
「了解ッス」
肩に乗ったピーちゃんの指示に従い、買い物かごに次々と商品を入れていく。お喋りは小声で行っており、人とすれ違うときには口を閉じているので、他人に会話を聞かれることはないだろう。
また念の為に、ピーちゃんの足には細い糸を結ばせてもらっている。この子はお店に迷惑を掛けませんよと、対外的にアピールだ。その一端はスルスルと伸びて、自身の腕に括り付けている。
それでも店員さんに怒られたら、素直に頭を下げて対応しよう。
お、フライパンだ。
「ピーちゃん、これとかどうだろう?」
『普通の鍋とは違うのか?』
「めっちゃ焦げにくい」
『ありだな』
「それじゃあこれも追加で」
手押しのカートにテフロン加工のフライパンを放り込む。一つでは物足りない気がしたので、二つ三つと入れておく。ついでにピーラーなんかも入れておこう。割と近代になってから登場したアイテムだったような気がする。
そうしてほいほいと購入を決めたおかげで、お会計は結構な額になった。
来月のクレカの支払いがちょっと怖い。
未だ異世界の金銀財宝を円に変える方法は思いついていないのだ。
手早く支払いを済ませた我々は、手押しカートに商品を満載したまま、人気も少ないトイレ脇の空間まで移動した。わざわざ自宅まで戻るのも面倒なので、このままあちらの世界へ移動してしまおうという算段だ。
『では、いくぞ』
「うん」
周囲に監視カメラや人目が無いことを確認の上、ピーちゃんの魔法が発動。
足元に魔法陣が浮かび上がると共に、周りの光景が一変する。
移動先はつい昨晩にもお邪魔した商会のすぐ近く、大きな通りから少し脇に入った細路地の中程だ。道幅も一メートルちょっとの界隈とあって、行き来する人は皆無である。これ幸いと同所を脱して、我々は商会に向かった。
日は高いところにあるので、休日でなければ店はやっているだろう。
スーパーのカートを押しながらファンタジーな道を歩くのが楽しい。同じように荷を引いている人たちは多いので、カートが原因で注目を受けることもない。目的地となる商会前まではすぐに移動することができた。
出入り口に立っている警備の人とは顔見知りである。
同店の副店長をお願いしたところ、快く頷いて下さった。
そんなこんなで通された先、先日もお邪魔した応接室にやってきた。
「お久しぶりです、ササキさん。再びお会いできて嬉しいです」
「こちらこそ早急なご対応をありがとうございます、マルクさん」
我々にとっては一日ぶりだけれど、彼らにしてみれば一ヶ月ぶりくらいになる。お互いソファーに腰掛けて、リラックスしているように見えるけれど、間に設けられたローテーブルを挟んでは、それなりに温度感があるように思われた。
こちらほど気楽に構えてはいないようだ。
「早速ですが、商品を確認してもらってもいいですか?」
「ええ、是非お願いします」
勿体ぶるのも申し訳ないので、ささっと本題に入る。
前回に引き続き砂糖とチョコレートは持ち込んだ。これは副店長さんからのお願いである。量も増やして二十キロづつのご提供。おかげでカートの下段は砂糖とチョコで埋め尽くされている。追加で今回は飲食店用の香辛料もあれこれと。
一方で上のカゴには新商品が目白押しだ。
そのなかでもおすすめしたいのが電卓である。
一つ数百円の安物ではあるが、ピーちゃん曰く、そろばん全盛だというこちらの世界においては、十分に価値があるのではないかと考えた次第である。ノーメンテナンスでも太陽電池で数年にわたり動作する点もおいしい。
こちらの世界が十進数を採用していて本当によかった。
ゼロの概念も普通に存在している。
ただし、文字は別物なので別途読み替える必要がある。こちらの世界の数字はアラビア数字とは似ても似つかない代物だ。ただ、数の上では十個限りなので、そこまで敷居は高くないだろう、というのがピーちゃんのお言葉である。
現に彼はスーパーの店頭で、器用に電卓を扱っていた。
電卓のボタンを足やくちばしでポチポチとする文鳥の姿、めっちゃ可愛かった。
「これはどういった仕組みになっているのですか?」
「詳しく説明することはできますが、とても複雑な機構により動いています。原理を理解するだけでも数年、更に同じものをこちらで開発するとなると、最低でも数十年という期間、それに膨大な資金が必要になるかと思います」
「…………」
手にした電卓を眺めて、副店長さんは押し黙ってしまった。
この様子であれば、売値についても期待できそうである。ちなみに電卓は三つしか持ち込んでいない。そろばんの方が便利だし、そういうのはいらないから、みたいなことを言われたら困るので、仕入れは控えめにしておいた。
「いかがでしょうか?」
「……金貨二百枚では如何でしょうか?」
おっと、急激に値下がりした予感。
前の取り引きでは金貨四百枚だったのに。
「以前よりお値段が下がっていませんか?」
「いえいえいえ、これ一つのお値段ですよ」
「なるほど」
想像した以上に高値がついた予感。ちらりと肩にとまったピーちゃんに視線を向ける。すると小さく頷く様子が見て取れた。彼としても妥当な線ということだろう。こういうときに現地の方の協力があると非常に頼もしい。
「承知しました。では二百枚でお願いします」
「ちなみに数はどれほどお持ちでしょうか?」
「三つございますが……」
「今回お持ち下さった商品について、全て即金でお支払い致します。代わりにと言ってはなんですが、こちらの電卓という品について、お持ちの分を全て買い取らせて頂いてよろしいですか?」
「ええ、それはもちろんです」
この反応を見るに、当面は電卓が稼ぎ頭になりそうである。
他にも太陽電池で動く道具とか、後でネットで探しておこう。
「ちなみにこちら、在庫はどれほどございますか?」
「そうですね……」
あまり沢山仕入れて、値崩れを起こすのはもったいない。ここは存分にもったいぶって、金貨二百枚のラインを維持したい。感覚的には大手商家やお貴族様の家に一家一台、くらいが妥当なのではなかろうか。
そうなると月産十数台くらいに留めておくのが無難だろう。
「次のお取引に際に、十台はお持ちできるかと思います」
「おぉっ! そういうことであれば、是非そちらも買い取らせて下さい」
「承知しました。十台は確実に仕入れさせて頂きますね」
「ありがとうございます」
副店長さん、満面の笑みである。
電卓様々だ。
食品関係よりも、こういった工業製品の方が、より容易に高値で捌けそうである。仕入れに掛かる費用も低く抑えられるし、嵩張らないから持ち込む手間も掛からない。おかげで今後の方針が決まった気がした。
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