異能力 四
同日はそれから簡単な身体検査や運動能力のチェックなどが行われた。
メタボを指摘されて気分が凹んだ。
ちなみにピーちゃんの存在に関しては、これといって声を掛けられることもなかった。現時点ではただのペットとして認識されているようだ。色々と隠し事の多い立場としては、なにはともあれホッと一息である。
そして、検査や質疑応答から開放された我々は、お姉さんが手配したホテルに宿泊する運びとなった。都内に所在する高級ホテル、それもかなり上等な一室を押さえて下さったのは、今後の関係も含めての投資なのだろう。
「さてと……」
色々とあって疲れているので、本当ならすぐにでも眠りたい。
時刻もそろそろ日を跨ごうかという頃合いだ。
しかしながら、自身にはどうしても今晩中に行わなければならないことがある。本国で仕入れを行い、異世界を訪れてハーマン商会の副店長さんに品を捌き、シェフの人と会ってお給料を渡すという、非常に重要な残タスクである。
だが、それもなかなか難しい。
同所は国お抱えの能力者であるお姉さんが用意した一室だ。万が一にも監視カメラなどが仕込まれていた日には目も当てられない。ピーちゃんの秘密を誰かに知られることだけは、絶対に避けるべきだろう。
文鳥が人の言葉を喋った、そんな摩訶不思議な出来事を真正面から受け止めることができる人たちが、この世の中には存在している。その恐ろしさを今更ながら理解した。今後はスーパーでの会話も難しそうである。
「ピーちゃん、もうちょっと待っててね」
『ぴー! ぴー!』
それっぽく語り掛けると、彼は可愛らしい声で鳴いてみせた。
そういう鳥っぽいこともできるんだね、ピーちゃん。
また新しい君の魅力に気づいたよ。
元気の良いお返事を見る限り、こちらの意図を理解して下さっているのは間違いない。こんな一方的なメッセージであっても、的確に受け取ってくれて本当にありがとうございます。きっと生前は天才としてブイブイ言わせていたことだろう。
「ちょっと散歩でもいこうか、ピーちゃん」
『ぴー! ぴー!』
ピーちゃんを肩に乗せて部屋を後にする。
衣服に触れられた覚えはないので、身体に盗聴器を取り付けられている、ということはないだろう。人目に触れない場所までいけば、向こうの世界との時間差も手伝い、小一時間程度の移動は決して不可能ではない。
色々と考えたけれど、仕入れは諦めよう。
今日のところは事情の説明をしてすぐに戻って来ようと思う。
『尾行されているな……』
ホテルを出てオフィス街の夜道を歩いていると、ピーちゃんがボソリと耳元で呟いた。自分にだけ聞こえる小さな声である。しかも伝えられたお話は、これまた物騒な内容であったりするから困った。
あと、急にダンディーな口調になるの、ちょっとビビる。
「……なんとかならないかな?」
『向こうで少し過ごす程度であれば、時間差で吸収できる』
「あぁ、それもそうだね」
ホテルの近所にあったコンビニに入店。そして、店内のトイレに入った。内側から鍵を掛ければ、まさか外から誰かが押し入ってくることもない。場所が場所なので、監視カメラもついていない。
こちらの一時間が、あちらの世界での一日。つまり、あちらの世界での二時間と少しが、こちらでの十分ほど。予期せぬ出来事を受けてメンタルがダメージを受けた為、急な腹痛から大便を、といったストーリーならば言い訳は立つ。
「ピーちゃん、お願いできるかな?」
『うむ』
鍵の掛けられたトイレの個室、足元に魔法陣が浮かび上がった。
◇ ◆ ◇
異世界に渡った我々は、その足でハーマン商会を訪ねた。
幸い副店長のマルクさんは店にいて、すぐに話し合いの場を設けることができた。通された先はここ数日で幾度となく通った同店の応接室だ。豪華絢爛な有り様は、未だに慣れることのないお金持ち仕様である。
「問題、ですか?」
こちらの説明を受けて、副店長さんの表情が曇った。
「一方的なお話となってしまい恐れ入りますが、次の取り引きまで少し時間が空いてしまうやもしれません。本日はそのご連絡に参りました。ご期待して下さっているところ、誠に申し訳ありません」
ソファーに腰掛けたまま頭を下げて見せる。
おかげでピーちゃんが斜めだ。
肩に捕まって、必死に堪える姿もラブリー。
「我々でよろしければ、是非ササキさんのお力になりたいのですが」
「すみません、どうしても独力で解決しなければならない問題でして」
「……そうですか」
こちらを気遣うように、副店長さんは寂しそうな表情を浮かべてみせる。彼はとてもいい人だし、ここで心証を悪くする訳にもいかない。今後の取り引きを円満に進める為にも、この場は上手いこと取り繕いたい。
「私事となり恐縮ですが、問題が上手く解決しましたら、今後は仕入れの量を増やすことができるかも知れません。何のご相談もなくすみませんが、長い目で見て頂けたら幸いでございます」
「なるほど、そういうことですか」
すると彼も、少しだけ表情が和らいだ。
悪いことばかりではないと考えてくれたのだろう。
「ご迷惑を申し訳ありません」
「いえ、ササキさんにも色々と事情があることでしょう」
「そのように仰って頂けて恐縮です」
この様子であれば、二、三ヶ月は持つだろう。勤め先が変わってお給料が上がれば、これを見越して仕入れることができる。次の仕入れで多めに卸せば、十分にカバーは可能だ。今回の一件は決してマイナスばかりではないのだ。
「どうぞ今後とも、よろしくお願い致します」
「承知しました。ご武運を祈っております」
おかげで気持ち良く商会から送り出してもらえた。
別れ際にはシェフの人のお給料や、万が一お店の経営が赤字になった場合の追加資金についても、副店長さんに託しておいた。本来であれば自身の手で渡すべきところ、今は時間がないのでお願いした次第である。快く引き受けて下さり、ありがたい限りだ。
そして、店を後にした我々は、急ぎ足で日本に戻った。
スローライフも束の間、一変して食事も儘ならない忙しさである。
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