急務 四
圧倒されてばかりの初陣、引率役は撃沈して現場には自身が残るばかり。
インカム越し、課長も依然として沈黙。
既に作戦としての体裁は完全に失われて思われる。
「ご指摘の通り私は新人です。つい先日局に配属されました。せっかくなので皆さんに挨拶をしたいのですが、もう一人の方にもお目通りを願えませんか? どちらにいるのかさっぱり分からなくて」
「この期に及んで随分と落ち着いておるのぅ」
「物事を知らないことだけが、今の私の武器ですから」
「それはまた前向きなことじゃ」
適当に言葉を交わしつつ、フロアの様子を窺う。
味方の能力者は全滅だ。誰一人の例外なく倒れ伏しており、意識を失っているのか、それとも亡くなってしまったのか、ピクリとも動く様子は見られない。支援に当たっていた能力者たちも、一向に戻ってくる気配はない。
一方でハリケーンの原因となる能力者の姿は、どれだけ確認しても見つけられない。第三者の能力によって、姿を隠している可能性も考えられる。そうなると今の自分には、見つけることは難しいだろう。
こうなったら致し方なし。
「繰り返しとなりますが、ご挨拶を願えませんか?」
「悪いがそれはできんのぅ」
「……残念です」
口元のマイクのスイッチをオフにする。
自身にとって幸いであったのは、雷撃魔法の詠唱が比較的短かった点だ。連日にわたる呪文の詠唱を受けて、舌の廻りが良くなった現在であれば、数秒と要さずに魔法を完成させることができる。
「っ……」
手の平を正面に突き出すと共に、覚えたての中級魔法を放った。
パシッという音が響いて、光の走りが少女の下半身を襲う。目にも留まらぬ速さで進んだ雷撃は、対象へ到達すると共に肉体を炸裂させる。血液や肉が勢いよく飛び出して、ビシャリと辺りを赤く染めた。
右膝から下が大きく抉れた。
バランスを崩した小さな身体が床に崩れる。
めっちゃグロい。
「ぬぉぁあっ……」
もう少しソフトな魔法で牽制したかったとは思うけれど、生きるか死ぬかの状況も手伝い、相手までの到達速度を優先してチョイスした。おかげで何だか申し訳ない光景が、すぐ目の前で展開されている。
相手が歳幼い女の子というのが、やはり精神衛生上よろしくない。
ただ、樹木を一撃で倒壊させるほどの魔法の割に、彼女が受けたダメージは軽い。骨は繋がっており、肉が抉れただけ。どうやら障壁的なものが備わっているみたいだ。星崎さんの分厚い氷を素手で砕いた点からも、それは窺える。
果たして本人の能力なのか、それとも他の誰かの能力なのか。拳銃くらいなら、直撃しても平気な顔で活動しそうな雰囲気を感じる。
そして、少女の口から苦悶が漏れると同時に、周囲で反応があった。
「っ……」
そこかしこに転がっていた建材の破片やボーリングの玉などが、次々と空中に浮かび上がり、こちらに向かい飛んでくる。やはりハリケーンの原因となる能力者は、何かしらの手立てで身を隠しつつ、距離を詰めていたようだ。
能力の影響圏内に収まったことで、幾十という重量物が迫ってくる。
呪文を唱えていたのでは間に合わない。
実際に現場で魔法を使ったことで、無詠唱の大切さを理解した。
今後は魔法の新規開拓と併せて、習得済みの魔法を無詠唱にする為の練習にも力を入れていこう。ちなみにピーちゃんは初級、中級魔法の大半を無詠唱で使えるそうだ。なんてハイスペックな文鳥だろう。
どうか出て下さいと祈りつつ、詠唱を省いて魔法をイメージ。
チョイスしたのは先程と同様に雷属性。
自身が備えている最大戦力。
すると、出た。
火事場の何とやらだ。
パシッという音と共に多数の光が走って、目前まで迫った対象を次々と撃ち落とした。砕かれた建材やボーリングの玉が、細かな破片となって脇を通り過ぎていく。そのうち幾らかが身体に当たったが、少し痛いくらいで済んだ。
危機一髪、どうにか迫る脅威に対応することができた。
「なっ……」
すると向かって正面、十数メートルの地点から声が聞こえてきた。
男性の声だ。
しかし、そこに人の姿は見えない。
やはり第三者の手助けを受けて、肉体を隠しているようだ。
「この辺りですかね?」
調子に乗った魔法使いは、声の聞こえてきた辺りに雷撃魔法を放った。位置は低め。続けざまにパシパシッと音が響いて、光が扇状に伸びる。直後にその内の一本が何かに接触して、赤いものを撒き散らした。
どうやら正解のようだ。
何もなかった空間に、ふっと人の姿が現れた。
二人一組。
一人は二十代後半から三十代前半と思しき男性である。長めの金髪をオールバックに撫で付けた髪型が印象的だ。値の張りそうなスーツを着用しており、一件してはヤクザ屋さんのような雰囲気を感じさせる。
もう一人はそんな彼に寄り添うように佇む、中学生ほどと思しき女の子。艷やかな黒髪の姫カット、更にゴスロリ衣装という際立った姿恰好をしている。なかなか可愛らしい顔立ちをしており、人を選ぶだろう装いが似合っている。
気になるのは魔法が当たった相手だが、これは前者だ。金髪の男性は魔法に撃たれて、膝から下を失っていた。仰向けに倒れ伏した男を抱きしめて、女の子が悲鳴じみた声を上げる。甲高い悲鳴がフロアに響き渡った。
被害を受けた男性は、先程の女の子とは異なり、本来の雷撃の威力がそのまま被害に繋がっていた。おかげで両足が消し飛んでいた。他の仲間も同様に耐性を備えているかもと考えて、遠慮なく撃ってしまった弊害だ。
「おぬし、何者じゃ?」
戦況が一変したことを受けて、和服の少女が声を上げた。
床に倒れ伏して尚も、平静を保っている。
両腕を床に立てて、どうにか顔を上げつつの問い掛けだ。
怪我が痛くないのだろうか。
「先程伝えたとおり、先日こちらの業界に入ったばかりの新人です」
「…………」
油断ならない眼差しで、ジッとこちらを見つめている。
彼女たちをこの場で倒すことは可能かも知れない。
しかし、課長から命じられた作戦内容は、能力者たちの捕縛である。更に先程の会話に従えば、彼女たちはそれなりに界隈に通じた有名人のようである。この場でどうこうした結果、今後の自身の生活に影響が出ては大変である。
それと気になるのは、倒れた女の子の肉体の変化だ。床に倒れ伏した彼女の片足が、現在進行系で蠢いている。しかもどうしたことか、肉や管が伸び始めている。まるで刻一刻と元の形を取り戻そうとしているように見える。
めっちゃキモい。
「私から一つ、皆さんに提案があります」
「……言うてみぃ」
「この場で起こったことを他言しないと約束して下さるなら、私はこれ以上、皆さんに手出しをしません。今回の一件については、お互い引き分けということにしませんか? こちらも深追いをして怪我をするのはごめんですから」
「…………」
逆恨みから自宅を特定、襲撃などされた日には目も当てられない。ただでさえ課長の動きが怪しい昨今、これ以上は個人的な敵を生みたくない。異世界に逃れる術があるとは言え、現代日本での生活もまた自身にとっては大切なものだ。
「いかがですか?」
「……わかった」
和服の少女は悩む素振りを見せた後、小さく頷いた。
交渉成立である。
そうかと思えば自身の面前、どこからともなく人が現れた。床に倒れた和服の少女の傍ら、何もなかった場所に新キャラが登場である。ピーちゃんの瞬間移動さながら、ふっと音もなく現れた。きっと似たような能力が存在しているのだろう。
見た目は二十歳ほどと思しき女性。おっぱいが大きくて、お尻も大きくて、女性的な魅力に満ち溢れて思われる。白いブラウスにベージュのジャケット、ネイビーのキュロットといった姿恰好が、若々しい外見と相まって新入社員って感じ。
「おぬし、佐々木と言ったかのぅ?」
「はい」
和服の彼女から名前を呼ばれた。
今更ながら偽名を名乗っておけば良かったと思った。ただ、調べようと思えば自宅のポストを盗み見たくらいで、簡単に調べられる内容だ。この期に及んで隠し立てすることもないと開き直って返事をする。
すると彼女から続けられたのは予想外のご提案。
「儂らの組織に興味はないかぇ?」
「残念ながら自分は、長いものに巻かれて安心するタイプなもので」
「……そうか」
この期に及んで勧誘とは恐れ入る。
見た目相応の年齢とは、とてもではないけれど思えない。
下手をしたら年上かもなんて、ふと思ってしまった。
見た目を偽る能力が存在していてもおかしくない。
「いつか気が向いたら、声を掛けてもらえると嬉しいのぅ」
「そうですね。機会があったら是非お願いします」
気づけばいつの間にやら、金髪の男性とゴスロリの女の子が、和服な少女の下に近づいていた。両足を失った前者は、後者に身体を引きずられてのことである。おかげでフロアの床が酷いことになっている。血に汚れて真っ赤だ。
「では、我々はこれで失礼しようかのぅ」
「あ、ちょっと待って下さい」
「……なんじゃ?」
「うちの上司ってどうなってますか? 年齢は三十代くらいで、割と男前な人なんですけれど。ついさっきまで外で指揮を取っていたんですが、こちらのフロアが荒れ始めてから、一向に連絡が付かないんですよ」
「…………」
「どうしました?」
「あの者の身柄が必要かぇ?」
「自分にとっては大切な上司ですから」
転職から間もないこのタイミングで、上司が変わるのは避けたい。得てして新任は前任の行いを否定しがちだ。直近で前任者の手により採用された新人など、ストレスの捌け口としては、これ以上ないサンドバッグである。
封建的な文化が息づく公務員社会ともあらば、それはきっと顕著だろう。
「……わかった」
「息災でしょうか?」
「今回は痛み分けじゃ。素直に戻すとしよう」
「ありがとうございます」
どうやら課長さん、敵グループにゲットされていたようである。指摘しなければ、そのままお持ち帰りされていた、ということになるのだろうか。まるでブラック企業を相手に仕事をしているような気分である。
コンプライアンスもへったくれもあったものじゃない。
「ではな……」
「ええ、どうぞ今後ともよろしくお願い致します」
「…………」
去り際、和服な彼女の表情がムへってなった。
眉間にシワが寄っていた。
咄嗟に出てしまった文句が気に入らなかったのだろう。
社畜の条件反射のようなものだから勘弁して欲しい。
そして、最後に現れた色っぽい女性の能力は、やはり瞬間移動であった。間髪を容れずに、彼らの姿が音もなく消えた。ロリっ子の傍らに集まっていた面々も含めて、まるっと現場を離脱した様子である。
「…………」
後に残ったのは、壊滅してしまった局のチームだけだ。
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